ホンマデッカ・メソッド、使うな危険
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:緒方愛実(ライティング・ゼミ平日コース)
ある所に、用心深い女の子がいました。
彼女はこだわりが強く、芯も強い。自分の中で確固たる信念があり、それとは少しでも反するとすぐさまNO!そうなると首を縦に振ることはまずない。
「私は、石橋を叩いて壊すぐらいじゃないと、安心できない」
そう、真面目な顔で言われたことがあった。
まぁ、私の親友のことである。
自分の意見をしっかり持ち、それを信じている。とても素晴らしいことだ。
だが、たまに非常にめんどうくさいと思うこともある、正直言って。
ある日の寄り道した雑貨店でのこと。
「へぇ、この猫のスリッパかわいいね! 底がモップになってる。歩きながら掃除もできて一石二鳥じゃない!?」
目をキラキラさせながら、私は親友の顔を見る。その表情は無。瞼は半分しか開いていない。実に冷たい視線。
「はぁ? 何言ってんの。歩きながらきちんと床磨きできるわけないじゃん。普通にモップか雑巾で掃除した方が効率的でしょ? 物も増えるし。また部屋が散らかるよ?」
そっと、私はかわいくて無駄なスリッパを元あった場所に返した。
同級の親友に怒られ、にぎやかな雑貨店でしょんぼりと肩を落とす大人。
なかなかにシュールで悲しい光景だ。
特に、彼女は食べ物に関することに慎重だった。
世の中の流行に敏感な女性たちの様に、もの珍しい物にはまず手を出さない。
めげない私は今日も彼女にプレゼンする。
「このタイカレー美味しいんだよ。ついでにこのナンの手作りセット、簡単だしカレーに合うよ?」
「わざわざ外国のカレーに手を出さなくてもよくない? 日本のメーカーで買い慣れたやつでも十分美味しいし。ナンだって、小麦粉と水混ぜれば自分で作れるし」
仕方がない、こういう時は「ホンマデッカ・メソッド」を使うしかない。
「まぁ、今日のところは、私をさんまさんだと思って! 」
「はぁ? どういうこと!?」
「ホンマデッカ・メソッド」。
それは、日本人なら誰でも知っているであろう、大御所お笑い芸人の明石家さんまさんの鉄板ネタを発祥とする。
というか、私が勝手に名付けた人を洗脳するメソッドである。
内容は実に簡単。
たったの2ステップだ。
①そんなわけないやろ?
相手は非常に意思が固く慎重、常に自分以外を疑っている。それを力づくで曲げようとするとさらにこじれてしまう。それを逆手に取るのだ。
意思を尊重しつつ、その懐にするりと潜り込む。
プレゼンする物の良いところを簡潔に並べつつ、あなたの主観も織り交ぜる。ここでは絶対嘘をついてはいけない。多少の美化と事実を伝える。
ここでのポイントは信頼関係。あなたが相手とこれまで築き上げてきた友好度が高いほど、届きやすくなる。
「このカレーはね、この店で一番人気なんだよ。単品で揃えようとしたら高くつく、香辛料がたくさん入ってるし」
「へえ?」
彼女は節約家でもある。
「ほら、このナンの手作りセットも発酵のために何時間も寝かせなくていいようにできてる。あっという間に晩御飯ができるよ」
「なるほどね……」
親友は面倒くさがり屋だ。
もう一押し。
「辛さもマイルドなものから、汗が噴き出るようなレベルまで選べるし、すっごく美味しいんだけど。まぁ、別に嫌ならいいけど」
すっと、私はカレーたちを棚に返す。
「待って!」
その手を親友が引き留める。
「まなさんがそんなに言うなら、試してみる……」
にっこり、である。
翌日の朝、いつものバスに乗る。
いつものバス停で、彼女が後から乗って来た。するりといつもの定位置、私の隣に腰をかける。
「どうだった?」
彼女はため息をひとつ。
「……美味しかった」
なぜそんなに悔しそうに言うのかはさておき。
してやったり、である。
②ほ、ホンマや!?
これはアハ体験に似ている。
プレゼンされたものに対して、相手の持っている不信感。初めは期待していない、むしろ悪であるとさえ思っていたもの。
それ実際体験して受ける、期待以上の効果・品質だった時のひらめきに似た、驚きと喜び!
他ならない、自分自身が下した評価は絶対的なものだ。
険しい山道を登りたどり着いた山頂から眺める絶景の様に、マイナスの苦痛からの突然の解放は快感!
知らない景色を見せてくれた人物、つまりあなたへの信頼感は、それに比例してうなぎ上り。相手からのあなたへの評価と期待はさらに高いものになる。
人というのは、快楽に弱いらしい。一度知った快感からは逃れられない。もっと、もっと欲しくなる。
つまり、
「そういえばさ、この間カフェで食べたケーキがさ、すっごく美味しかったんだよね」
「え?」
チラリ、親友の横顔を盗み見る。
「好き嫌いは分かれるかもしれないんだけど、福岡ではそこでしか食べられないんだよね。今後また一人で行って来ようと思って」
「どこ?」
「え?」
私は首を傾げる。
「……そのカフェ、どこにあるの?一緒に行く」
眉間に刻まれた皺。親友の実に悔しそうな横顔。
にんまり、である。
「ホンマデッカ・メソッド」は相手が素直であればあるほど、効果は抜群。
初対面の人物よりも、家族や親しい人物だと、さらに洗脳はしやすくなる。
親しいあなただからこそ知っている、相手の気質、行動パターンを分析。あなたへの信頼感を盾にして、心の隙間に忍び込み、プレゼンテーションという名の洗脳をする。
あなたの、相手への親交レベルと頭の回転が試される。
あまりに簡単で、鮮やかな手口に、相手はきっと気づかないだろう。
誰でも簡単に人を洗脳できてしまうとは、何て恐ろしいメソッドだろう。
明石家さんまという人はもしかしたら、危険人物なのかもしれない。
どうか、根が真面目で、意志が固く、そのくせ素直な、あなたの事を心から信じている、ちょろくてかわいい大切な人に絶対使わないでください。
「ホンマデッカ・メソッド」、使うな危険!!
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