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メディアグランプリ

「母親はこうあるべき」という呪い


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:佐藤 博子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「子供を虐待する母親って、実はみんなすごく真面目なんです」
 
児童相談所の女性がそう話した。
 
まだ梅雨入りする前の初夏のとある日、知らない番号が携帯に表示された。
戸惑いながら電話に出てみると、東京児童相談所からだった。
オカダと名乗る中年女性が、「佐藤さんが子供を虐待してるという通報がありました。今からお宅にお邪魔してもよろしいでしょうか?」と、丁寧だが有無言わさぬ口調で話を進めた。一瞬ドキっとしたが、すぐに状況を把握できた。
 
夫からの嫌がらせだ。
 
私と夫は1年前から離婚裁判をしている。どちらも子供の親権を譲らず、和解できないまま裁判は泥沼試合と化した。前回の裁判期日の直後に、児相から通報が入ったというから、99%通報したのは夫だろう。しょうもない人だ……。
内心苦笑いしながら、児相の電話に対応した。
勿論、虐待などしていないので、いつ来てもらっても構わないと伝えた。
 
2時間後、児相から女性二人が家にやってきた。
初めて知ったのだが、児相は必ず2人ペアで動く。1つは自宅訪問した時、感情的になった親によって身の危険があること。もう1つは、偏った判断にならないようにすることだそうだ。
娘のこと、裁判のこと、私の生活状況、家族構成等、事細かく聞いた後、娘とも直に話をして、さらに体に傷やアザがないかまでチェックした。
児相が来るというと、何となく敵対心を持つ人が多いようだが、私は逆に興味を持った。そこで好奇心の赴くままに色々質問をしてみた。一番は、どんな人が虐待をするのかを知りたかった。
 
オカダさんは少し悲し気な微笑みを浮かべながら話した。
「勿論全員じゃないけど、虐待するお母さんって、すっごく真面目な人が多いんですよ。意外でしょ?「母親はこうでなきゃいけない」っていう概念に囚われ過ぎてる。そういう人は、大抵誰にも相談できずに、自分で自分を追い詰めて苦しむことが多い。その苦しさの矛先が、一番身近にいる子供に向くんですよ。子供に愛情がなくて虐待してるわけじゃない。みんな苦しいんですよ」
 
児相の二人が帰った後も、オカダさんの話が頭から離れない。
まるで昔の自分を言われてるようだった。
子供の前ではいつもニコニコ、子供の食事は三食すべて手作り、部屋は常に綺麗に掃除されていて、子供とはいつも仲良し。かつては女性雑誌に登場するよな、みんなが憧れるような完璧な母親を夢見ていた。母親になるからには、こうじゃなきゃ意味がないとすら思っていた。
でも、現実は残酷なほど違った。
子供は汚す。とにかく汚す。特に2~3歳児はひどいものだ。拭いたばかりのテーブルに平気でジュースをこぼす。チョコでベタベタの手を窓にくっつけて遊ぶ。クレヨンを持たせれば、壁紙が落書き帳と化す。床は食べこぼしやら、玩具やらで常に何かしら散らかってる。掃除しても掃除しても全然追いつかないほどの汚れっぷり。綺麗好きな私にはとても耐えられない状況だ。手間をかけて作った食事は2口くらいしか食べないのに、お菓子は貪るように食べる。やらないでって言ったことを何度もやらかす。娘に一日何十回も同じことを注意するけど、効果はなし。自分が壊れたテープレコーダーになったような気分だった。
理想から程遠い毎日に苛立ちが募っていき、子供に対して口調がどんどんキツくなっていった。
「なんで汚すの!なんでキレイに食べれないの!なんで言うこと聞けないの!」
子供に優しくできない自分に嫌気がさし、自分をも責めた。娘の天使のような寝顔を見る度に心がズキズキと痛む。
「こんなんじゃ母親失格だ……。なんでもっと上手くできないんだろう……」
明日こそは優しくしよう。そう思っても、翌日になればまた同じことの繰り返しだ。
苛立ちと嫌悪感が、黒いシミのように心の中でジワジワと広がっていった。
ある日、ほんの些細なことが引き金となって、とうとう子供に手をあげてしまった。大泣きする娘を見て、張り詰めていた糸がプツンと切れる音がした。大人気もなく、3歳児と一緒になって大泣きをしてしまった。もう心身とも疲れ果てていたのだ。
 
今ならよくわかる。
あの時は完全にキャパオーバーだった。「母親はこうあるべきだ」という思い込みが強すぎて、自分の不得意分野をも、完璧にこなそうと必死にもがいていた。
人間それぞれ顔や性格が違うように、「母親業」においても得意分野と不得意分野がある。子供の食事を作るのが得意な人もいれば、勉強を教えるのが得意な人もいる。ましてや、母親の性格、子供の性格、生活スタイル等絡み合う要素がとても複雑だ。それを「母親なんだから」と画一的に括るから、どうしても歪みが生じてしまう。
「母親はこうあるべき」という概念はまるで呪いのようだ。自分で自分に呪いをかけていたのだ。
ほんの少し前までは得意分野を伸ばすよりも、不得意分野を克服することが良しとされていた。しかし時代と共に価値観が変わり、今は得意分野を伸ばす方が、その人のパフォーマンスが圧倒的に上がると証明されている。スポーツ分野を始め、学業やビジネスでもその方法が効果を発揮している。
「母親業」においてもそれは同じじゃないだろうか?
自分の性格、子供の性格、子育てにおいての得意と不得意、不得意分野は外注できるかどうか等々。子供と一緒に幸せな日々を送るために、客観的な分析が必要だし、他力に頼ることも必要だ。価値観や生き方が多様化した現代、「母親業」もそれに合わせて多様化していくだろう。「母親はこであるべき」という価値観に縛られずに、それぞれ自分の生き方とスタイルに合った「母親業」を選択していく。それはこの時代に生きる母親たちにとって、一つの課題なのかもしれない。
 
4歳になった娘だが、相も変わらず食べこぼすし、玩具も散らかす。だけど、もう無理をしない範囲内で掃除することにした。疲れて食事を作る気になれない時は、一緒に外食することもしばしば。「母親はこうであるべきだ」という概念を捨てて、その時々の状況に合わせて選択肢を変えることにした。自分が無理をしなくなってから、娘にイライラすることも少なくなった。今の方がお互いずっと仲良しだ。
「母親業」4年目、娘の成長と共に、きっとこれから先も心が揺れ動くことは沢山あるだろう。でも、それでいいと思う。
 
少なくとも、今は娘の寝顔を見て心が痛むことはもうない。

 
 
 
 
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2019-08-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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