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ほうれい線が教えてくれたこと


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記事:もちこ(ライティング・ゼミ夏休み集中コース)
 
 
鏡を見ていた。
ふと、右頬のほうれい線が気になった。左側にはまだでていない。
右手で頬を抑えて持ち上げてみたけれど、ほうれい線はやはり消えなかった。
もう、35歳。こんなはずじゃなかったな……。
 
 
「勉強は、将来になりたいものの選択肢を増やすんだぞ。勉強して損なことはない!」
中学時代、塾の先生にそう教えられてから、勉強は頑張った。
地元の進学校へ進み、一浪したが国立大学に合格した。
 
 

将来は、企業の正社員でバリバリ働き、家事育児に協力的な人と結婚して、仕事と家事育児を両立する人生を歩むつもりだった。経済的にも精神的にも自立した仕事のできる女性になると意気込んでいた……。
 
 
しかし、現実は違った。
 
 
結婚した人は、優しいけれど、企業戦士だった。
ワンオペ育児に疲れて、子供を置いて、実家に一人で帰ったこともあった。
彼は、働くことに反対もしないし比較的に自由にさせてくれるが、家事育児には主体的に取り組む人ではなかった。
 
 
「俺、無理やから」
子供が朝、急に熱が出ると、いつも、その一言を残し、さっさと仕事へ行ってしまうのだ。
 
 
子供が熱を出して、休めないのは私も同じなのに……。
 
 
「おまえがなんとかしろよ。おまえが働きたくて働いているんだから。俺は働かなくてもよいと思っているんだからな」
 
 
一言もそんなことは言わなかったけれど、夫の何気ない一言や態度から、そう感じた。
いつのまにか「この人には頼れない」と思うようになった。
 
 
そして、2人目を妊娠し、仕事を辞めた。もう正社員で働くのはあきらめ、フリーランスの道を選んだ。
でも、経済的自立ができるほどの収入は得られなかった。
自分が何をしたいのか、何者になりたいのか、もはやわからなくなっていた。
それに対し夫は、年収も役職も上がっていき、仕事も充実しているようだった。
「私も男に生まれたかった……」
心底思った。昔から思っていたことだったけれど、この時ほど強く思ったことはなかった。
 
 

夫に対して、正直、うらやましいを通り越して、妬みすらおぼえていた。
 
 
「夫だけ、ずるい」
でも、そんなことは、誰にも言わず、いや言えず、1人もがき続けていた。
 
 
最終的には、パートに落ち着き、家事も育児もほぼ一人でする生活で安定するようになっていた。
 
 
子供が熱を出しても、台風で迎えにいかないといけなくなっても、簡単に休めた。周りの人はとても親切で理解ある方ばかりだった。残業もなく、しかも、やりたい仕事だったので奇跡の職場だと思った。
 
 
ただ、その仕事は昇給も昇進もない。1年の更新型のため、いつなくなってもおかしくない点を除けば……。
 
 
そんな時、鏡の中で、ほうれい線を見つけ、時の流れを感じてショックを受けた。
同時に大学生の時に考えていた、理想の自分を思い出し、ギャップに気づいてしまったのだ。
 
 
精神的にもゆとりのある日々を送っていられることには感謝していた。
が、何のために一浪して大学まで行き、頑張ってきたのか。
 
 
自立して生きていくためではなかったのか?
 
 
自立とは程遠い状態になっている自分に気づき、
女の子に「学」はいらない、そんな言葉が頭をよぎってぞっとした。
 
 
どこで、どう間違えたのだろう?
 
 
大学選び?
仕事選び?
結婚したこと?
別の人と結婚したらよかったの?
仕事を辞めたこと?
子供を産んだこと?
 
 
自問自答を繰り返したが、答えはでなかった。
 
 
ある日、高校の同窓会の案内が届いた。
思いきって夫に相談し、4歳と7歳の子供を任せていくことにした。
 
 
久しぶりに会った友人とは、昔話で盛り上がった。
「高校時代、○○が好きだった」とか、
「実は、告白したけど振られた彼が、同窓会に来てる、どうしよー」とか、
「○○先生、年下の彼と結婚したらしいよ」
「○○先生、今卒業した高校の教頭なんだって!」
 
 
いろんな昔話は楽しかった。
 
 
そして、今何しているっていう話になった。
 
 
独身の彼女は、誰もが知っている外資系で働いていた。マーケティングの仕事をしており、別世界の人に見えた。
もう一人の彼女は、大企業の広報をしていた。「週5で飲みに行くので、ほぼおやじだよ」と笑いながら言っていたが、結婚もして子供もいる。
 
 
私は、○市にいて、家を建てて家庭菜園をしているという話をした。
「○市って、どこ? 何県だっけ?」
「えー。家庭菜園?」
 
 
彼女たちの反応は薄かった。話はそれ以上続かなかった……。
 
 
帰り際、同じクラスだった友人がボソッと言った。
「同窓会って、うまくいっている人は来るけど、それ以外の人はこないんだよね」
 
 
家に帰る電車に乗っている間、彼女たちの顔や言葉が、何度も何度も浮かんだ。
 
 

ショックは受けていたけど、一方で何か吹っ切れた気持になっていた。
 
 
彼女たちと価値観が全く違うことに気づいたからだ。
 
 
大企業で広報をしていたり、マーケティングでバリバリ働いたりしているのはうらやましいし、今でもあこがれる。自分もそうなっていたいとも思う。
 
 
でも、彼女たちは家庭菜園には興味はなかった。
私が住んでいる市にも、興味を示すことなく、ちょっと田舎を小バカにしている感じがした。
 
 
私は、元々大阪生まれだが、今住んでいる田舎の市が好きだ。
土地は安く、お値打ちで広い家に住める。
空気も水も、食べ物もおいしい。
人ものんびりしていて優しい。
 
 
私も、結婚して田舎に来ていなければ、この良さはわからなかった。
大阪にいたら、毎晩、おしゃれなお店で飲むことに価値を感じて、彼女たちのように、自分の知らない土地、田舎をちょっと小バカにしていたかもしれない。
 
 
私は、もう価値観が変わったのだ。
彼女たちのようになりたいとはもう思わなくなっていた。
私は、今の生活が好きだと心から思った。
パートで、経済的自立ができているかというと疑問が残る。彼女たちのように、今後収入が上がる見込みもないし、管理職になる道も閉ざされており、キャリアは積めない。ましてや経済的自立には程遠い状態だ。
 
 
それに、ワンオペ育児は相変わらず続いているし、夫や子供に怒りをぶつけてしまうこともある未熟な母親だ。
 
 
それでも、私は今の生活が好きだ。今の暮らしが大好きだ。
家事には消極的だが、自分の好きなことをさせてくれる、やさしい夫にも感謝をしているし、絶対的な信頼と愛情を注いでくれる子供たちがいる。
 
 
それだけで十分なのだということにようやく気づけた。

 
 
 
 
 

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2019-08-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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