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古武道が伝える「身体的記憶」


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記事:大杉祐輔 (ライティング・ゼミ夏休み集中コース)
 
 
高校時代の約1年半、私は古武道を習っていたことがある。柔道ではなく「柔術」に分類される、鎌倉時代から伝わる伝統的な武術。相手が鎧を着ていることを前提とした、太古の護身術。古武道を学んだ日々は、古代の人たちの身体感覚に触れる、興味深い体験だった。
 
岩手県盛岡市のとある公立高校に通っていた私が、道場の門を叩いたのは一年生の秋だったと思う。運動音痴でやせ型で、体力のなさがコンプレックスの私が、いきなり古武道というマイナー武術を学ぼうと思ったのはなぜか。きっかけは、母の本棚で見つけた一冊の本だった。
 
そのタイトルは「古武道で介護が楽になる!」。古武道のちょっとした型を取り入れることで、介護の現場で相手の身体を起こしやすくなったり、自分の力を効率的に発揮できるようになったりするという。
 
しかしなぜそんな力が出るのかというと、具体的な原理については、現代科学でも解明されていない部分が多いらしい。なにそれすごい! この武術なら、もともと非力でザ・やせ型の自分でも、なんとかマスターできるかもしれない。「現代科学でも解明されていない不思議な力」を使えば、いつか大男と私が対等に戦える日が来るかもしれない。全国のもやしっ子たちに、こんなに夢を与える話はない。今こそやせ型・コンプレックスをバネにして、女の子にモテるムキムキ細マッチョを目指すのだ。早速ネットで古武道について検索してみると、なんと自宅から徒歩10分の道場でやっているという。抗いがたい運命を感じた私は、さっそく道場に連絡を取った。その週末には見学に行けることになった。
 
近所とはいえ、生まれつきの運動音痴で武道とは無縁の生活を送ってきた私にとって、道場という場所はアウェーそのもの。おそるおそる中に入ると、数人のおじさんたちが柔道着に着替えていた。見学に来た旨を伝えると、もの珍しそうな目で私を見ながらも、優しく案内してくださった。皆さん寡黙だが、いい人そうな雰囲気だ。
 
ひとくちに古武道といってもその種類は豊富で、居合術、槍術、砲術、手裏剣術など様々だ。一般的には、明治維新以前から存在した、日本各地の伝統武術を総称したものを古武道と呼ぶらしい。中でも私が学ぶことになったのは「諸賞流 和(しょしょうりゅう やわら)」という流派で、鎌倉時代から伝わる、相手が鎧を着ていることを前提とした柔術。あまりにも強く危険だったため、江戸時代には藩外不出の命令が出たらしい。いまでは国の無形文化財に指定されている、正真正銘の伝統芸能。知れば知るほど、私なんかがやっていいのかという気持ちが募る。大丈夫なのか……?
 
約2時間の見学を道場の隅っこで見守っていた私に、現当主の高橋先生が声をかけてくださった。銀髪のおかっぱ頭で、小柄ながらがっしりとした体格の、温和な雰囲気の先生。言葉の語尾に「~なは」というフレーズが入るのは、岩手でもかなり年配の方しか使わない方言のようで、聞いていると不思議な安心感がある。しかし全盛期には、練習中に具足(鎧)を蹴りつぶすほどの豪傑だったという。ためしに技もかけていただき、ちょっと手をひっぱられるだけでいとも簡単に倒されてしまう。これが古武道パワー。すぐに入門を決意した。
 
それから、毎週日曜日の稽古が始まった。練習中の道場は人も少なく静かで、皆さん激しい動きはせず、黙々とストレッチを始める。腕の力を極限まで抜いてタコのようにぶるんぶるん振るう人や、開脚や前屈など入念に体を伸ばす人。それぞれのルーティーンがあるようだ。そして礼に始まる稽古は、ひたすらに「型」の通し練習。二人一組で、向かい合ったり立ち合ったりしながら、相手を引き倒したり肘打ちを決めたりする。もちろん「型」なので実際に打撃を当てることはないのだが、気合のこもった発声と独特の覇気が道場に満ちており、迫力満点だ。
 
初心者の自分は受け身の練習から始まり、座った状態の型を練習する。相手からつかまれた腕をほどいて肘打ちを打ったり、向かい合った状態から短剣で刺されそうになった状況で相手を組み伏せたり。日常生活ではまずないシチュエーションだが、何度も練習するうちに、自然と体が動くようになる。正中線を意識して、身体のバランスを安定させる。関節を決めて、自然な動きに任せて相手をいなす。鎌倉時代の武人たちは、こんな感覚で日々を生きていたのだろうか。歴史を超えて中世から受け継がれてきた身体感覚が、徐々に身体に染みこんでいくのを感じた。
 
また、こうした生きるか死ぬかの状況下を「型」の中でシュミレーションしていて、不思議な体験をしたことがある。向かい合って座った状態から、短剣を振り下ろし、相手を両断するという技を受けた。その時、攻め役を務めてくださったベテラン・佐々木さんのあまりの気迫と勢いに、本当に「殺された」瞬間があったのだ。視界が真っ暗になり、何もない空間に取り残されたような気分。身体に痛みはないが、本当に左右に真っ二つになっているような気分。「あ、死んだ」という意識だけがそこにあった。ただ、それは一瞬の出来事で、すぐに起き上がって、型の締めの動きに戻る。しかしあの時の「死」を意識した瞬間は、今でも忘れられないのだ。
 
歴史は、時代を超えて脈々と受け継がれていくものだ。古武道を学ぶことは私に、「型」を通して古代の人々が見て、感じて、体験してきたものの一端を感じさせてくれた。ムキムキ細マッチョボディは結局得られずじまいだったが、何物にも代えがたい「記憶」の一部を、私は受け継いだのかもしれない。
 
 
 
 
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2019-08-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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