女性の非常停止ボタンがない国、ニッポン
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:山田京子(ライティング・ゼミ夏期集中コース)
ここは、閉店間際の調剤薬局。
薬剤師が店じまいの準備をしていると、青ざめた形相の女性がやってきた。
ホリの深い顔に、ブロンドの髪の毛。どうやら日本人ではなさそうだ。
そして、彼女は英語でこう切り出した。
「すみません、こちらの薬局でモーニングアフターピル、売っていませんか?」
モーニングアフターピル、つまり緊急避妊薬のことである。
中身は、高用量の女性ホルモン。
避妊に失敗した、レイプされた等、望まない妊娠の可能性がある際に使用される薬だ。
性行為後72時間以内に服用する必要があり、早く服用すると効果がより高まるとされている。
久々の英語対応に慌てながらも、薬剤師はこう返答した。
「申し訳ございません。医師の処方せんがなければ、お渡しすることができません」
顔を曇らせながらも、女性は続けた。
「あらまぁ……では、この近くにOTCでモーニングアフターピルを売っているお店はありますか?」
OTC、つまり一般用医薬品のことだ。
ドラッグストアに売っている「ロキソニン」「パブロン」など、購入時に処方箋が必要ない市販薬のことだ。
「ほかのお店も一緒です。日本ではOTCでモーニングアフターピルを販売できません。」
「そんなぁ! 私の国では、モーニングアフターピルはOTCですよ。OTCでなくても、薬剤師の指導があればモーニングアフターピルを買える国もあります。80か国以上の薬局では、モーニングアフターピルを買えますが、日本では買えないのですね……」
女性はこう言い残し、薬局を後にした。
非常に落ち込んでいる様子であった。
その後、薬剤師も自分の無力感に、落ち込んだ。
実際、この薬局には、モーニングアフターピルを在庫していたのだ。
目の前に必要な人がいるのに、届けられない現実を、ただ悲しむことしかできないのだ……。
……これは、今の日本で起こり得る光景である。
現実に、外国の方が来日し、緊急避妊薬を求めて薬局に駆け込んだケースもある。
諸外国ではOTC化されている緊急避妊薬。
OTCでなくとも、薬剤師が説明すれば売ることができる国もある、緊急避妊薬。
早く服用することが何より重要な、緊急避妊薬。
そんな緊急避妊薬は、日本ではなぜか、いまだにOTC化されていない。
もちろん、緊急避妊薬のOTC化について、日本でも議論されていない訳ではない。
2017年には、厚生労働省が医師、薬剤師を中心に検討委員会を組織し、その中で議論されている。
その際、緊急避妊薬のOTC化について、300件以上の賛成意見のパブリックコメントがあった。
それにも関わらず、OTC化は委員の全会一致で見送られている。
(ちなみに、反対意見のパブリックコメントは、わずか28件であった)
検討委員会の意見としては、こうであった。
「医師による性教育の機会が損なわれる」
「安易な使用が広がる」
「薬局で薬剤師が説明できるとは思えない」
ここで、前提として考えてみてほしい。
緊急避妊薬は、どのような場面で使用するのか。
女性が望まない妊娠した可能性があり、「緊急に」妊娠を止める必要がある時である。
世の中には「緊急」に備えたシステムが、数多く存在する。
たとえば、消火器。
多くの集合住宅には設置されているだろう。
その目的は明確である。
火事が起きた時に、早く対応することで、被害が広がることを防ぐことである。
そのため、一般人の手の届きやすい場所に設置されている。
たとえば、緊急停止ボタン。
電車に乗っていると「緊急停止ボタンが発動しました」のアナウンスを聞いたこともあるだろう。
その目的は明確である。早く知らせることで、電車が人や動物を轢かないためである。
そのため、一般人でも押しやすい場所に、ボタンは設置されている。
このように、多くの緊急事態に備えたシステムは、一般人からのアクセスが良い場所につくられている。
少しでも大きな被害を出さないため、迅速に対応する必要があるからだ。
しかし、緊急避妊薬は、そうでない。
産婦人科を受診するというハードルを超えて、初めて使用する権利が得られる。
中には、受診に後ろめたさを感じて、なかなか病院の予約をできない人もいるだろう。
仕事や学校などのスケジュールが合わず、受診するタイミングを逃す人もいるだろう。
地域によっては、病院へのアクセスそのものが悪い場所にいる人もいるだろう。
少しでも早く使える環境を整えるのが大切なのに…と思ってしまうのは私だけではないだろう。
この考えこそが「安易な使用が広まる」なのかもしれないが……。
そんな緊急避妊薬。
実は、以前よりは女性がアクセスしやすくなっている。
2019年にオンライン処方が解禁されたのだ。
対象は「処方してくれる医療機関が近くにない」「心理的に対面診療が困難と判断された人」と限定的ではあるし、なおかつ様々な条件があってのことだが、以前よりは進歩している。
「すみません、こちらの薬局でモーニングアフターピルを売っていませんか?」
青ざめた女性が、調剤薬局へ駆け込み、こう告げる。
そして、薬剤師はこう答える。
「申し訳ございません。医師の処方せんなしにはお渡しできません。でも、オンライン診療のクリニックを受診すれば、明日中にはお渡しできると思いますよ」
こんな未来も、そう遠くはないだろう。
すでにオンライン診療の上で、海外の緊急避妊薬を処方・発送する取り組みをしているクリニックも存在している。
少しずつ状況は変わりつつある。
かつてはなかった非常停止ボタンも、手を伸ばせば届く高さに設置されつつある。
吐き気、頭痛などの副作用もあり、決して積極的に使いたいものではない。
だが、せっかく整備されてきた代物のだ。
私も緊急事態には、非常停止ボタンのお世話になろう。
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