メディアグランプリ

私と花火


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:大村侑太郎(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「ねえねえ、花火しようよ」
親戚の兄ちゃんに僕はねだった。
その言葉を合図に、10人近くいる親戚の子ども達が一斉に外に出る。山奥にある親戚の家は、夏の夜も風が強くて蝋燭に火が着かない。兄ちゃんがバケツを持って来てくれた。
これで風避けができて、ようやく花火ができる。
赤や緑など花火が輝く中、楽し気な子どもたちの声が夜の闇に響いた。
 
毎年お盆になると、30人近い人間が親類の家に集まることが我が家の恒例行事だった。子ども達の楽しみは花火。特に僕は花火が大好きだった。
親に頼んで大筒の高い花火も買ってもらった。それ一つあるだけで、随分誇らしい気持ちになったことを覚えている。小さい頃のかけがえのない思い出だ。
 
その一方で、成長していくにつれて花火について苦い問題が持ち上がってきた。
僕は「友達」と花火を観たことがない。地元にいた時も、地元を離れてからもだ。
単純に人付き合いが悪かったこともある。しかし、花火大会の日が親類の集まりの日に重なっていたことも多かった。
今思えば、例え一人でも花火大会に行ってみたら何か変わっていたかもしれない。同級生に出くわして、無理やりにでも一緒に花火を観たら彼らとの距離感も縮まったかもしれない。
 
夏休みが明けてクラスメイトが夏の思い出を話していた。勿論、花火の話もだ。そういう話を聞くたびに、僕は惨めな気持ちになっていた。
どうにかしたいという気持ちはあった。だが、一度どうにもならなかった問題を改善していくことは難しい。たった一度だけ、付き合った人と一緒に観た花火が僕の唯一の思い出だ。
たった一回でもあればいいって? その意見も頭では分かるけど、気持ちは簡単に割り切れるものじゃない。その恋人と別れてしまって、花火の記憶が辛いものになってしまった。だから恋愛関係の人と見るわけじゃない花火を観たい気持ちが強まってしまった。
 
そんな僕だから毎年夏の時期、街の花火大会の時期になると憂鬱な気持ちになっていた。今年もまた花火の時期がやってきた。
たまらなくなった僕はとあるカフェに入った。そこには当然のことながら働いている人達がいた。
「私も花火大会行きたかったんですけど、勤務に入っているから行けなかったんですよ」
飲み物の用意をしながら、店員の女性が明るく話してくれた。
「僕には花火を観る相手がいなくて。一人で花火を観るって有りなのかな?」
「有りだと思いますよ。私も学校の帰りに一人で観ましたし。誰かと一緒だと気も使いませんか?」
意外な言葉だった。一人で花火を観る女の人なんていないと思っていた。だけど、そういう人も世の中にはいたのだ。僕はどこか救われた気持ちになった。
 
考えてみれば、花火を観たいと思っていたのは楽しみたいという理由では無かったように思う。
誰かと花火を観ることで、それが出来なかった過去と過去の自分を叩き潰す、僕がやりたかったことはこれだった。
結局のところ、僕は変えようのない過去を変えようと考えていた。まるで、失敗した絵に絵の具を滅茶苦茶にぬりたぐって、失敗など最初から無かったようにするために。
だけど、過去に目を向ければ向けるほど「誰とも行けなかった」という苦い思い出が心を支配するのだ。そうすると自身もなくなる。誘う言葉が出なくなる。悪循環の繰り返しだ。
 
一人で花火を観てもいいと思った。僕に必要なのは過去を見ることではなく、「今」に目を向けることだ。行ってみたいなら心に従って行ってみたらいい。楽しいと感じたなら、その理由を考えそれを話してみたらいい。楽しさを感じないと、付いてきてくれる人など見つからない。
上手くいかないかもしれない。だけど、過去を無くそうとすることからは何も生まれない。
 
今年も誰かと花火を観に行けなかった。そして、盆の恒例の親類の集まりがやってきた。
ここ数年は仕事の都合で帰省できないこともあったので、久しぶりの参加だった。
そこで小さい子たちに混ざって、何年ぶりかに花火をした。
 
ぎこちなく花火に火をつける。何度もやったはずのことなのに、妙にドキドキした。やがて小さな火花が夜の闇を照らす。
 
楽しかった。心の底から楽しいと思った。
その時僕は感じた。花火は観に行けない人生だったが、一緒に花火をして楽しむ人達は、ずっと側にいたのだと。
僕は、自分が考えていたよりずっと恵まれた人間だった。幸福な子ども時代の記憶が胸の中に確かにある。僕にも物事を「楽しい」と感じる心はあったのだ。
これから心を未来へと向けていけるだろうか? きっとできるはず。子どものころ観た花火の光は、道しるべのように僕の心を照らしている。
 
 
 
 
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2019-08-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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