空気を読まない勇気
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記事:CHACO(ライティング・ゼミ平日コース)
最近、ドラマの影響で空気を読むとか読まないとかが話題になっているようで、私もこのドラマの行方を楽しみにしているひとり。
そういう私は、空気を読まない(読めない)ほうだ。12年前に日本に戻ってきたときは、それまでの9年間のヨーロッパ暮らしで空気の読み方をすっかり忘れてしまっていた。いや、空気は読めるものだということすら全く頭になかった。頭の中がドイツ人になっていたのだ。
あるドイツ人から
「日本人って、お皿の上にある料理の最後の一切れはだれも取らないんだろ?」
と聞かれて
「え? そうなの? なんで?」
と不思議のあまり面白がったものだ。
今思えば、当時の私は、日本の社会には鳥かごがいっぱい存在することを知らなかった。
だから、そんな鳥かごの外にいた私は、とっても変な、周りから浮いた人間だったに違いない……。
食事に行ったら、お酌はしてもらっても自分から先にすることはなかった。理由は単に、ドイツではレストランの人がワイングラスが空になる前に注いでくれるし、お店でなければ男性が注いでくれるからだ。
帰国後初めての夏、就職活動で英会話学校の面接を受けたとき、あまりの暑さに耐えられずノースリーブで面接を受けた。そもそもリクルートスーツなど持っていなかったのだが。面接担当の方は、
「今日も暑いですね」
とおっしゃって、私も
「ええ、日本って本当に暑いですね」
と返しただけだった。今なら、私の常識はずれな服装についての間接的なコメントだったかもしれないと考えも及ぶが、当時の私にはそれを理解するのはまず不可能だった。面接の結果はというと、無事に非常勤講師として採用されたので結果オーライ。
それから、当時、正社員として入った会社でも、9時に就業開始とのことだったので5分前に出社した。そうしたら、20分前までには来てくださいと言われ、理由がわからなかったので、
「え? なぜですか?」
と質問したが、明確な答えがなかったのを覚えている。そもそも普通なら、そんな質問などしないところなのだろうが……。
また、我が子がまだ小さかった当時、ベビーカーでどこにでも、どんな店でも、自分が行きたいところに行った。このベビーカーというのがまた、ヨーロッパ製のまるでオフロード仕様のような大きく頑丈なもので、サクッと折りたたむ機能などなかった。でも、これでバスにも乗ったし電車にも乗ったが、肩身の狭い思いをした記憶はない。バスの段差や階段など一人で無理な状況では、通りがかりの人に、
「すみません。手伝ってもらえますか?」
と声をかけると、どの人もベビーカーを一緒に抱えてくれた。
実際のところ、空気を読まずに困ったことはあまりなかった。
それから10年以上経った今、当時のこの度胸はどこへやら……。
レジで小銭やカードを探したりするちょっとの時間さえ、店員さんや後ろの人がイライラしていないかが気になる。後ろのお客さんの番になって、店員さんが「お待たせしました」と言うのを聞いて、やっぱり私が待たせたのかと、さらに気になる始末。我ながら笑えてくる。が、同時にこれが、この上なく自分を疲弊させることも知っている。
実はレジでこんなことを考えるたびに、思い出す出来事がある。
数年前、ドイツに家族で帰省した時、デパートでミネラルウォーターを買った。
1か所しか開いていないレジに並んで、いざ支払う時に、46セントを全て小銭、しかも5円玉とか1円玉のような細かいのを数えながら財布から出していた。
日本に帰る前に、できるだけ小銭は減らしておきたかったからだ。
なにしろ1か所しか開いていないので私の後ろにはたくさん人がならんでるし、日本人としては申し訳ない気持ちでいっぱい。
レジの男性店員にも面倒くさがられるかも、などと心配してると、彼はゆっくり小銭を数えて、
「はい、ちょうどだね!」
私もホッとして、思わず
「よかった! 小銭がなくなって」
するとなんと、私のすぐ後ろの男性のお客さんが、
「私も一緒に数えたよ」
と、ニコニコしながら言ったのだ。
その時、「あ、私、堂々としてればいいんだ」と思ったのを今でも覚えている。危うく「かご」の中からでられなくなるところだった。
空気を読むように仕向ける社会というのは、空気は好きなだけ吸えるけれどもかごの外には出られない鳥を飼っているようなものだと思う。いや、出られないのではなく、扉は開いているのだから、自分で出ればいいだけのことなのだけれども。
そして、10年前の、頭の中がドイツ人だった自分のことを思い出すと、空気を読まない人ははじかれるけれども、読まなさすぎる人はかえって「そんな人」だと周りがわかってくれるようになるのだと思う。
実際、ドイツには「そんな人」ばかりだが、そんな人同士お互いさまで悠々と生きている。
あなたがもし私のように空気を読むのが苦手だったら、もしも、かごの中に入ってしまっていたら、ちょっと勇気を出して、外に出て羽を広げてみてください。みんなが羽を広げたらぶつかるかもしれないけど、少々ぶつかったところで大したことではないし、自分も広げてるのだからお互いさま。
そして、その感覚がきっと忘れられなくなるでしょう。
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