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煩悩クッキング 王様の蒲焼き編


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:谷中田 千恵(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
事務所に、12:15を知らせるチャイムが鳴り響く。
待ちに待った、ランチタイムがやってきた。
 
心の中で、ガッツポーズを決める。
今日の弁当は、昨夜から楽しみにしていたイワシの蒲焼き丼である。
 
出勤の道中から、この時間が待ち遠しくてたまらなかった。
鼻の奥から、タッパーにつめた蒲焼きの匂いが離れない。
正直、午前中の仕事は、手についたものではなかった。
 
いそいそと、共用の冷蔵庫へと足を運ぶ。
先ほどから、脳内には、祝いのファンファーレが鳴り響いている。
 
おもむろに、タッパーを取り出し、フタを開ける。
うすーく敷いたご飯の上に、鎮座するのは、15cmはある輝くイワシの蒲焼きだ。
隅には、塩分控えめの、もやしのナムルが静かに、茶色く華を添える。
 
大きく口に頬張ると、ふわっとしたイワシの口触りと、醤油の香ばしい香りが広がる。
こんな、極上の贅沢が許されていいものだろうか。
 
しかし、この最上の幸せを周りの同僚に悟られてはいけない。
自作の弁当を持参していることなど、勘付かれてはならないのだ。
 
なぜなら、この立派なイワシの蒲焼き、レトルト食品なのだ。
 
万が一にも気づかれて、「お弁当作るなんてすごいね」なんて言われた日には、悲しみにくれるしかない。
きっと次の日から、人目を気にして、手の込んだ、いろどり豊かな献立を考え始めることだろう。
見栄を張って、レトルト食品に手を出すことなどしなくなる。
 
私にとって、料理は、切手収集と同じことなのだ。
こっそり楽しむ、うっとりするような私だけの世界。
 
そこに、周囲の目など、必要ない。
手抜きも、彩りも気にしない、自由な世界だ。
 
そもそも、食べることが大好きだった私が、料理に興味を持つことはごくごく自然なことだった。
 
外食や、コンビニ飯とは違い、自分で作る料理には無限のバリエーションがある。
まるで夢のような世界ではないかと、意気込んで始めた料理だったが、怠惰な性格と、要領の悪さがたたり、腕は一向に上がらなかった。
時間をかけて作っては、見た目も悪いそれを口に含み、首をかしげる日々が続いた。
 
それに加え、仕事柄、スケジュールを読むことができない。
1週間分と買い込んだ野菜たちは、多忙の波に飲まれ、日に日にみる影もない姿へと変貌をとげた。
 
黒ずんだキャベツや、やせ細った人参をみては、自己嫌悪が止まらない。
ダメな私、ダメな私と、疲れている自分に厳しい言葉を投げ続けては、地の底まで落ち込んだ。
 
ようやく立ち直り、スーパーで買い出しの日々をスタートさせると、もれなく忙しさの波がやってくる。
買い出し、野菜を腐らせる、落ち込むの地獄の無限ループだ。
 
そんな日々を繰り返し、なんとか私は、今の料理スタイルを確立した。
 
まず、自己流でアレンジする創作料理のたぐいには一切、手を出さない。
経験のない私が、闇雲に走り出しても目的地には、到着しないのだ。
 
また、新しいメニューに挑戦する際は、インターネットや、レシピ本を駆使し、醤油1滴の誤差もないほど、正確に再現する。
時間がかかるかもしれないが、一番正確で安全な道のりを選ぶのは最上の選択である。
 
さらに、手間のかからない確実な料理をいくつか暗記する。
先ほどのもやしのナムルは、1分ほど、茹でたもやしに、ごま油と塩コショウをその日の気分で、ふりかけるだけだ。失敗のしようもない。
 
そして何より、私にとって、一番大切なことがある。
 
それは、レトルト食品の力に精一杯、力一杯頼ることだ。
 
ほかの業界同様、食品界でも、近年の技術革新は、おどろくほどだ。
特に、冷凍食品の成長は、めざましい。
コンビニや、スーパーに並ぶ、冷凍食品の安くて、おいしいこと!
せっかくのこの恩恵にあずからない理由がどこにあるのだろうか。
 
もちろん、世の中には、レトルト食品を良しとしない方達が存在することは理解している。
 
しかし、これは、私自身の生活の話だ。
いや、むしろ、私という人間の生き方の話なのだ。
 
食事の準備は、他の誰かのためにしているわけではない。
周囲の人に、料理ができますと、アピールをしたいわけでもない。
 
自分自身のために、自分自身を満足させるためにしていることなのだ。
 
疲弊してまで、食事をとる必要など、どこにもない。
自分自身が最優先、完全、自分ファースト主義だ。
 
中には、家族のために、身を粉にして料理をしているという方もいるかもしれない。
家族のことを考えると、自分の欲望ばかりは、優先させられないと反論されることだろう。
 
それでも、私は、強く主張したい。
 
料理は、あなたの思うがままにしたらいい。
 
レトルト食品を使うべきだと主張しているわけではない。
手を抜きたい時は、好きなだけ手を抜き、少しでもあなたがワクワクする時間にして欲しいと思っているのだ。
 
あなたも、私も、それぞれの人生で、唯一無二の王様だ。
ほんの短い調理の時間でさえも、それは人生の一部である。
 
その貴重な人生の一部を、後悔や疲弊に使う必要など、どこにもない。
あなたが、コントロールをしてしまっていいのだ。
社会の価値観など関係ないのだ。
誰も、それを邪魔する権利など持っていないし、とがめることなど許されない。
 
キッチンという一国の主であるあなたは、もっともっと自分本位で構わないのだ。
堂々と、胸を張って、傍若無人にふるまって欲しい。
何しろ、あなたは王様なのだ。
 
私など、最近、たいがいの野菜は洗わなくても命に別条はないという、世紀の大発見をしてしまった。
 
常識など捨て去ってしまっていいはずだ。
全ての料理は、わがままな王様の料理で構わない。
 
さあ、今こそ、私は、あなたの前でひざまずこう。
そして、高らかに申し上げる。
 
「王様、お料理のお時間です」

 
 
 
 
***
 
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2019-08-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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