メディアグランプリ

友達親子、却下します


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:井村ゆうこ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「女の子はいいよね、いっしょに買い物に行ったり、お茶したりできるから。うちも女の子だったら、絶対目指してたな、友達親子」
 
食べ盛り、育ち盛りの男の子ふたりの育児真っ只中の友人が、私の隣にちょこんと座って、おとなしく本を読んでいる娘を見つめて、ため息まじりにつぶやいた。やんちゃ坊主ふたりを相手に、毎日忙しく動きまわっている彼女は、見るからに疲れた様子。いつもは、冗談交じりに子どもやご主人のことを、面白おかしく話して聞かせてくれるが、この日は口が重かった。そして、ガムシロップをたっぷり入れたアイスコーヒーと、甘さ控えめじゃないタイプのチョコレートケーキを、胃におさめ終えた彼女が口にしたのが、この「友達親子」発言だ。
 
「う~ん、どうかな。女の子だって、いろいろだから」
 
明らかに落ち込んでいる様子の人間を相手に、議論を吹っ掛けることが、有益でないことくらいは、中途半端に長い人生で学んできた。だから、私は相手が言いたいことを、聞いて欲しいことを、吐き出しきるまで、当たり障りのない相槌をうち、聞き役に徹した。
相手がもし、コンディション万全のときだったら、言い返していただろう。反論していただろう。
 
「友達親子? そんなの却下だよ、却下! 絶対なし!!」
と、大きな声で。
 
「友達親子」とは、親が子どもを自分と対等にあつかい、友人のように接する親子関係のことを指す。
一般的に、母親と娘の間で成立しやすく、娘が大人になっても、いつまでも一緒に行動し、何でも話し、相談しあえる仲、というものだ。
 
この「友達親子」については、賛否両論ある。
賛成の意見としては、「子どもが親に相談しやすい環境で、親は子どもの気持ちを正確に把握することができる」「親子がいつまでも仲良くいられる」「反抗期がない」などが挙げられる。
一方、反対の意見としては、「親離れ、子離れができなくなる」「親が子どもをコントロールする危険性がある」「子どもが親や目上の者を、敬う気持ちが育たない」などが挙げられる。
 
私は200パーセント反対の立場だ。
私は、娘の友達になるつもりはない。娘といつまでも、いっしょにでかける気もないし、相談相手も願い下げだ。むしろ、娘にとって、一番相談しにくい相手、一番こわい存在でありたいと思っている。
 
理由は単純だ。私は、娘のたったひとりの母親だから。
 
親の役目とは、何だろうか。
子どもを自分と対等な人間として扱い、いつまでも仲良く、同じ時間を共有することが、親の役目なのだろうか。子どものいちばんの相談相手、もっとも身近な存在であり続けることが、親に求められていることなのだろうか。私は、決してそうだとは思わない。
親の役目は、子どもが自分ひとりでも生きていける力を身に付けさせ、じっと見守ること。
これに尽きると、私は確信している。
 
娘はひとりっ子だ。きょうだいもいなければ、いとこもおらず、かわいそうだが、その状況はこの先ずっと変わらない。祖父母と、親である私たち夫婦が死んだら、天涯孤独の身の上だ。娘には、たとえひとりぼっちになったとしても、しあわせに生きていって欲しい。そのために必要なのは、「友達みたいな」親ではなく、何でも話し、相談でき、互いに意見し合うことができる「本当の」友人だ。常に隣を歩き、寄り添い支えてくれる、かけがえのないパートナーだ。娘が、そんな友人やパートナーを求めて、干したての布団みたいに、ぬくぬくとした「親の世界」から飛び出していけるように、私は、あえて頼りない親であり、こわい親を目指すのだ。
 
子どもには、太陽のように自らの力で、輝いて欲しい。
ときに、黒く厚い雲に覆われ、輝きをさえぎられることもあるだろう。
ときに、長い雨が降り続き、日の光を消されてしまいそうになることもあるだろう。
だけど、どんなときも、最後に頼れるのは、自分の「輝きたい」という、燃えるような想いだけだということを、知って欲しい。太陽は唯一無二の存在で、何とも、誰とも、かわることができないのだから。
 
親は、子どもを照らす太陽になってはならないのだ。
親の役目は、輝く太陽から一歩ひいて、じっと見守る、月のような存在になることなのではないだろうか。
私は、宇宙のように広がっていく、娘の世界で、太陽の光を感じる、月でありたい。
 
「ママとおそろいにしたよ!」
 
娘とふたり、劇団四季の「リトルマーメイド」を観に行く日の朝。ミュージカルを前に、普段は滅多に選ばない、黄色のスカートを身に付けた私を見て、娘が、お気に入りの紫色のスカートから、黄色のスカートにはき替えてきた。初めてのリンクコーデだ。リンクコーデは友達親子の象徴のような気がして、これまでなんとなく避けてきた。
 
スカートの裾をひらひらさせて、うれしそうに手を握ってくる娘をみて思う。
「あぁ、この子はまだ5歳だった」
 
鳴りやまない拍手に応えて、繰りかえされるカーテンコール。
初めて体験した劇団四季の舞台に、目をキラキラさせ、懸命に手をたたく娘の横顔が、少しだけ大人びて見えたのは、気のせいだろうか。
 
娘がいつか、リトルマーメイドの主人公のように、自分の本当の居場所を見つけ、大地を力強く踏んで、親の元から飛び立っていくまで、まだほんのちょっとだけ猶予がある。ほんのちょっとだけ。
それまでは……ママに「親友」の役をやらせてね!
 
 
 
 
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2019-08-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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