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相手の立場に立つとは、ごっこ遊びである


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:しん(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「まじめにやりなさいよ!」
「やってんじゃん!!」
 
夏休みも終わりに近づいた8月の週末、家人と娘が何やらもめていました。
 
「騒がしいな。いったい何をもめているんだ」
ふと、リビングに目をやると、ふてくされた顔をした娘の姿と、うんざりした表情の家人の姿が、そこにありました。夏休みの宿題で出ている音読を、母親に聞いてもらっていたようです。
 
最近の小学生は詩の音読の宿題があるんですね。
詩や小説を、声を出して読んで、おうちの人がチェックするわけです。
しかし、我が娘はこれが嫌いです。面倒くさいし、恥ずかしいらしいのです。分かります。そりゃそうでしょう。
小学5年生にもなって、家族に音読を聞いてもらうなんて、こっぱずかしいに決まってます。
 
しかも課題は詩集「のはらうた」のなかから、かたつむりでんきちが語る「しんぴんのあさ」
「のはらうた」とは、野原の動植物たちが作ったとする、さまざまな詩を収録した、工藤直子さんによる詩集のシリーズです。本文は全部ひらがな。作者として名前を連ねるのは、「へびいちのすけ」だの、「かぜみつる」だのという、ふざけた名前のものばかりです。その作者の一人「かたつむりでんきち」による一篇の詩を音読するわけです。
 
詩なんか感情を込めて読むことが課題になるわけですから、こっぱずかしいその気持ち、なおさら良くわかります。でんきちの「こりゃおどろいた! おやびっくり!」とか「ぼくのめまいにちびっくりめ!」とかの台詞がどうにも恥ずかしくて、感情移入できないようです。
 
早口で読んで、とにかく音読を終わらせたい娘。その気持ち良くわかります。
良くわかるけれども、適当に終わらせようとする娘に、イラつく母親の気持ちも良くわかります。
 
「だからちゃんと読みなさいっていってんの!」
「さっきからやってんじゃん!! なんなの! もう!!」
「もう知らない! サインしないからね!!」
 
娘は、決してふざけているわけではありません。
照れくささもあるけれど、うまく読む方法がわからないのです。かたつむりでんきちの気持ちが分からないのです。わからないから感情移入も出来ないのですね。わからないけど、やらなければいけない。だから早く終わらせたい。早く終わらせたいから早口になる。
出来なくて、悔しくて……。目に浮かべた涙が溢れ、頬を伝います。
 
見てられなくなった私は、娘の成長と家庭の平和を願いながら、一計を案じました。
 
「どら、こっちこい。」
泣きやまず、鼻をすすりながら嗚咽をあげる娘を呼び寄せ、私は言いました。
ごっこ遊びの要領で、娘にかたつむりでんきちを演じさせます。
 
「かたつむりでんきちごっこやるぞ!」
「???」
「そこに、でんきちを出せ! イメージでいいよ。イメージのでんきちが出てきたらパパに教えてくれ」
「うん。できたよ」
「でんきちはどんな感じだ?」
「こっちみてニヤニヤしてる」
「そしたらな、自分の体から抜け出して、ぬいぐるみを着るような感じで、でんきちの中に入ってみろ」
 
娘は、いわれるままに、ぬいぐるみを着るような仕草をしながら、かたつむりでんきちの中に入っていきます。私は「そうそう、うまいぞ!」と娘をおだてながら、頃合いを見て娘に質問します。
 
「いいね。君は誰だ? 名を名乗れ」
「こんにちは。かたつむりでんきちです」
「おお! いいね。じゃあ、でんきち。この本を読んで聞かせてみてくれないか?」
 
すっかりでんきちになりきった娘は、楽しそうに、感情豊かに、声のトーンもいつもより少し高めに、詩を読み始めました。読み終わると、私に顔を向け「はい。おしまい!」と、ものすごいドヤ顔です。
 
でんきちから出てこさせ、元の自分に戻った娘の感想は「うーん。変な感じ。でもね、面白かったよ! でんきちの気持ちがわかったような感じがした。よく分からなかったけど」という、わかったような、わからないようなものでした。
 
私は「おうちの人のチェック」欄にサインをして「大変よくできました」の二重丸を付けました。
 
私たちは日常「相手の立場に立って」とか「お客様の立場になって」と求められます。
人間関係でも、仕事でも「相手の気持ちを理解して、相手の立場に立つ」ことを求められるわけです。
 
頭ではわかっていても、なかなか出来ないものですよね。ついつい、自分の立場に立った理屈で考えてしまって、相手の気持ちを理解出来ず、早口で詩を読むように、その場をやり過ごそうとしてしまいます。
 
そんなとき、私は自分の中から抜け出して、ぬいぐるみを着るように、相手の中に入って、相手になりきってみるのです。すると、あら不思議。頭で考えていただけでは感じなかったことを感じ、聞こえなかったことが聞こえ、見えなかったことが見えてきます。無理することなく相手の立場や感情が理解でき、相応しい行動ができるようになるのです。
 
相手の立場に立つとか、相手の気持ちを理解するということは、自分の視点を持ったままでは難しいものだと私は思っています。我儘で身勝手な自分から抜け出して、ごっこ遊びのように、相手の中に入ってみて、初めて感じるもの、聞こえるもの、見えるものがあります。
 
相手の相手の気持ちを理解して、相手の立場に立つとは「ごっこ遊び」だと私は思うのです。
 
 
 
 
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2019-09-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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