通訳・翻訳はAIにとって代わられるのか?
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記事:CHACO(ライティング・ゼミ平日コース)
「ドイツ語レッスンの問い合わせに返事したいんだけど、ドイツ語で書いたから日本語に翻訳してくれない?」
と、締め切り間際のため殺気立った私に、恐る恐るたずねる夫。
「いいよ。だけど、この仕事が終わってからね」
忙しさもあって本当は「グーグル翻訳でやれば?」と言いたいところだが、そうもいかない。
ドイツ語教師をしている夫からすれば、これはいわば見込み客に対する売込みの文章だ。機械翻訳した文章であることが透けて見えるような不自然な返事であってはならないし、夫が提供したい情報と問い合わせ者が求めている情報のギャップを埋める必要もある。
結果、出来上がった日本語の文章は、元の文章とは構成も内容も多少違ったものになるのだが、果たしてこれと同じものを人工知能 – AIによる自動翻訳が生み出せるのであろうか?
私の答えは「No」である。
ある言語から別の言語に直す作業は、「橋渡し」の役目を担う。翻訳前の書かれた、もしくは発話された文章には、必ずその人の意図や目的が含まれる。橋のこちら側、つまり返信文を書いた夫には、新規生徒の獲得という目的があり、橋の向こう側のドイツ語を習いたい方には、まずは諸条件の確認やどのような雰囲気の教師なのかを知りたいという意図もある。
その両方をできるだけ満たす簡潔な文章を作り出さなくてはならない。
はた目には、さらっと別の言葉に言い換えているように見えるかもしれないが、翻訳という作業は思ったよりも、橋を渡っている途中であれやこれやを考慮しながら、汗をかきかき、行われている。
機械による自動通訳ではどうだろうか?
最近、話しかけるだけで希望の言語に直してくれて、さらにその文章を読み上げてくれる機能を持った夢のような機械があるようだが……。
あるとき、こんな場面に出くわした。
スーパーの薬売り場で、外国人が薬剤師とカウンター越しに何やらやり取りをしていた。
うまくコミュニケーションが取れていなかった様子だったので、声をかけてみたところ、やはり困っているようだった。
アクセントから判断してアメリカから来たその客は、風邪をひいていて、ある薬が欲しいとのことだった。彼はその薬のアメリカでの販売名しか伝えられず、対応していた薬剤師は、「その薬はありません」の一点張り。
「その薬は置いてないんですよ、といくら言ってもわからないみたいで……」
と、こちらが困ってるんですと言わんばかりの対応だった。
薬の知識のない店員なら仕方ないが、薬剤師なら症状を聞いて日本で販売している薬を薦めることくらいできるだろうに……。
熱もあってとてもつらそうなその客に同情した私は、
「症状がつらくてどうにかしたくて来てるのだから、同じ薬じゃなくても似たような薬はあるでしょう?」
と、思わず薬剤師に意見した。
もちろん、通常の通訳業務であれば、通訳者という立場の私はそこまで出しゃばりはしない。話が堂々巡りで進まない場面も時にはあるが、それをなんとか先に進めるにも普通はこんな直接的な言い方もしない。
ただ、この時ばかりは目の前にいる客の目的、つまりこのつらさから解放されるために今すぐ薬を手に入れることを、最速で薬剤師に理解してもらおうと思ったのだ。
その薬のアメリカでの販売名をネットで検索すれば、入っている有効成分がわかる。薬剤師ならその成分名から、日本で販売されている同等の薬を選べるはずだ。
その場でスマホで検索して成分名を伝えると、どうやら総合風邪薬のようだった。さすが薬剤師、その場で薬を選んでくれた。
全く同じ成分ではなかったため、含まれる成分名とその働きを薬剤師に教えてもらって私から英語でその客に伝え、無事に彼は薬を買うことができた。よかった! 彼も安心したことだろう。
言葉の通じない外国で病気になった時の心細さは、経験してみないとわからない。その気持ちまでことばで伝えられる自動通訳機が、そしてこのような話が平行線の場面で話者の意図を理解してその目的を最速で達成できる通訳機が、果たして実用レベルで使えるようになる時代が来るのだろうか?
私の答えはNoである。むしろ、AIの素晴らしさが脚光を浴び、期待が高まるにしたがって、そもそもコミュニケーションのすべてを機械にたよっていいものだろうか? という根本的な疑問を投げかけたい。コミュニケーションは言葉だけではなく、表情や声のトーン、ジェスチャー、文化の背景やギャップも含んだ複雑なものであるはず。そこから生まれる友情や愛情もある。(通訳機を使って愛を語るなんて考えられないでしょう?)
便利な機械に頼ることで、本来人同士のものである生きたコミュニケーションのもつ価値を忘れては、何のためのコミュニケーションなのかと思ってしまう。AIを使うのならば、コミュニケーションの主体はあくまでも人であることを忘れてはならない。AIという便利な「ツール」を使って、よりよいコミュニケーションを目指すべきだ。
もし、万が一の話だが、私たちのような通訳者・翻訳者という職業がこの世から消えるような時代が来るとしたら、それはAIにとって代わられたからではなく、世界中の人々が一人残らず、母国語とは別に1つの共通言語を理解し、不自由なく使いこなせるようになったときであろう。
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