真冬の北欧の全裸の儀式
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記事:ブロムベリひろみ(ライティング・ゼミ平日コース)
噂には聞いていた。考えただけでもぞっとする恐ろしい場所のことだ。そして狂っているとしか思えないそこで行われる行為のことも。私には一生縁のない所、のはずだった。
それなのに、私はその場所で抜き差しならぬ状況に置かれていた。抵抗することも許されず連行されてしまったおぞましき場所。そこで、身にまとっているすべてのものを取るように言われ、もうこれまでか、と観念した私はひきつった薄笑いを浮べながら一糸まとわぬ裸になった。
その後、緊張を解きほぐすためなのか温かい部屋でしばらく過ごすことを許された私が次に連れ出されたのは、肌を突き刺す冷たい外気。今にも雪が降ってきそうな重くのしかかる灰色の空。私たちが立っているのはスウェーデンの海岸線から長く伸びているウッドデッキの上だった。
間髪を入れずについにきた最後の指示は、デッキから海に飛び込むことだった。私は試されていた。この儀式を乗り越えなければ仲間にはなれない。しかし、凍っているような海水にはいれば心臓が止まってしまう。
「今すぐに! 早く!」という声に押されて、また、冷たい突風の中これ以上全裸で立っていることに耐えることもできず、私は海に飛び込んだ。「ここで死んだらそれまでよ」、そんな考えと共に。
驚くほどの水の冷たさに、一瞬で膝から下の脚の感覚が無くなる。ふっと気が遠くなりそうになり、慌ててデッキへ戻るはしごを駆け上がった。
あぁ、なんてひどい仕打ち! こんなに寒く……、えっ、寒くない!? 心臓も……、止まってない!? 止まるどころか私の心臓は圧倒的なパワーでイキイキ働きはじめていた。血が体中を駆け巡るのがわかり、新たに大量の血液が送り込まれたところでは体が温かみを持つのが実感できた。永遠のように思えても本当のところはほんの一瞬、裸の体を冷たい海水につけただけなのに、私は自分が驚くほどの身体性を取り戻して「新生」する体験に包まれていた。私を連行した儀式のメンバーは、驚きを隠せない私を満足そうな笑顔でみつめた。
その時私が参加していた「儀式」は、私ために友人達が準備してくれた私の結婚式直前のサプライズ・パーティだった。日本からスウェーデンに引っ越してきた私がスウェーデンでのサバイバル法を身につけるという趣旨で一日の行事が考案されており、工夫されたお遊びがたくさん詰まっていた。
「突然ヘラジカに遭遇した時に対処する」ためにレーザークロスシューティングで銃の撃ち方を練習したり、何もないところでもこの国一番の年中行事を祝うことができるように、寒風吹きすさぶ公園で夏至祭のダンスの練習をしたりした。
そして真冬に水に落ちても助かる訓練にと、スウェーデンの友人たちは私が話を聞いただけでぞっと身震いしていた恐ろしい場所である「カルバアドヒュース」に私を連れてきたのだ。
「カルバアドヒュース(Kallbadhus)」とはスウェーデン語で「冷たい(カル)浴場の(バアド)家(ヒュース)」という意味で、平たく言うと、海岸や湖畔で水上に突き出すように建っているサウナハウスのことである。
利用者はサウナで体を温めてから真っ裸になって冷水に飛び込む。夏は別に冷水である必要もないのだが、こちらでは夏の海水や湖水もせいぜい20度くらいにしかならないので日本人には冷水になってしまう。冬場は、水面が凍っていることも多いので、そこに穴をあけて沐浴する。
施設は一年中やっているが、特に人気なのは真冬と真夏だ。真冬は、熱々のサウナと冷水で血が体を駆け抜ける気持ちよさがあり、真夏はウッドデッキの上でこころゆくまで真っ裸でゴロゴロしたり海に入ったりする開放感が気持ちいい。
日本の温泉は好きだった私だが、真冬に冷水にはいる「カルバアドヒュース」のよさは自分で経験するまではまったくわからず、いくら気持ちがよいと誘われても丁重に断っていた。しかし前述のように自分のために企画されたパーティーのメインイベントを辞退することは無理で、そこで初めて裸で冷たい海にはいることを経験し、たちまちその魅力に取り憑かれてしまった。
今では誰にも頼まれてもいないのに、「カルバアドヒュース親善大使」を自ら名乗り、日本からの訪問客もカルバアドヒュースに連れて行く。私と同じくらいカルバアドヒュースを愛する友人たちとは「全国カルバアドヒュース巡礼者の会」を結成して、機会を見つけてはスウェーデンのあちこちにあるカルバアドヒュースを訪れる旅を続けている。巡礼の旅では楽しむと同時に、建物や水質、周囲の環境、併設のカフェなどついての評価と格付けも行っている。
体を血が駆け巡る気持ちよさの最初の体験があまりにも衝撃的だったので、私のカルバアドヒュース好きは健康的な効果が一番の要因だろうと自分でも長らく思っていた。しかし、カルバアドヒュース歴が長くなるにつれ、魅惑されている理由はそれだけではないことがわかってきた。
この体験を特別なものにしているのは、全裸で風を感じながらウッドデッキの上に立ち、そして全裸で海に入るというその身体感覚にある。冬が厳しい北欧で重ねた服を脱ぎ裸になって自然と対峙し、自分の身体に戻っていく。そして周りの人たちもおなじように、一人ひとり生身の(そして驚くほど様々な)体をもった生き物であることを実感する場所と儀式。それが私にとっての「カルバアドヒュース」だ。
日本の温泉もすばらしいけれど、北欧の「カルバアドヒュース」の魅力には一度はまると抜け出せない。せっかく北欧に来たのに「カルバアドヒュース」を体験しないのは、日本に来たのに温泉に行かないことと同じくらいもったいないことなのだ、とだけは言っておきたい。
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