患者の心得
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:したみあきこ(ライティング・ゼミ平日コース)
「アレルギー検査の結果は、反応がゼロでした。アレルギーはないという結果です」
この医師の言葉をもって、私の嗅覚障害治療の新たな第一歩が始まった。
匂いを感じなくなってからおよそ20年。
無臭の世界を生きてきた。
もちろんこの間、なにも対策しなかったわけではなく何度か病院へは行っていた。
何も匂わないというのは意外に危険で、食べ物が腐っていても気づかない。ガス漏れしていても気づかない。下手をすると命に関わる症状でもある。
何とかしなければと思い、数年ごとに病院にかかった。その診察結果を総合してみると、
『アレルギー性鼻炎による嗅覚障害。アレルギーの簡易検査によりハウスダストアレルギーが有力』
ということのようだった。
治療としては薬の服用、点鼻のみである。
薬を服用すると、嗅覚が戻ることもあった。その瞬間はとても嬉しいのだが、月に一、二度通院し、薬をもらうのがとても負担だった。
なによりお財布を直撃する。
そもそも薬の処方だけで、他に治療はないのだろうか。
違う治療を期待して病院を変え、「匂いがわかりません」と受診しても、またアレルギーの薬をもらって終わりだった。
そして結局、病院から足が遠のき……ということの繰り返しだった。
毎回、『この医師はあんまり親身になってくれない』『診察が雑』などと病院や医師への不満が募った。どの医師も、当てにならないと思っていた。
しかし最近のことである。
また鼻炎が悪化し、呼吸が苦しくて眠れない日があった。
病院に行こうか、でもまた適当に診察されて鼻炎薬もらって終わりだったら……。
悶々と悩んだが、夜眠れないほど呼吸が苦しくなって、苦しいのと共に悲しくなって泣けそうになった。
本気でどうにかした。そう強く思った。
本気で体調を良くしたい。コーヒーの香りがわかれば朝から元気になれるかもしれない。食べ物の美味しい匂いがわかれば、食生活も改善できるかもしれない。
この20年間、どれだけもったいない事をしてきたんだろう。きっと、ものすごく良い香りもあったに違いない。逆に嫌な臭いをわからずに、ずっと吸っていたかもしれない。
鼻が詰まって頭がボーっとする時間だってもったいないではないか。
心の底から、治したいと思った。
そして私は病院を検索し、これまでの経緯を一枚にまとめ、嗅覚障害のみならず関連しているかもしれない症状も併せて受診してみたのだった。
呆れられてもいいから、症状と疑問を全部伝えようと決意しての受診だった。
ここまで真剣に考えて受診したのは初めてだった。
しかし、良く考えるとこれが当たり前であって、これまでの私はわりと不真面目な患者だったのではなかろうか。
ちょっと通って良くなって、薬を飲み続けるのが負担だからと通院を辞める……不真面目すぎる。
患者としての資質がなさすぎる。
私は、自分は努力せずに「医者ならきっと原因つきとめて治療してくれるだろう」と思っている甘々な患者だったのだ。
これではだめだ、立派な患者になろう。
そして先日、本気の受診をしたときに、私は初めて自ら医師にお願いをした。
「アレルギー検査をお願いしたいです。避けられるアレルゲンは避けたいのです」
なんと真っ当かつ立派な患者なのだろう。と自画自賛しつつ診察をうけた。
医師はこれまでの経緯を書いた紙に目を通してくれた。
アレルギー検査と一緒に、レントゲン撮影や呼吸の検査も受けた。
そして一週間後、検査結果が出る日を迎えた。
診察室に入って、検査結果の用紙を見ながら医師が発した言葉が「アレルギー反応はどれもゼロでした」というものだった。
ゼロ。
まさかのアレルギー反応ゼロ。
これまでのアレルギー性鼻炎……と思っていたのはなんだったのか。
というか、20年何と戦ってきたのか。
しかしアレルギーは無くとも、血液検査の結果『好酸球』という数値が高いことが判明した。これは体質的なものかもしれないとのこと。
また、アレルギー反応が結果として出ていなくても、アレルギーの薬を一週間飲んだところ、嗅覚が戻っていること。
他の検査で懸念していた喘息などの所見は無さそうであること。
その結果、治療としてはアレルギーの薬を飲むこととなった。
まるで振り出しに戻ったかのような結果だ。
しかし、ものすごく前向きにとらえることができた。
訴えた不安を一つ一つ拾って消していく診察をして貰えたからだと思う。
そしてそれは、しっかり不安を訴え、疑問を確認したからこそ引き出せた回答なのだと思う。
言うなれば『患者力』を手に入れたような気分だ。
以前と違って、同じ薬を飲むという行為でも意味合いが断然違う。
いつまで飲めばいいのか、という不安を持ちながら飲むこともない。
体質が原因かもしれない、というなら体質改善を図るために薬を飲み続けてみようと思う。
目的があるならば、薬を飲み続けることも頑張ることができる。
そして今、仕事の合間のコーヒーの匂いを嗅ぐのが楽しくて仕方ない。
ずっと試したかったアロマグッズを毎日使っている。
20年間、私は不真面目な患者だった。
無駄に無臭の時間を過ごしてしまった。
それは自分の体と向き合っていなかったせいであり、治したいという姿勢を強く持たなかったせいであり、患者として不真面目だったのだ。
治したいという意思と努力。
これなくして、病院へ行くべからず――と肝に銘じつつ、薬を飲んでアロマポットにオイルを垂らして、心安らかに眠ろうと思う。
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