メディアグランプリ

就業時間に、給水ポイントを


 
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事 : 水野雅浩(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
「業務時間中の10分の昼寝習慣。それ、やりましょう!」
 
会議中、ずっと押し黙っていた工場長が急に発言した。同席していた人事部長、総務部長、産業医が一斉に顔を上げた。選択肢はいくつもあったが、工場長の鶴の一声で、決まった。
 
私が訪問した企業はテレビCMでもおなじみの製薬会社だ。海外事業も含めると数千億の売上規模となる。薬の製造に関わっている人たちがまず、健康でなくては、という思いから始めた「社員が健康で長く働ける職場作りプロジェクト」だが、なかなか社員の満足度が高まらない。それは当然だ。年に一度の健康診断の受診率90%を100%にしたからと言って、社員の満足度は高まるはずがない。
 
私がこのプロジェクトに携わっている理由は、私は、健康経営アドバイザーとして講師を行っているからだ。クライアントは、企業、行政にとどまらず、大使館、海外の大学なども含まれる。
 
業務時間の中でコストをかけずに実施できる健康マネジメント。それが今回のテーマだった。
時代は変わった、と思う。
 
CUREから、CAREへ。
病気になってから治療する時代から、病気にならないように予防する時代へ。
 
消費から、投資へ。
健康を犠牲にしながら成長する時代から、健康をアップグレードして成長を加速する時代へ。
 
そんな時代の変化の中、私は、呼ばれた。
 
今回提案したのは、食後13~15時の間の10分の昼寝タイムだ。
 
なぜ、昼寝を提案したのか。
それは、私の実体験に由来する。
 
今から15年前。私は30代前半、日本食レストランの立ち上げに参画していた。場所は、香港の九龍駅の真上。香港でも有数な金融タワーの目の前だ。ピカピカの内装に、伝統的な和食で長年修行していた料理人を揃えた。サービスも徹底的な訓練を繰り返した結果、1年目にして香港のミシュランガイドブックに掲載された。
 
香港で働き始めると、現地のスタッフたちはランチの後、仮眠をとることに気づく。料理人、サービススタッフ、また事務スタッフまでもだ。耳栓をしたり、イヤホンをしたり、タオルケットを頭から被ったりとスタイルはそれぞれだ。
 
「疲れがたまっているのかな」はじめは、その程度の認識であった。しかし、香港人のスタッフたちは口々に、「仮眠、とったほうがいいですよ」という。その言葉の中には、「何で寝ないんですか?」というニュアンスも含まれていた。
 
日本では典型的なサラリーマンだった私には、「職場で寝る」という経験は徹夜でしかなかった。日中に職場で昼寝をする行為は不謹慎とさえ思っていた私だ。しかし、スタッフたちの気持ちの良い寝顔を見ていると、私もふと眠気がよぎり、物は試しと、10分程度の睡眠を自分のデスクでとってみた。
 
たった10分。
されど10分。
 
たった10分なのに、頭の底にこびりついていた、眠気が、洗い流されている。
たった10分なのに、体の隅々にこびりついていた、だるさが、洗い流されている。
 
日中、「無自覚なままに」これほど疲れていたとは……。
 
10分の昼寝体験は、目を閉じると、一気に睡眠の最深部まで到達し、そこからゆっくりゆっくり体を癒しながら、心を癒しながら浮上してくるという感覚であった。
 
香港人のスタッフたちは最高のサービスを顧客に提供し続けるために、昼寝を私に勧めていたのか……。今までに感じたことのないクリアな頭で、その余韻を味わっていると、香港の同僚たちはアイコンタクトで「ね?」と合図を送り、にっこり笑った。
 
脳科学的にも午後の昼寝は2~3時間の睡眠に匹敵するともいわれ、グーグルやアップルでも昼寝をPower Napと名付け、企業でも積極的に導入している。それ以来私は、10分間の昼寝を習慣とし、午後の眠気や集中力低下とは無縁の生活を送ることができている。
 
ビジネスパーソンにとって10分の昼寝習慣は、
ランナーにとっての折り返し地点にある給水ポイントだと思う。
 
社員は与えられたポジションで、それぞれのゴールに向かって走っていく。
その過程で、体力も使うし、集中力もフルに使う。
 
ただ、人間はロボットではない。
当然、その過程で、体力も集中力も低下する。
 
くたびれたランナーたちが、給水ポイントの、たった一杯の水で、精気を取り戻すように、午後の眠気と戦うビジネスパーソン達が10分の昼寝で心身をリセットしたほうが、よほど質の高い仕事ができる。
 
会議が終わり、工場長に、「10分の昼寝習慣、後押ししてくださり、ありがとうございます。他にも色々ご提案させて頂きましたけど、なぜ、昼寝に賛同してくださったんですか?」とたずねると、
 
「どの部署も大変です。ただ、私たち研究や製造に関わる社員は特に、集中力を切らすことができません。しかし、溜まった疲れをエナジードリンクで乗り切るのは誤魔化しでしかありません。皆、志をもってこの職を選びました。しかし、神経をすり減らし社員が疲弊するのは、間違っています。たった10分ですが、心身をリカバリーするのと同時に、一人でも多くの社員が長く働ける職場になればと思って」
 
「実は、10分間の昼寝にも質の良い昼寝をするためのコツがあるんです。次回は、社員の皆さまに研修でご紹介させて頂きます」 私は工場長と握手をして分かれた。
 
まさに身を粉にして働いてきた世代には、職場での健康マネジメントの導入は大きな転換だ。 会社でここまで面倒みる必要があるのか?という葛藤もあるだろう。しかし、工場長は、その先陣を切った。180度の価値観の転換へ自ら舵を切った、こんな上司がまさに、日本の新たな時代をけん引して行くのだと、強く思うのだ。
 
 
 
 
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2019-09-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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