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秋が夏を追い越していく


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:オノミチコ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「もうすぐ夏も終わっちゃうね」
 
ずっと暑さと人混みから逃げてばかりいたくせに、いざ季節が変わる気配を感じると、惜しいような、さみしいような気持ちになる。急に夏が恋しくなって、その名残を追いかけるように、夏の終わりにプールに行った。
 
その日は数日ぶりの真夏日で、立っているだけで汗がにじんだ。
陽射しは強かったが、少し前までのような攻撃的な強さではなく、どこか丸みを帯びて、うっすらとオレンジ色が溶け込んでいた。
 
青空を映したような真っ青なプールは、夏のイメージそのものだった。
太陽の下に突然さらけ出された手足はどこかぎこちなかったが、おそるおそる足を浸してから、ざぶんと水に飛び込んだ。火照った肌に青い夏が心地よくからみついた。
鼻の奥にツンと届く塩素のにおいは遠い記憶を呼び覚まし、子どもたちのはしゃぐ声は私を童心に帰らせた。水面がまぶしく揺れ、水の抵抗を全身に受けながら、無心に水の中を歩き、泳ぎ、私は過ぎ去ろうとする夏と戯れた。
 
気がつくと、陽が傾こうとしていた。そういえば、肩がさっきよりも少し冷たい。
プールサイドに手をついて、勢いをつけてからだを引き上げた、その瞬間。
 
風が吹いた。
秋が夏を追い越した。
 
日本には四季があるというけれど、それぞれの季節にはっきりとした境目があるわけではない。空の色や風のにおいが少しずつ変わって、そろそろかな、と思っているうちにいつのまにか次の季節に移っている。
 
でも実際は、追い越し追い越され、それを何度も繰り返して、次の季節に移っていくのではないだろうか。
運動会のクラス対抗リレーのように。
 
後ろから隣のクラスの子が迫ってくる。その子はとても足が速くて、抜かされることはわかっている。でも、抜かされたくない。
少しずつ近づいてくる足音を聞き、息づかいを背中に感じ、後ろを振り返りたい気持ちに負けそうになったころ、スッと抜かされる。悔しくて、その後姿を追いかけて、追いついて、追い抜いて、そしてまた追いつかれて、追い抜かされて。
季節の変わり目は、そんな激戦のリレーに似ている。
 
特に夏から秋への移ろいは、圧倒的に強い「夏」に対抗するため、「秋」に台風が加勢する。あちこちから応援にかけつけては、少しずつ夏を弱らせていく。台風が過ぎると暑さが戻るが、またすぐに秋に追い抜かれてしまう。一進一退を繰り返し、いつのまにか季節は秋になっている。
そんな攻防戦を緊張感とともに感じられることこそ、四季のある日本ならではのことなのかもしれない。
 
季節を感じる、とか、季節を取り入れる、とか、ある一つの季節に注目することはよくあるけれど、私たちは季節の移ろいそのものに注目することはあまりない。むしろ、季節の変わり目は体調を崩しやすいとか、気候が変わりやすいとか、どちらかというと「変わり目」をあまり好ましく思わないことが多い。
けれど、その移ろいにこそ、美しさや味わいがあるのではないだろうか。
 
ある日、満員電車に揺られながら、私はいつものようにスマートフォンを見つめていた。ふと目を上げると、窓の向こうに数えきれないほどの色が混ざり合った空が広がっていた。流れていく景色に負けないくらいのスピードで、何色ともいいがたいグラデーションが刻々と複雑に変化した。目を離すことができなかった。
 
昼が夜に塗り替わっていく様子は、美しく神秘的だった。
手のひらに収まる小さな世界を眺めてばかりいたことを後悔した。
そのときにしか見られない景色を見ていなかったことを悔しく思い、そんな景色があることを忘れていた自分を情けなく思った。
目の前のことを見ているようで、何も見えていなかった。
 
ドアの近くに立っている高校生も、その隣にいるビジネスマンも、いつもの私と同じように、手のひらに自分だけの小さな世界を握りしめていた。誰も窓の外など見ていなかった。この大スペクタクルに多くの人が気づいていないのだ。
なんともったいないことか。
 
季節の移ろいも、夕闇が迫る空の七変化も、一瞬もとどまることがない。
儚さゆえの美しさがそこにはある。
 
夏が秋に追い越されたと感じたあの日。
オレンジ色が濃くなったプールサイドで足をばたつかせると、水しぶきがキラキラと散った。まるで夏が見せる最後のきらめきのようで、私は何度も水面を蹴った。
 
 
 
 
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2019-09-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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