ペグマンを置き直してみれば
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記事:つちやなおこ(ライティング・ゼミ日曜コース)
ネガテイブな考えにとらわれてしまう時がある。
「でも、それは思い込みかもしれない」
視点を変えれば、世界の見え方が一変することもある。
「無理よ、そんなの危ないわ」
母が私に一番よく言っていた言葉だ。
私は体が弱い子で、1ヶ月に1度は熱で病院に通っていたらしい。確かに小学校時代はよく保健室のお世話になっていたし、中学時代は半年の入院もした。病院に通うことが日常だったので、心配でしょうがないんだなくらいに思っていた。大事にされているという優越感ももっていたように思う。
それが反抗期を迎えた頃には、この言葉は、優越感どころか、うっとうしくてしょうがないものになった。なにかまとわりつくようで、とにかく放っておいてほしかった。言われるとイライラしていた。そして、その言葉は、成人し、結婚してからもずっと私にまとわりついていた。この言葉を聞きたくなくて、母に相談をしなくなったし、なんとなく疎遠にしていた。
この言葉を聞くと、何かしようする気持ちが、しゅーっと萎んでいくのだ。常に私にブレーキをかけさせる「呪い」の言葉だと思うようになった。ああ、もしかして、母は今流行りの「毒親」なんじゃないかと思い、本を読み漁って、どんどん深みにはまっていってしまった。
「毒親」という言葉は、1989年にスーザン・フォワードによって作られた、比較的新しい言葉だ。「子どもの人生を支配し、子どもに害悪を及ぼす親」と定義されている。この言葉が日本に紹介され始めた頃は、毒親のいろんな症例が書かれた本ばかりで、ああ、ここが似ていると確認作業ばかりしていた。その後ブームがきて、たくさん関連本が出版されたのだが、ここへきて、本の論調が少し変わってきていた。「毒親」育ちの子はこれからどうしたらいいかが書かれる本が増えてきたのだ。それらの本には決まって、娘を苦しめている言葉をたいていの母親は覚えていないと書いてあった。衝撃だった。それを読んで、私はある意味ふっきれたのだろう。悩んでいるのがばからしくなった。
すぐに私がしたことは、車で高速道路を走ることだ。20歳で免許をとってから、家の車で出かけようとするたびに、この言葉を聞かされた。私は不安にとらわれてずっと高速に乗れなかったのだ。まずはこれだと、子供を乗せて自分で高速にのってみた。当たり前のことだけれど、信号も側を走る自転車もいない道路は、一般道よりずっと運転しやすい。すいすい進み、目的地に到着したときはうれしくて、やった! と子供とハイタッチしていた。
同じようにひとつひとつ、ブレーキをかけていたことに挑戦してみた。爽快だった。
なぜこんな小さなことを怖がっていたのだろうとすら思うようになった。
呪いは溶けた!そう思っていた。
なのに。
呪いの言葉だと思っていた冒頭の言葉を、なんと自分の子に言ってしまうのだ。ああ、と自己嫌悪に陥る。まさに呪われている!
でもいざ自分で言ってみてわかったこともある。
もしかして、これって本当にただ気をつけてねという意味だったんじゃない?
現に、同じ言葉をかけられていた弟は気にすることなく車を乗り回し、早々に自立して実家を出ていった。自分で言ってみても、たいして意味なんてこめてない。(まあ、普通に気をつけてねでいいとは思うけれど)母はちょっと心配性すぎたんだな。少し視点を変えると、勝手に独り相撲していたのだとわかり、またもや呪いがしゅるしゅると溶けていった。
人はものごとを自分のいいように解釈してしまう。そして、そう思い込んでとらわれてしまうことも多い。でも、深みにはまってしまっていると思ったときは、一度、待てよと周りを見回してみよう。迷いこんだ地図の立ち位置をずらしてみる。それはまるで、Googleマップで地図上にドラッグされたペグマンのように。最初の立ち位置から通り1つずれるだけで見える風景が違ってくる。迷ったら、一度、俯瞰してひとつ横の道にペグマンをおいてみる。そんなイメージを持てば、案外、明るい道は開けるかもしれない。
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