片付け祭り、私の場合《週刊READING LIFE Vol.244》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2023/12/18/公開
記事:うえひらまさ代(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「おめでとうございます、卒業です!」
とても小柄で美しく澄んだ声の持ち主こんまりさんは、フローロングの床に正座する私に、にっこりとほほ笑んでそう言った。
実は私は汚部屋出身者である。
もともとは、きれい好きだった。
学生時代に初めて一人暮らしをした、関東近郊の1Kのアパートは、すごくコンパクトな作りだったけど、いつ誰が来てもほめられるきれいさだった。
社会人生活にも慣れたころ、ふと思う。
通勤にかなりの時間と結構な体力が割かれるのがもったいない。
毎日痴漢に遭うのも、もううんざり。
こないだ大雪のとき、タクシーが全然来なくて凍死しそうだった。
そうだ、都内へ引っ越そう。
そして出会った、東京タワーが見える1LDKのマンション。
当然家賃は高かった。
内見の時に分かってはいたけど、実は予算オーバーの物件だった。
私は都内に引っ越すのと同時に、もっと給料のいい営業職に転職することにした。
今から考えると、これが汚部屋への分岐点だったのだけれど。
仕事は忙しかったけど楽しかったし、上司や取引先にほめられることにやりがいを感じてもいた。
何年も、毎日終電の生活が続いた。
せっかくの東京タワーの夜景も、全く見られない。
週末も、会社のイベントや取引先との付き合いがあって、完全な休日がほとんどなくなっていた。
気が付くと、私はとても疲弊していた。
私は、休みがあると買い物に出かけるようになった。
銀座や表参道、新宿などにふらりと出かけて、気になるものを片っ端から買い漁った。
そう、私は買い物依存症になっていたのだ。
両手いっぱいに買い物した紙袋を提げて帰ってきてマンションに帰ってくる。
紙袋は未開封のまま玄関に放置され、次の週末、私はまたどこかに出かけてたくさん買い物をする。
新しい紙袋は、前の週に買った紙袋の上に積み上げられる。
いつしか私の1LDKの部屋は、足の踏み場もない状態になってしまった。
ごくわずかに床が見えている廊下は、もはやけもの道だ。
こんなにたくさんの服があるのに、私は毎朝、着る服がないとイラついていた。
探し物に時間がかかりすぎる。
前に住んでいたところより広い部屋に引っ越してきたのに、全然くつろげない。
そんな時、急に引っ越しが決まった。
縁あって、近所に2Kの中古マンションを購入することになったのだ。
夢にまで見た自分のマンション。
「よし! 次のマンションでは絶対にすっきり片付いた部屋で暮らす!」
そう思ったのに、またもや仕事に阻まれる。
引越し当日までに片付けが全くできず、いるいらないに関わらず、一切合切を新居に運び込むはめになってしまったのだ。
結構なお金をかけてフルリフォームした夢の城は、場所が変わっただけで、またしてもモノだらけの住まいになってしまった。
これじゃいかんと掃除道具を揃えてみたり、収納家具を買ってその辺のモノを詰め込んだりしてみたが、全然片付かない。
私は絶望しかけたが、ふと立ち寄った本屋の店頭で、こんまりさんこと近藤麻理恵さんの最初の著書「人生がときめく片付けの魔法」に出会った。
こんまりさんは、当時は個人で片付けコンサルタントをされていて、すでに「予約の取れない」という肩書が付いていた。
今では世界的に有名になったのでご存知の方も多いと思うけど、こんまりさんの片付けメソッドは、自分がときめくかどうかで持ち物を選別する方法だ。
片付けはマインドが一番大切で、正しい順序で片付ける、となっている。
具体的にはこんな感じだ。
まず、きれいになった部屋での理想の生活を具体的にイメージする。
例えば私の場合だと、きれいになった部屋、お気に入りの和モダンの家具に囲まれ、休日の昼間、キラキラした水滴をまとった観葉植物を眺めながら、心落ち着く音楽を聴き、薫り高いアールグレイの紅茶をすてきなカップで飲み、隣でお腹を見せて寝そべる犬をなでなでして、心地良い時間を過ごす、というような具合。
部屋のインテリアや小物なども、雑誌などから好みの画像をピックアップしてスクラップブックを作ってさらに妄想を広げる。
そして覚悟を決める。
片付けを最後までやり遂げて、理想の生活を送る!
ここまでがマインドの部分。
実際の片付けの作業は衣類から始める。
衣類→本→書類→小物→思い出品と、順に難易度が高くなる。
衣類の片付けに頭を悩ませる人が多く、一番とっかかりやすいので衣類が最初。
衣類の片付けを終えた頃には、かなりの精度で自分の基準が定まり、選定にブレがなくなっていて、モノを選ぶ速度も格段に上がっている。
また、自分の適正量が体感で分かってくるので、リバウンドもしないというわけだ。
「片付け」というと、とかく「捨てるもの」に意識がフォーカスしがちになるから、もったいない、とか、まだ使える、とか考えてしまいがちなんだけど、こんまりメソッドでは、理想の生活を送るために必要なモノを残す作業を「片付け」と定義している。
モノを手放すときには「ありがとう」と感謝を伝える。
そして彼女は片付けのことを「片付け祭り」と呼び、「一気に、短期に、完璧に終わらせる」ことを推奨している。
それは、ときめきと適正量が体感として身に付き、リバウンドを防ぐ最短の方法に他ならない。
私はこんまりさんのこの本に書かれていた「このメソッドで片付けを卒業したら一生リバウンドしない」という言葉に強く惹かれた。
しかも一生に一度でいいらしい。
一生に一度で良くて、リバウンドしないならやらない選択肢はない。
ついに私は片付けをすることを決意した。
まずは家じゅうの衣類を一ヶ所に集めて、ときめく、ときめかないで選別していく作業を開始する。
ところがだ。
ここからがなかなかの試練の道だった。
何度も本を読み返してから「祭り」を始めたのにも関わらず、途中で何度も挫折した。
当時は今ほど片付けについて発信している人もいなかったし、分からないところを聞ける人も身近にいなかった。
片付け関連のコミュニティもなかった。
私の場合、とっかかりやすいはずの衣類が明らかに大量すぎた。
天井近くまで積まれた服、春夏物と秋冬物を分けただけなのに、足の踏み場もない。
貴重な週末があっという間に過ぎ去り、服の山に囲まれたまま、心身ともに疲れ切った状態でまた1週間が始まる。
全然、短期なんかじゃ終わらなかった。
私は、片付けを始めたことを後悔し始めた。
片付け前の方がまだマシだった。
終わりが見えなさ過ぎてつらい……
でも、今この状態で片付けをやめたら一生汚部屋住まいだ。
それだけは嫌だ!
そんな、意地のような、決意のような、矜持のような。
その想いだけで毎週末や年末年始、有給休暇を使ってこつこつ作業し、時にはがっくりと力尽きて半年くらい中断したりしながら、2年ほどかけて、ようやく「祭り」を終えることができた。
片付け祭りの最中は、できるだけモノを増やさないようにした。
片付けようと思って買い足した収納家具は結局全部いらなくて、もともと持っていたアジアンテイストの飾りダンスと、備え付けのクローゼットにすべてきれいに収まったのは驚きだった。
モノが少なくなったので、やけに音が響く。
掃除の時間も短縮できて、家じゅうピカピカ。
日々の服選びも迷わず、探しものする無駄な時間もなくストレスフリーだ。
理想の生活に、かなり近づくことができた。
当時こんまりさんは、それまで自分ひとりでやっていた個人宅の片付けレッスンをセーブしてセミナー中心の活動にシフトし始めていた。
著書が売れて有名になり、メディアにも出るようになってレッスン希望者が殺到し、自分一人では到底対応しきれなくなったため、セミナーでよりたくさんの人に自身のメソッドを伝えようとしていたためだ。
そんな状況だったから、まさかこんまりさんに家に来てもらえるとは思ってもいなくて、でも淡い期待を抱きつつ、セミナー開始初期の頃から足を運んでいた私。
すると何度目かのセミナーで「こんまりさん本人が片付けレッスンをしてくれる、ただし卒業が前提で一度限り」という条件付きレッスンの提示があり、すぐさまこれに申し込む。
そして晴れて卒業のお墨付きを直々にもらうことができたのだ。
実際に自分で片付け祭りをしてみて感じたこともいろいろあった。
私が読んだこんまりさんの一番初めの著書は2010年発売で、メソッド自体が近著と大きく変わるところはないけれど、こんまりさんが独身時代に書いたものということもあって、今から思えば片付け祭りの方法はなかなかストイックだ。
「一気に、短期に、完璧に終わらせる」ができたらそれは理想だけど、フルタイムで働いていたり、子育てに時間を取られたりする中では、まとまった片付けの時間を取るのは結構難しい。
私もこれでつまづきそうになったし……。
なので、片付けにどのくらい時間を割けるかは人にもよると思うけど、片付け中はどうしても散らかりがちになってしまうから、そこにばかり目を向けてイライラしないよう、でもゆるやかにでも片付けを終える期限を自分の中で決めて進めたらいいと思う。
それから、片付けはマインド、とこんまりさんが言うように、マインドなくして片付けは終わらないと感じたできごとがある。
晴れて片付けを卒業した私は、何人かの友人に片付けを手伝ってほしいと頼まれた。
卒業で浮かれていた私は、そのうちの一人の、かなり面倒な人の片付けに関わることになる。
その彼女は、片付けに対して覚悟もなければ理想もないことが早い段階で分かったので、即お断りさせていただいた。
なのに、どうしてもと言うので「お手伝いは3回まで」という約束で自宅に伺う。
まずは衣類の片付けから始めたが、全然進まない。
穴が開いたTシャツを前に「ときめきます」と言うのだ。
いや、全然いいよ。
服としては着られないけど、思い出が詰まってるとか、あるもんね。
そういう場合は堂々と残してOK。
でも彼女は、落ちそうもない汚れが付いたスカートや、大きくほつれたセーターも「ときめきます」と言って手放さない。
「持ち物には適正量があって、明らかにオーバーしてるので、理想の生活に必要ないものはどんどん手放さないと片付け終わりませんよ」と言っても手放さない。
挙句の果てに、まだ全然片付いていないのに、2人掛けのソファと、オットマンと、天井まである本棚を買い足すと言う。
いったん引き受けた手前、どうにか3回まで頑張ったが心が折れた。
この場合、私のやり方もまずかったところがあった。
絶対条件として最初に理想の生活を考えてもらって、できないなら毅然と断るべきだった。
またはある程度自分で片付けを進めてもらって、分からないところや迷うところが出てきてから携わったら良かったと思う。
これは私の苦い経験だ。
そんな私は、これまで片付け祭りを何度かやっている。
「人生で一度きりでいいはずでは?」と思うだろう。
でも、ライフステージが変われば必要なモノとそうじゃないモノも変わってくる。
私の場合は、コロナを挟んで働き方も大きく変わったし、好みや体型も変化した。
ネットで安易にポチっとしたら、思ってたのと全然違って未使用のまましまってあったとか、昔はよく使ってたけど、そういえば最近は全然使ってない、もうなくてもいいかな、とかいうモノって、きちんと目を向けると意外にたくさんある。
そんな私の祭りの合図は、クローゼットがモヤっとしてるように感じた時だ。
もうそろそろな気がする。
□ライターズプロフィール
うえひらまさ代(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
東京都在住、自営業
テンポの良い文章を書けるよう奮闘中。
ゆくゆくは、クスッと笑えてちょっと泣けるノンフィクションを、取材を通して書きたいです。
(そして賞を取りたいです。)
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