週刊READING LIFE vol.244

やる気を持って協力し合えるチームはこうしてできあがってきた《週刊READING LIFE Vol.244》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/12/18/公開
記事:深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
「働き方改革」とか「働きがいのある職場」といった言葉が、あちらこちらで聞かれるようになって久しい。10年、20年前と比べれば、制度も整ってきた。でも、難題に立ち向かっている最中の現場では、長時間労働せざるを得ない状況もあるし、何か問題が起きればトカゲの尻尾切りのようなことも起きる。最前線にいる現場からすれば、「働き方改革」や「働きがい」なんて、制度だけできれば実現するような、そんな簡単なことじゃない。
 
大手のIT関連企業で部長を務めた五十嵐さんは、10年前、問題が山積するプロジェクトの立て直しを任された。納期も予算も大幅にオーバーして赤字は数十億にまで膨らみ、客先からの信用も失墜していたという。そんな中、あるトラブルをきっかけに、五十嵐さんはリーダーとしての在り方を見直す経験をした。その後、わずか半年で黒字に転換、システムの不具合件数ゼロを達成するという成果を出した。口を開けばダメ出しばかりだった客先からも、「五十嵐さんの会社を見習うように」と他の会社に紹介されるほどになった。
 
成功した要因は、メンバーが主体的に動くチームに変わったからだという。その秘訣は何か。五十嵐さんに話を聞いた。
 
 
1.ようやく終わるはずのプロジェクトが人的ミスで振り出しに
 
今日何もなければ、客先での常駐業務をようやく終えることができるというその日に、事件が起きてしまったのです。私たちのグループ会社の主任Aさんの作業ミスでした。本来、触ってはいけないところを触り、客先に導入したシステムを停止させてしまったのです。
 
金融機関のシステム障害で、多くの人たちが影響を受けたニュースを見たことがありませんか。IT化が進んでいる現代は、短時間のシステム障害でも、ユーザーに大きな影響を与えてしまいます。だから、私たちもシステムを停止させないよう、非常に気を使って仕事をしていました。
 
Aさんの作業ミスによるシステム停止は、1時間半ほどで復旧しました。しかし、お客様は本来決まった時間に出すべきデータを出すことができず、私たちは多大な迷惑をかけてしまったのです。当然お客様はカンカンです。普通はこんなことが起きたら、すぐに客先に謝罪するとともに、ミスを起こした担当者に対しては、二度と客先で仕事をさせないようにします。いわゆる「出入り禁止」です。当然お客様からも「その担当者はプロジェクトから外してくれ」と要求されます。でも私は、「いつも頑張っていた人を、クビにして済む話ではない」と心に決めていました。それに、私にはひとつ、悔やんでいることがありました。その日の朝に限って、私は毎朝Aさんにかけていた電話をしていなかったのです。
 
客先に導入したシステムは毎朝4時に稼働するため、Aさんは毎日3時半頃には出社し、サーバーが並ぶうすら寒いデータセンターに、たったひとりで常駐していました。Aさんのことを思うと、私は放ってはおけず、自分も3時半にはプロジェクトルームに出社していました。プロジェクトルームとデータセンターは別の場所にあったので、私は出社するとAさんに電話をかけ、「おはよう。元気?」「そっちはどう?」など、他愛もない話をしていました。「君はひとりじゃないよ」という気持ちを、行為で示したかったからです。
 
そんな私の「モーニングコール」に対して、周りの人たちは「本社の部長から電話がかかってくるなんて、Aさんにとっては、かえってプレッシャーになっているんじゃないの?」と心配していました。Aさんはもともと口数の少ない人で、毎朝の電話でも会話が弾むという感じではありませんでした。
 
「そうか、Aさんは俺からの電話を迷惑がっているのかもしれない」
 
ふとそんな気持ちになり、その日の朝に限って、電話をしなかったのです。
 
「朝、電話をしていれば、今日のトラブルは防げたのではないか」
そんなことを考えながら、私はシステム停止に至った原因など、事の顛末を報告するため、役員室に向かいました。
 
私は、役員から激しい怒号を浴びる覚悟をしていました。でも、私が報告を終えると、役員はこう言ったのです。
「君は担当者の立場になって考えたか? 現場の声をちゃんと聞いているか? 皆寝ずに頑張っているのだろう。ミスを犯そうと思って犯す人はいないよ」
 
意外な言葉に驚きました。こんな大問題を起こしたのに、声を荒げて叱責するのではなく、現場の苦労を思い浮かべて、ミスを犯したメンバーにも寄り添ってくれる。目頭が熱くなりました。この役員のように、私もメンバーの立場に寄り添って頑張らなければと思いました。ただ、「もっと現場の声を聞けと言われたが、もうすでに俺はやっている。これ以上何が変わるのか」と半信半疑でした。
 
2.職場にたまっていた「小さな不満」
 
私がこのプロジェクトに関わるようになったときには、既に多くの問題が山積みの状態でした。客先にあるプロジェクトルームに行くと、部屋には溢れるほどの人が詰め込まれていました。50歳前後の社員たちが中心で、部屋に入るとムッとするような、「おじさん臭」が漂う職場でした。何かあると、夜中でも休日でも上司から電話がかかってきます。24時間365日ずっと気を抜けない状態で、皆疲れた表情をしていました。
 
私たち管理職もプロジェクトルームに張り付きました。夜は18時から23時過ぎまでお客様と打合せです。打合せでは「明日朝9時までに回答を」と宿題が出るので、徹夜で作業するわけです。翌朝9時にお客様のところへ回答を持っていくと、「これではダメだ」と言われ、夜まで対応のための会議。24時間ずっと会議をしているような状態で、「これでは現場の管理ができない」と思いました。
 
それで、私はお客様に話をして、会議の頻度を見直しました。また、その場で意思決定できる人に会議に参加してもらうなど、会議の効率を上げ、空いた時間を現場の管理に充ててきたのです。
 
そうした改善を進めることで、私がプロジェクトに参加したときには600名いたメンバーも、もともと想定していた人数に近い120名ほどにまで減らすことができました。プロジェクト自体も上手く回り始め、ようやくひと区切りつけることができるというときに起きたシステム停止というトラブル。
 
「俺はこんなにメンバーの話を聞いているのに、今さら何が変わるのか」
 
そう思いましたが、現場を思いやり、ミスを犯したメンバーにも寄り添ってくれた役員の言うことなら、素直にやってみようと思いました。それに、「自分はメンバーの話を聞いているつもりだったのかもしれない」と感じたからです。
 
私は今までも、自分からメンバーに声をかけて話すようにしていました。メンバーの席に行って声をかけたり、すれ違ったときにちょっと立ち話をしたり。でも、それは「話を聞いている」になっていたのだろうか。「メンバーの立場になって考える」になっていたのだろうか。改めて考えてみると、「YES」と自信を持って言い切れない自分がいました。
 
そこで、私は時間をつくり、メンバーが話しやすい雰囲気になるよう、お茶と飴も用意して、会議室にメンバーを集めました。
 
「こんなことになってしまったけれど、俺たちはこんなはずじゃない。もっと力があるはずだ。俺もやり方を変える。俺からのトップダウンの意見だけでなく、皆からも意見を聞かせてほしい。こうしてほしいということがあったら、何でも言ってほしい」
 
私はメンバーの前でそう言いました。すると、出てきたのは思ってもみなかった「小さな不満」でした。
 
たとえば、20代前半の女性社員から「コート掛けがあればいいなって思います。今はイスの背もたれにかけているけれど、裾が床についてしまったり、コートが床に落ちてしまったりするんです。奮発して買った白いコートが汚れてしまって……」という声が出ました。プロジェクトルームには、仕事に必要な最低限の備品しか揃っていなかったのです。
 
「なんだ、そんなこと?」と思いましたね。「そんなこと、言ってくれたらいいのに、言ってくれないんだ」と、そのとき初めて気づきました。「どう?」と立ち話的に話をしていたときには出てこなかったメンバーの声。立ち話で話を聞くのと、「皆の話をちゃんと聞きますよ」という時間と場をつくって聞くのでは、まったく違うということに気づきました。
 
私は女性社員の声を受けて、書類が入っていたロッカーを整理し、衣服用のロッカーとして使ってもらうようにしました。それだけなのに、女性社員は「私の希望を聞いてくれた」とものすごく喜んでくれたのです。できること、できないことがありましたが、お茶と飴を用意してざっくばらんに話をする時間をつくり、「業務に支障が出るわけではないから我慢している」という小さな不満を解消していくうちに、ギスギスした雰囲気は薄れていきました。
 
3.「YES & More」で現場に元気と自信を取り戻す
 
職場の改善は、最初は私が主体となって進めていましたが、メンバー自らが改善を進めていくことも大事です。ただし、その活動で目指すゴールは「今期の目標を達成する」とか「経費を前期比10%削減する」といったものではなく、自分たちの「ありたい姿」にしたいと考えました。今大事なのは、どんな成果を上げるかというよりも、どんな職場にしていきたいのかだと思ったからです。
 
そこで、私は「現場に元気と自信を取り戻す!」をスローガンに掲げました。そして、6~8人のチームを編成し、改善活動を進めていくことにしたのです。全部で12チームほどありました。各チームが自分たちの解決したい課題を設定し、改善を進めていきます。
 
「週に一度は定時で帰ろう」「プロジェクトの資料の保管場所が一目でわかるようにしよう」など、様々なテーマが出ました。今までのような「~して欲しい」という要望ではなく、「~しよう」というように、メンバーが自分事として課題に向き合う姿勢になったことが嬉しかったですね。
 
週に1、2度、活動の進捗を確認し、私からもフィードバックをするようにしました。ここで心がけていたのは、ダメ出しをしないことです。メンバーからの提案は、一旦「YES」と受け止めます。そのうえで、「もう少しここまでやってみたら?」とこちらからも提案をしました。私はこの「YES & More」の姿勢でメンバーに向き合いました。
 
この活動をやってよかったのは、普段は「水と油」のような関係のチーム同士が、お互いに理解し合えるようになったことです。利害が対立する部署ってあるじゃないですか。たとえば、営業部門と製造部門のように、「営業が急な注文を受けてきたせいで、自分たちは休日返上で生産しなければならなくなった」みたいなことって、組織にいればありますよね。
 
私たちのプロジェクトでも似たようなことがあるんです。でも、互いのチームの課題を知ることで、「そんな悩みがあったんだ」と理解し合えるようになったのは、思わぬ成果でした。最終的には、お客様も巻き込んで、プロジェクトに関わる人が皆、同じゴールに向かって進む現場に変化していきました。昔はお客様から怒られてばかりだった私たちも、お客様から他の取引先に手本として紹介されるまでになりました。
 
厳しい現場でしたが、リーダーとしてどうあるべきかを教えてくれた現場でした。システム停止というトラブルが起きなければ、私は本当の意味でメンバーの声を聞くことはなかったかもしれません。モーニングコールをしていたときのように、「たぶんこうだろう」と自分の頭だけで考えて、メンバーの気持ちに寄り添っているつもりで終わっていただろうと思います。自分から見える景色ではなく、メンバーが見ている景色を自分も一緒に見る。メンバーが主体的に動くチームづくりは、そこからがスタートですね。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)

愛知県出身。
国内及び海外電機メーカーで20年以上、技術者として勤務。2020年に独立後は、「専門的な内容を分かりやすく伝える」をモットーに、取材や執筆活動を行っている。現在WEB READING LIFEで「環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅」を連載中。天狼院メディアグランプリ42nd Season、44th Season、49th Season総合優勝。

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2023-12-13 | Posted in 週刊READING LIFE vol.244

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