週刊READING LIFE vol.245

今度と次は、二度と来ないかも知れない《週刊READING LIFE Vol.245 あの日、涙を流した理由》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/12/25/公開
記事:山田THX将治(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
歳のせいか、ここ数年は年賀状の数が減っている。
届く方ではない。送る方の数が。
 
これは、親世代の寿命が尽きる年代に為ったことの証明だ。その証拠に、11月中旬を過ぎ、そろそろ年賀状の話題や広告を目にする時期と為ると、必ず数枚の喪中はがきが郵便物の間に現れてくる。
 
それが歳を重ねると共に、年々増えてくるのだ。
 
 
喪中はがきも、親や親戚の不幸の場合は未だ納得出来るし、理解もする。
しかし、友人の訃報ともなると、どこか理不尽な気持ちに為って仕舞う。
それが特に親しかった友人だったりすると、余計に、
 
『私だけ、このまま生き続けていいのだろうか』
 
と、考えてしまう。
それは同時に、
 
『奴は、もっと生きていたかっただろうなぁ』
 
とか、
 
『あいつは、どう為りたかったのだろう』
 
と、勝手な想像が頭を巡ってしまうのだ。
 
何れにしても、自分の無念さを亡くなった友人の人生に投影しているに過ぎないのだが。
 
ただ、友人の訃報を受け取る度に、
 
『あんな事を話しかった』
 
とか、
 
『こんな感想を共有したかった』
 
とか、思いが募るばかりだ。
 
 
一通り、訃報が届き終えたかなと思えた11月が過ぎ、12月も一週間程たった先日のこと、名も知らぬ女性から薄い黒縁の葉書が届いた。
宛名に在る御名前は存じなかったが、文面に記された名前は、私の友人のものだった。喪中葉書には手書きで、
 
『私の弟S.K.が、心筋梗塞により本年5月に急逝いました。山田様には、生前一角ならぬ御世話に為り……』
 
と、詳しい死因と私に対する礼が、達筆な文字で綴られていた。
 
私はショックで、思わず声を上げてしまった。
 
 
Kと私は、40年以上前、今でも続く映画解説者・淀川長治先生創設のサークルで出逢った。Kは、私より一学年下だ。
Kの性格は私とは、反対という程ではないが、程良く嗜好が違っていた。
 
二人には、映画以外で共通の話題が有った。
それは、ボクシングだった。
勿論、ボクシングを題材とした映画が有る。特に『ロッキー』や『レイジング・ブル』といった作品は、アカデミー賞を受賞した歴史に残る名作だ。
しかし、Kと私が共有したのは、ボクシングの試合そのものだった。
Kの視野は独特で、長年ボクシングを観続けていた私にも、気付かぬ点が多かった。ボクシングの感想を述べ合う内に、私にとってKは、信頼の置ける人物と昇格した。
 
話をしている内、Kは元々、ボクサー志望だったと、私は知るのだった。残念なことに、Kの出身地北海道には、プロボクサーを目指せる様なジムが無く、止む無く一般的進路を選び、大学進学を機に上京したことも知った。
私と知り合った頃、既にKは20代後半だった。当時の規定では、プロボクサーの試験には間に合う年齢ではなかった。
 
 
暫くするとKは、自宅近くの名門ボクシングジムに通い始めた。昨今流行りの、美容や健康の為にボクシングジム通いする時代では未だなかったのに。
Kに心境を聞いたところ、
 
「少しでも、憧れの世界に近付こうと思ってね」
 
更に、
 
「そうしないと、忘れ物を探せないのさ」
 
と、少々気障なことまで言っていた。
 
その後、私とKが逢う機会はめっきり少なくなった。
それでも、注目の試合(ボクシング)が有った際は、必ずと言っていい程、Kは私の電話(当時は固定)を鳴らした。
ボクシング映画が上映された時も同じだった。
そんな時のKと私は、以前と同じ様に長時間語り合った。
 
そうこうする内、Kから突然の呼び出しが掛かった。
何ことかと思いながら出掛けると、待ち合わせ場所には思いつめたような表情のKが既に待っていた。
私の顔を見るなり、
 
「会社を辞めることにしたんだ」
 
と、驚きの発表が飛び出した。
Kは、大学を卒業後、上場企業でシステムエンジニアの職にあった。
現代の若者の様に、簡単に転職する度胸を、我々世代は持ち合わせていないのに。
 
「それで、どうするの?」
 
と、当然な私の問いに、Kは、
 
「トレーナー(ボクシング)を目指そうと思うんだ」
 
と、いかにもな返答をして来た。
何でも、プロのボクサーに為ることは出来なかったが、プロを育てるトレーなら、今からでも為ることが出来ると言うのだ。
その時既に、30代半ばだった。
 
余り常識的ではないKの発言に、私は当たり前に辞するよう説得した。正確には、しよう(説得)と試みた。
しかしKは、私の気勢を制するように、
 
「ボクシングトレーナーのライセンスは、一種類なんだ。即ち、ジムで教えるだけのトレーナーも、世界タイトルマッチのセコンドに付くトレーナーも、同じ資格なんだよ」
 
と、言って来た。
更に、
 
「ライセンスさえ取れれば、俺はエディさんと同格な訳よ」
 
と、二人にしか理解出来ないことを言い出した。
 
 
Kが語る“エディさん”とは、ボクシング界で最も有名なトレーナー、エディ・タウンゼントさんのことだ。
エディさんは、生涯で何と6人もの世界チャンピオンを育て上げた名伯楽だ。
指導を受けた有名選手は、最近では“オッケー牧場”で知られる、ガッツ石松選手だ。
他にも、2階級を制した井岡弘樹選手のトレーナーとしても知られている。
 
エディさんがいかに偉大だったかは、ボクシング界で年間最優秀トレーナに贈られる賞が、“エディ・タウンゼント賞”と名付けられていることでもお解かり頂けるだろう。
 
そんな名伯楽と自分を同格視する等、Kはどこまでも気障な奴だ。
 
しかし、Kがトレーナーを本業にする原因が実は失恋にあったと、私は後日、風の噂で聞くことと為った。
 
 
生来、ストイックな性格のKは、本当に上場企業の社員を辞し、アルバイトをしながら本格的にトレーナー生活に入った。
従って、私と逢う機会はめっきり減ることと為った。
当然の様に、生涯独身だった。
なので、訃報が最も近親の姉から届いたのだった。
 
 
めったに逢うことが無いKだったが、時にサプライズな連絡をくれた。
 
「畑山(隆則選手)のタイトルマッチ、御覧に為ります?」
 
との、誘いだった。
為りますも何も、私には断る理由等、探す間もなかった。
 
私は、後輩と共にKから招待されたタイトルマッチを観戦した。
試合結果は、畑山選手の見事なKO勝ちだった。
リング上でチャンピオンベルトを掲げるKを観て、私は思わずKの携帯電話(当時はガラケー)を鳴らした。留守電に“おめでとう”の一言を残そうと考えたからだ。
 
ところがリング上のKは、ベルトを持っていた左手を離すと、ポケットを探り始めた。
そして、私に着信に応じた。
リング下の私は、リング上に向かって、
 
「バカ! 留守電残そうとしただけだよ!! 第一、リング上に携帯を持ち込むんじゃ無ぇーよ!」
 
と、叫んでいた。
但し、
 
「タイトル防衛、おめでとう!!」
 
の、一言を忘れることはなかった。
リング上のKは、短く、
 
「有難う!!」
 
と、応えてくれた。
 
世界タイトルマッチ直後のリング上に電話を掛けた私も、それに応じたKも、貴重な体験となった。
 
 
その後のKと私は、相変わらず疎遠だったが、年賀状の遣り取りと、ボクシングの大きな試合が有った時に連絡をし合っていた。
 
それでも互いの忙しさもあり、
 
『あっ、また今度でいいや』
 
と、見送っていた。
たまの電話でも、
 
「次に逢った時に、ゆっくりな」
 
と、曖昧な合意をしていた。
 
 
私がKに連絡をしなければと最後に思ったのは、今年の7月のことだった。
“モンスター”の異名を取る井上尚弥選手が、4階級制覇を為し遂げた晩だった。
Kにコールしたが、出ることはなかった。
メールしようと思ったが、私は無精してしまった。
 
今考えれば、Kは5月に急逝していたので、電話に出る筈も無かったのだ。
むしろ、着信しただけで奇跡だったのだ。
 
もう、Kは、電話に応えることも、メールにレスしてくれることもない。
いたたまれなくなった私は、KのSNSを探ってみた。
急死だったからだろう、Kのアカウントは全て生きていた。
 
Kが旅立ってから、半年が過ぎているのに。
 
 
人は誰でも、いつかまた逢うことが出来ると思っている。
その為か、“また今度”とか“次に”と気軽に発言してしまう。
 
 
でもやはり、話せる内に話しておこう。
 
そうしないと、悔いばかりが残ってしまうから。
 
 
私は夜空に向かって、二度と会話することが無いKに向かって、
 
「井上尚弥は、強かったぞー!」
 
「まさに、モンスターそのものだったよ」
 
と、報告した。
 
 
Kからの返信は、来るのだろうか。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山田THX将治(天狼院ライターズ倶楽部所属 READING LIFE公認ライター)

1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数17,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を40年にわたり務め続けている 自称、淀川最後の直弟子 『映画感想芸人』を名乗る
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックの想い出を伝えて好評を頂いた『2020に伝えたい1964』を連載
加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する
天狼院メディアグランプリ38th~41stSeason四連覇達成 46stSeasonChampion

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2023-12-20 | Posted in 週刊READING LIFE vol.245

関連記事