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週刊READING LIFE vol.48

出川イングリッシュに学ぶ、伝え続けるということ《 週刊READING LIFE Vol.48「国際社会で働く」》


記事:千葉 なお美(READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)
 
 

時に、日本でも日本語が通じないことがある。
近年、スーパーやドラッグストアで、店員の一人が外国人という光景は珍しくなくなった。日本で働けるくらいであるから、努力して日本語や接客マナーを学んでいるのだろう。レジで困ったことはないし、彼らの接客で不快な思いをしたこともほとんどない。しかし探し物を尋ねたとき、単語が伝わらないことがたまにある。
 
「バンソウコウ……?」
六本木ヒルズに向かう途中、靴擦れして駆け込んだコンビニで、店員全員から首をひねられたことがある。六本木という地域柄、外国人の客が多いのだろう。コンビニで働けるくらいの日本語であれば、あえて日本人スタッフを常駐する必要はないと上が判断したのかもしれない。そのコンビニは、4人いる店員全員が外国人だった。カットバン、バンドエイドなど、絆創膏を他の言葉で説明しようとしても伝わらない。
日本にいるのに、日本語が伝わらないなんて。
店員全員でコソコソと話し合いを始められては、こちらが無理難題を押し付けているような気持ちになってくる。
「……すみません、やっぱり大丈夫です」
私は日本のコンビニで、「絆創膏を買う」というミッションをクリアできなかった。
 
かたや、英語が全く話せないにもかかわらず、海外で次々とミッションをクリアする脅威の人物がいる。
お笑い芸人、出川哲郎だ。
日本テレビ「世界の果てまでイッテQ!」という番組の不定期開催企画、「出川哲郎のはじめてのおつかい in 海外」。
通訳は一切なし。出川の英語力だけでミッションに挑むという企画である。タクシー移動と日本人に助けてもらうのは禁止というルールで、現地の人に質問をしながら目的地を目指す。
 
出川の英語は超初心者レベル。
発音はバリバリのカタカナ英語。単語力もほとんどない。
しかし「出川イングリッシュ」と呼ばれる彼のはちゃめちゃな英語は、強靭な精神力と図々しさも相まって、数々の奇跡を起こす。
 
「はじめてのおつかい in ニューヨーク」でのことだ。
与えられたミッションは「ニューヨークにある空母をリポートせよ!」というもの。
「空母(くうぼ)」とは、「航空母艦」の略。航空機を多数搭載し、海上での航空基地の役割を担う軍艦だ。
英語でいうと「aircraft carrier(エアークラフトキャリアー)」。「aircraft」は航空機、「carrier」は運ぶ人を意味するので、 「航空母艦」の役割をそのまま表している英単語といえる。
しかし、この単語を知っている人は恐らく少ないだろう。
もちろん、英語力ゼロの出川が知るはずもない。
「空母」をどう表現するのか? スタッフが影で見守る中、彼は驚きの英語を紡ぎだす。
 
「ドゥーユーノースカイママ?」
 
「空」はスカイ、「母」はママ。確かに、漢字から連想するとハズレではないかもしれないが、「航空母艦」の意味とはかけ離れている。
もちろん、現地の人が理解できるはずもない。
「No」と言ってすぐに立ち去ろうとする彼らを、これまた出川がカタカナ英語でたたみかける。
 
「ウェイトウェイトウェイト!」
「アリトルタイムアリトルタイムアリトルタイム!」
 
出川の理解不能な英語に、少々迷惑そうな外国人。
そんなこともお構いなしに、彼は堂々と「出川イングリッシュ」で立ち向かう。
「スカイママ」で通じないことがわかると、言い方を変えてまた尋ねる。
 
「メニメニママオンザボート!」
「ビッグママ! ビッグママ!」
 
相変わらず、意味不明である。
「たくさんの母」や「大きな母」について語られた外国人は「We don’t know」と言って次々と立ち去っていく。
何度も「知らない」と言われ続けると心が折れそうなものだが、彼はそのたびに少しずつ単語を変えてまた尋ねる。さらには、自分が質問している立場にもかかわらず、相手にクイズ形式で答えさせるという技を編み出す。
 
「メニメニヘリコプターオンザビッグボート! ホワッツネイム?」
 
開始から何分が経っただろう。試行錯誤を繰り返し、ようやく彼は「空母」の意味に近しいクイズを投げかける。そこで一人の外国人が答える。
 
「Aircraft carrier」
 
「出川イングリッシュ」は、ついに「空母」の単語を得ることに成功したのだ。
この単語を「エレクトリックキャビア」と覚えた出川は、この後も紆余曲折あるのだが、なんとか「空母」のある場所へとたどり着くことができたのである。
 
彼のすごいところは、その発想力さながら、伝えようとする根性である。
「はじめてのおつかい」の中で、彼はたくさんの外国人から煙たがられる。
おかしな英語を繰り返す彼を見て「こいつ、やばいよ」とあからさまに避けられたり、しつこくつきまとったことで怒られたり。
それでも彼は、ガハハと笑いながらまた質問する。
続けていると、そのうちとても親切な外国人に助けられたり、言葉は通じていないのに相手も出川につられて大笑いしたりする。
 
言語にかかわらず、自分の言っていることが伝わらないと、たいていの人は諦める。
私もそうだった。
「日本人のいるコンビニに行こう」とか、「靴擦れくらい少し我慢しよう」とか、伝えることを諦めるか、あるいは目的自体を諦めようとする。
しかし、それではお互いに得るものも与えるものもない。
 
彼のように伝え続けることで、その行為は化学反応を起こし、何倍にもなって自分のもとへ返ってくる。
それは相手から受け取るやさしさかもしれない。
それは自分のなかに芽生える感謝かもしれない。
時には鬱陶しく思われるかもしれない。迷惑がられるかもしれない。
しかし誰かに思いが伝わったときには、それらを上回る感動がある。
 
これから日本は、ますますグローバル化が進むだろう。
2020年には東京オリンピックも開催される。
私はまた、道端で、スーパーで、コンビニで、言葉が通じない場面に出くわすかもしれない。
そのときは「出川イングリッシュ」を思い浮かべながら、伝わるまで相手に伝え続けようと思う。
 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
千葉 なお美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

青森県出身。都内でOLとして働く傍ら、天狼院書店のライティング・ゼミを経て、2019年6月よりライターズ倶楽部に参加。趣味は人間観察と舞台鑑賞。
「女性が本屋で『ちょっとエッチな本』を買うときのコツ」でメディアグランプリ3位獲得。
万人受けしなくとも一部の読者に「面白い」と思ってもらえる記事を書くことが目標。

 
 
 
 

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2019-09-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.48

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