親を「バカ」呼ばわりしているあなたに伝えたいことがあるんだ。《週刊READING LIFE vol.113「やめてよ、バカ」》
2021/02/01/公開
記事:坂東愛(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
あなたの毎朝の言動で気になることがあります。それは、決められた時間に起きられないあなたを起こそうとする私に対して「やめてよ、バカ」と叫ぶことです。
もしあなたに少しでも反省の気持ちがあるなら、明日からやめてほしいです。なぜなら、私がバカなのではなく、起きたくないあなたと対立する考え方をその瞬間だけ持っているにすぎないからです。
あなたと私は別々の人間だから、当然、価値観がちがいます。物事の見方、とらえかたもちがいます。親子ではあるから、似たような考え方を持っている部分もあります。けれども、育ってきた時代や環境は大きく異なります。見聞きしたもの、経験してきたこと、1から10まで完全に同じというわけではありません。
あなたは、自分と意に反するすべての相手に対して、「ムカつく」「バカ」だと思ってしまう機会が多いのでしょうね。あなたが「ムカつく」「バカ」だと思っている相手は、あなたとはちがって寝起きが良いかもしれません。あなたがまだ気づいていない何かを見つけ、あなたが理解できずにイライラしてしまう算数の問題を解けるかもしれません。あなたは、そんな相手のいいところを素直に認めることができていますか? 認めることができれば、我が身を振り返ってもっとよい方向へ変えていける可能性もあるでしょう。魔が差して自分の考えがうっかりまちがえちゃっていたと感じることができたなら、二度と同じことを考え、思わないように自分のこころに言い聞かせてより強い自分になる機会にできるでしょう。あなたが「ムカつく」「バカ」だと思ったとしても、少し立ち止まって本気で自分がそう思っているのか確認できれば、きっとよくない気持ちもあなたの成長につながっていきます。
何度繰り返し考えてみても、相手に「バカ」という感情が消えなかったら、どうなるでしょうか? おそらく、あなたとその相手とはわかりあえなくなってしまいます。
たとえば、相手と2人でどこかにごはんを食べに行くとします。あなたはハンバーガーが食べたいと思っていて、相手はラーメンを食べたいとします。相手と話し合うことができれば、ハンバーガーとラーメンの両方のお店があるショッピングモールのフードコートや行こうという、2人が納得できる良い結論を出すことができます。それぞれがハンバーガーとラーメンというまったくちがう選択をしていたとしても、話し合いさえできれば、我慢してどちらかに合わせることなく、2人は食べたいものを食べることができますよね。
あなたのハンバーガーを食べたいという気持ちを、誰かが「そんなの、まちがっている」と指摘することはできませんね。同じように、相手のラーメンを食べたいと思う気持ちを、あなたが「ダメ!正しくない!」なんて否定したら、ありえない、とんでもないことですよね。意見がわかれてしまうときでも、相手をわかろうとする気持ちを持って言葉を交わすことさえできたなら、どうでしょうか? ハンバーガーを食べたいと最初に思ったとき、自分が想像もしていなかったフードコートという選択肢に気づけます。でも、相手が「バカ」だから、私の意見に従って当たり前なんて思っていたら、話し合い、お互いに理解することもできなくなってしまうのではないでしょうか。
最近、コロナウイルスに感染した人や感染の危機に立ち向かう医療従事者に対する差別や偏見が問題になっていて、あなたは「ひどい!」と怒っていましたね。どうしてこんなことが起きていると思いますか。原因のひとつは、コロナに感染した人、感染している可能性が高い人は自分にとって「良くない」「危ない」相手だから、関わりたくない、話を聞きたくないと耳をふさいでいるからではないでしょうか? もちろん、この問題の原因はそんな単純な話だけではありませんが、「バカ」のひとことで相手を思いやろうとしない日頃からの態度がこういったことを招いているのではないでしょうか。
相手を「バカ」と呼ぶ。コロナで危ないから差別する。こういう態度は取る方も、取られる方も不幸にします。あなたは、自分が「バカ」って言われたら、どんな気持ちになりますか? もちろん、とてもイヤな気持ちになって、言った相手のことを「絶対に許さない!」と根に持って忘れないのではないでしょうか。もしかしたら、いつかその相手に復讐してやろうと、相手のすきを待ち続けるかもしれません。あなたが「バカ」と口にすることは、相手をずっとイヤな気持ちのままにしてしまいます。それは、絶対によくないことだというのは、わかりますね。そして、あなたに「バカ」と言われた人は、この先ずっと、なにかにつけてあなたの邪魔をして、イヤな気持ちにさせることをしつこくしかけてくるでしょう。こんなことを繰り返していたら、ちっとも幸せじゃないですよね。
あなたは、TwitterやYou Tubeに書かれているイヤな気持ちにさせるコメントを見て、怒っていたこともありましたね。人を傷つけるコメントを書く人たちのことを「アンチ」というのですが、その言葉を目にしてしまうことは、あなたの気分を悪くするだけでなく、書いた「アンチ」の人たちにとっても幸せなことではありません。
なぜなら、人を不幸せにする言葉はウイルスのように、広がってしまいます。「バカ」と言われて、喜ぶ人なんてまずいないでしょう? 「バカ」と言われた嫌な気持ちを、言った本人であるあなたにぶつけなかったとしても、他の誰かで発散させるかもしれません。自分より強い相手にストレスをぶつければ倍になって返ってくるから、たいていは自分よりも弱い相手を選んで攻撃にしようとします。大人ならば自分の子どもや、介護が必要になった自分の親、あるいは職場の部下を攻撃するかもしれません。買い物に行った先のお店の、店員さんのちょっとした態度に言いがかりをつけるかもしれません。憂さ晴らしに、あおり運転をして誰かを事故に巻き込むかもしれません。
水を張った洗面器にぽたぽたと水を垂らすと、水が落ちたところから丸い輪っか、波紋が広がりますね。世の中に落とされた「バカ」という言葉は波紋のように、不幸の円をつくって広がっていくんじゃないかって、私は思うんです。こんなことことは教科書に書いてありません。科学的に証明できるものでも、まだないかもしれません。しかし、目には見えないこと、言葉でわかるように説明できないことでも、確かにそういう感じがすることは、世の中にたくさんあるのです。
あなたが口にした「バカ」という言葉がきっかけで生まれたたくさんの不幸せは目には見えないから、どんな風にどこまで続いていくのか、私たちは見届けることができません。
でも、誰かが誰かを「バカ」と呼んでいる。「バカ」と文章で批判されている。それを見聞きして、よい気持ちでいられる人なんていません。残念なことに、あなた自身も、「バカ」と言う人、書いている人のことを「バカなの?」と疑ってかかるでしょう。その人がふだんはどんなに素晴らしい人であったとしても、書かれていることが頼まれなくても「いいね」をしたくなるよいものであったとしても、「このひと、この間バカって言ってたよね?」と思い出した瞬間に、否定して切り捨てようとしてしまうでしょう。
実際にふだんから顔を合わせる相手だったなら、「バカ」と言ったことを許せてはもらえないとしても、心からのごめんなさいを伝えることができます。けれども、ネットではそうはいきませんよね。相手がとてもイヤな顔、傷つき泣いちゃう姿が見えないから、平気で「バカ」と口にして何もなかったような顔で過ごすことができてしまいます。でも、よく想像してみて。見えないけれど、ネットで何か言っている人は必ず画面の向こう側にいて、あなたと同じように泣いて笑う生きたこころを持った存在だということを。あなたと同じように、家族がいるということを。
ネットの相手だけれど私たちと同じように、パソコンやスマホのむこう側で画面をのぞきこんでいるのは一緒。実際に住んでいる距離は離れているかもしれないけれど、ネットのなかでは画面のむこうとこちらという近さで向かい合っていると考えてもいいのではないかしら?
コロナの外出自粛で学校に行けなかった時期、あなたは先生や友達と家にいながらネットで会話をして、とても喜んでいましたね。学校や友達の家は遠いけれど、ネットでは離れているような気はあまりしなかったのではないかしら? こころの距離はとても近かったはずなのです。
家の外やネットであなたが「バカ」というひどい言葉を使っても、注意してくれる人は誰もいないかもしれません。「ひどい!」と思ってはいても、注意してくれない人の方が多いのが、世の中なのです。口にはしないだけで、「バカ」という言葉を聞かされた側は「バカなんて言わなければいいのに。こういうこと言う人の話なんて、聞きたくないな」って、思っているのではないでしょうか? でも、本当のことを言うと、あなたが怒って何かとめんどうなことになるから、口を閉じているだけなのです。
ネットに存在する誰かを「バカ」と否定してしまう人でも、実際に本人が目の前にいたらどうでしょうか? 面と向かって「バカ」とは言わない、いや、言えないはずです。直接言えばいいのに、ネットでしか「バカ」と言わないのは、こちらの正体が相手にバレないからです。私が「バカ」と言っても誰かはわからないから、大丈夫だと錯覚しているのです。これって、ずるくないですか? ずるいですよね。ずるいことばかりしているとどうなると思いますか? あなたの性格が悪くなります。自分のわがままを押し通すためなら、どんなずるいことでも平気でするようになります。それでは、自分で自分を幸せにできませんよね?
どうして私が「バカ」という言葉を使うとどんなことになるのか、あなたに説明してきたかと言うと、これから何十年と生きていくあなたの人生が幸せなものであってほしいと祈るからです。私が生まれた頃、インターネットはまだ存在していませんでした。はじめて私がインターネットに触れたとき、なんと自由でいろいろなことができて、これ以上楽しいものはないんじゃないかというくらい、夢中になってしまったほどです。
その一方で、誰にも正体を知られることなく何でも自由に表現できる場が作れたので、これまで言いたくても言えなかった本音が世界中にあふれ出していきました。
顔の見えない多数からの誹謗や中傷が、どんな影響を与えるか、初めは誰もが想像できませんでした。でも今では多くの人が、画面のむこうがわから投げ込まれるよくない言葉が相手に与える影響を、わかりはじめています。
まず、あなたに始めてほしいのは、軽い気持ちで「バカ」という言葉を使わないこと。そして、あなたがよい言葉を発して、誰かのこころを勇気づけ優しい気持ちさせる波紋をつくれるようになれば、何も言うことはありません。あなたが生きるこれからの時間を、自分の言葉でもっと幸せにしていけたら、すてきなことですよね。
私はかわいいあなたが眠そうにしていたら、1秒でも長く寝かせてあげたいと本当は思っています。でも、時間はあなたの都合で待っていてはくれません。あなたと私は話し合って、どうしたらあなたの目覚めがより楽なものなるのか、見つけていきたいと願っています。だから、あなたも「やめてよ、バカ」なんて言わないで。
□ライターズプロフィール
坂東愛(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
茨城県生まれ。家族の転勤、自身の転職により13回の引っ越しを経験。
書店アルバイト、図書館司書、地方公務員を経てライター。公務員時代から書籍、雑誌で執筆をはじめ、近年は某オウンドメディアで執筆した記事が3年にわたりGoogle検索1位をキープしている。知識や実用的な内容を伝えるだけではなく、自分の言葉で語れるライターを目指し、2020年より天狼院ライティング・ゼミ、ライターズ倶楽部に参加。
小学生女子の育児と格闘するシングルマザー。時々、アロマテラピーアドバイザーとしても活動中。
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