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週刊READING LIFE vol,114

雨の日の小さな幸せ《週刊READING LIFE vol.114「この記事を読むと、あなたは〇〇を好きになる!」》


2021/02/08/公開
記事:松本さおり(READIBGLIFE編集部ライターズ俱楽部)
 
 
朝起きて、窓を開けると、外は雨が降っていた。
 
冬の日の雨は冷たい。ひんやりとした空気が、白い息を作り出す。
 
このような、しとしとと降る雨の日に、いつも思い出す記憶がある。
まだ子どもたちが小さかった頃の雨の日の思い出だ。
 
14年前に遡る。今日と同じような寒い雨の朝だった。
 
私は、朝、目覚めて窓を開け、外を眺めながらこう言った。
 
「あ~、雨だ~。雨に降られると本当に大変なのよね。」
 
そう言いながら、子どもたちを起こし、ブツブツ文句を言いながら窓を閉め、朝食の準備に取り掛かった。
 
雨の日は億劫だ。
 
洗濯物は乾かないし、子どもたちを保育園に連れていくのも一苦労だ。
靴が濡れるのも気持ち悪くていやだし、傘も荷物になっていやだ。
 
雨の日が大好きという人は少ないだろう。
どちらかというとネガティブな気持ちになることが多いと思う。
 
ブツブツと雨に文句を言いながら、朝食を作り、洗濯物を干す。
「雨だから、部屋干しになってしまうわ」と思うと、また一言文句を言いたくなる。
 
そして、誰にぶつけたらいいか分からないイライラした感情を、保育園の連絡ノートを雑に開き、雑な字で書き殴るという方法でそれを表現していた。
 
そんな私の姿を見て、三歳の次男はこう言ったのだ。
 
「ママ、雨は優しいんだよ!」
 
その言葉に一瞬、連絡ノートを書く手を止めた。
 
「雨は野菜のご飯なんだよ! 雨が降らないと野菜は死んじゃって、ボクも死んじゃうよ。だから、雨は優しいんだよ」
 
この次男の言葉は、私の胸の端っこに小さなトゲみたいなものを刺した。
小さなトゲだから、すごい衝撃をうけたわけでもない、と思っていたが、そのトゲの周りから波紋を起こし、一瞬で私の身体全体に、その細かい波の震えが伝わっていった。
 
雨は、優しい。
 
ボールペンを持つ私の指先に、波紋の余波を感じながら、脳内ではこの言葉を何度も繰り返していた。
 
雨は優しい。雨は優しいんだ。
 
そうか、そうだよね。雨は私に意地悪をしようとしているわけではないんだよね。
 
雨が降らないと、水もなくなるわけだし、食べ物も育たないし、私たちも生きていくことができない。私たちは日頃から雨の恩恵をいただいているのに、雨が降ってきたら「雨を降らせないで欲しい、雨の日は嫌だ」と口にしてしまうのだ。
 
ついつい、自分の都合を優先して愚痴を言ってしまう。ああ、少し反省。
 
気を取り直して、次男に向かってこう言った。
 
「雨は野菜のご飯なんだね。 じゃあ、今日は雨だから、畑に野菜さんたちのご飯がいっぱい降って、野菜さんは喜んでいるね!」
 
私がそう言うと、次男はニコニコ笑い、ぴょんぴょんと数回飛び跳ねて、私の言葉が自分にとっての満足いく答えだったことを示してきた。
 
なんだか、三歳の子に学ばせてもらっちゃったなぁ……。
そんなことを思いながら、保育園の連絡ノートを書き終えて、ノートをカバンの中に押し込んだ。
 
朝の支度を済ませて、保育園に向かう。
次男にレインコートを着せ、レインブーツを履かせて外に出る。
いつもは保育園まで自転車だが、今日は雨の中を歩いていくことにした。
 
いつもの道を、次男と並んで歩く。
次男にとって、水たまりは楽しい遊び場だ。
 
いつもなら「早く歩きなさい!」と少しイライラしながら言ってしまうのだが、その日は
それを言わずに、次男の思うようにさせてみた。
 
水たまりに、わざわざ入る。パシャパシャとわざと大きな音がするように軽くジャンプして入る。小さな水たまりに水しぶきが上がり、顔にはねてきたりする。それをキャッキャと喜びながら、あっちの水たまり、こっちの水たまり、と自分の目の前に現れるすべての水たまりに挑もうとする。
 
「なんて楽しそうなんだろう」
 
いつもならイライラしてしまう次男のその行動が、その日は愛おしく思えた。
 
この子はいつも、雨と遊んでいた。
 
小学生のときも、雨が降っているのに、傘を挿さずに学校から帰ってきた。
傘は持っているのに、雨に濡れて、びしょびしょになりながら帰ってくるのだ。
 
「どうして、傘を挿さないの?」と聞くと、「雨と遊んでいるんだ」とか「濡れてみたかったんだ」とか、いつもそんな言葉を返してきた。
 
新しい傘を、次の日に折って帰ってきたことを数回ある。(きっと傘の用途が人とは違うのだろう) 傘をどこかに置いてきてしまうことも何度もある。
 
彼は、いつでも雨に濡れながら歩きたがる子だった。

 

 

 

子どもというのは、なんでも遊びにしてしまう天才だ。
 
私が子どもの頃は、今みたいに楽しいゲームやスマホなどもなかったから、道端に落ちている石ころや木の枝、雑草や木の実などを探してきておままごとをしたりしていたものだ。
 
おもちゃやゲームの機械がなくても、目の前にあるものでいろいろ工夫して遊べるのが子どもなのだ。今の子どもたちは与えられえすぎて、自分で遊びを考える、ということをしなくなっているように感じる。
 
でも本来は、目の前の水たまりに目を輝かせ、ボール1つで何時間も遊べるのが、子どもの持っている力なのだと思う。遊びを作り出す才能は、天才的だ。
 
そんな天才的な才能も「あれやったらダメ、これやったらダメ」という、大人のダメダメ
攻撃の前では、その才能を発揮できない。
 
大人たちは、つい、子どもたちをおとなしくさせたくて、黙らせる手段を使う。
 
ゲームなどの電子機器は、子どもを黙らせるための最高のアイテムだ。
 
そこに集中さえさせていれば、子どもたちは何時間でも飽きずにゲームの世界に没頭をしている。
「うちの子は、ゲームばかりして困るわ」というお母さんたちの声もよく聞くが、そのゲームは間違いなく親が与えたものだし、それを与えた理由の中に「おとなしくしていてもらいたいから」があったはずなのだ。
 
子どもの考える力を奪っているのは、大人たちの都合なのかもしれない。
子どもを見守る大人たちが、ほんの少しの余裕を持つことができたら、雨の日に一緒にお散歩をして、水たまりと戯れる時間を楽しむことが出来るのかもしれないのに。

 

 

 

あのときからもう14年。
 
子どもたちは、もう大きくなり、大人になりつつある。
 
でも今日みたいな、しとしとと降る雨の日には、あのときの次男の声が、まるで昨日の出来事のように蘇ってくる。
 
「ママ、雨は優しいんだよ」
 
そうだね、雨は優しいね。
 
心が少し重いとき、気持ちが億劫になってしまうとき、ネガティブな感情を、何かのせいにしたくなるとき、次男と優しい雨の話を思い出す。
 
目の前の出来事を、どう捉えるかは自分が決められる。
 
その出来事をどうにもできないのに、ずっと文句を言いながら嫌な気持ちでい続けることもできるし、この状況を思いっきり楽しんじゃおう! と捉えることもできる。
 
全ては、自分の気持ち次第なんだな。

 

 

 

小さな次男が、私に教えてくれたこと。
 
目の前の出来事を全力で楽しむ。
ネガティブな気持ちになるときも、その捉え方次第で、楽しい遊びに変えることもできる。
 
あの日以来、私は雨に対して、嫌な気持ちになることが断然少なくなった。
 
今日のような小雨の降る日は、あのときの、小さな次男との雨の日のお散歩を思い出しては、クスっと微笑むような幸せな気持ちになることができる。
 
こんな日こそ、家に閉じこもっていないで、外にお散歩をしてみよう。
いつもとは違う景色を見ることができるかもしれないから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
松本さおり(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)

心理セラピスト
心理学やタロットを通して自分を知り自分と仲良くなる方法を伝えている。言葉の使い方、言葉の持つ可能性を広げるためにライターズ俱楽部に入部。言葉の持つ力をもっと活用できる人を増やしていくのが目標。

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2021-02-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol,114

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