週刊READING LIFE vol.125

おそらくポルターガイストだった毎日の話《週刊READING LIFE vol.125「本当にあった仰天エピソード」》

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2021/04/26/公開
記事:安堂(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
夜。一人、部屋でテレビを見ていると。
 
いきなりチャンネルが変わる。
時には、突然、消える。
 
何かの拍子で誤ってボタンを押さないようにと、
リモコンをテーブルの上に置いて触らないようにしていても。
 
なぜか、テレビのチャンネルや電源が切り替わる。
 
夜が深くなれば、突然、部屋の室内灯が消えることも。
 
ポルターガイスト。
 
これは、そう呼ばれる現象なのか。
あきらかに自分ではない存在が、テレビのチャンネルを切り替え、室内灯を消していた。
 
「おい、ちゃんと大家さんに挨拶をしたのか?」
 
普段、滅多にボクを咎めることがない父が、
電話の向こうで珍しくイラ立っていることが分かる。
 
平成になったばかりの春。
ボクは東京の大学に進学するため、岐阜の田舎から一人暮らしを始めることとなった。
上京するなら、中野に住もうと決めていた。
それは、昭和に大ヒットした歌番組「ザ・ベストテン」の影響。
コンサートでスタジオに来られない歌手が、
中野サンプラザからよく中継をしていたことがあり、
中野は、新宿や渋谷と肩を並べる位の最先端エリアだと本気で思っていた。
ただ、中野駅周辺は家賃が高く、ボクはその中野駅から北、
同じ中野区内でも、西武新宿線の新井薬師前駅の近くにアパートを見つけた。
 
それは、木造二階建て。
ねずみ色の頑丈そうなコンクリートの塀に囲われていて、
敷地内には、大家さんの平家建ての母屋が中央にあり、
おそらくその昔は広い庭だっただろうところに建っていた。
 
部屋は二階。
錆なのか、もともとそういう色なのか見て取れない
赤茶色の鉄板を敷いたような外階段を上がった西端の角部屋を借りた。
 
間取りは、畳敷きの6畳とキッチン。
流しには一口のガスコンロはあるが、給湯器はないから蛇口からは水が出るだけ。
入口の横は、恐ろしく狭い和式便所。
風呂はもとよりお湯もないから、近くの銭湯へ通うことになる。
深夜0時前には銭湯は閉まってしまうから、
バイトなどでその時間までに行けない夜は、流しに顔や体を突っ込んで水で洗った。
 
入居して最初の夜。
床について初めて気がついたが、
前の住人が付けただろう蛍光塗料を塗った星型のシールが天井を覆っていた。
電気を消した後、しばらくぼんやりと明るくて、寝づらかった。
 
昭和の質素なアパート。
その言葉通りの佇まい。
 
だが、ボクは、それなりに気に入っていた。
当時はバブル真っ盛りで何もかもが値上がりする中、貧乏学生でも払える家賃だったから。
それに、駅から近い割に静かで、日当たりがよかった。
窓を開けると、大家さんの母屋の瓦屋根と玄関先を見下ろすことができた。
母屋とアパートは随分と隣接していて、ボクの部屋の真下、
1階の西端の部屋と母屋の間は、
大人が1人、ようやく通りぬけることができるほどの幅しかなかった。
 
「大家さんとお隣さん、それに下の部屋の人にはちゃんと挨拶しろ。
都会だからと言っても、近所付き合いは大切にしなきゃいかん」
 
電話口の父は、何度もそう言い含めた。
実家を出る時も同じことを言われていたから、
引っ越しの当日、荷物をとりあえず部屋に押し込むと、
アパートの近所で見つけた和菓子屋で、まんじゅうの詰め合わせを3つ買った。
 
「今度、引っ越してきた者です。よければ、コレ……」
 
お隣さんと下の階の住人にまんじゅうを渡したが、2人とも無口な男だった。
と言うか、引っ越しの挨拶など迷惑そうで、
じっと黙ってこちらを見ると、まんじゅうを受け取りバタンとドアを閉めた。
 
「都会の付き合いなんて、こんなもんか」
 
父には申し訳ないが、東京に近所付き合いなんて存在しないと思った。
それでも、大家さんには何かと世話になるからと、
気を取り直して母屋へ向かったが、留守だった。
翌日も何度か訪ねてみたが、呼び鈴を押しても家はじっと静かだった。
 
「ああ、大家さんね。今、入院されているよ。挨拶は退院されてからでいいじゃないかな」
 
困り果て頼ったのは、部屋を仲介してくれた駅前の不動産屋。
聞くところによると、大家さんは高齢のおばあさんで、
しばらく病院で闘病生活を送っているらしい。
 
その後も一向に退院する気配はなく、いつまで経っても彼女に会うことはできなかった。
 
秋も終わりに差し掛かった、ある日曜日。
数人の友人が部屋を訪ねてきた。
6畳一間は学生数人には狭く、ボクは窓を開けて、窓枠に腰掛けて彼らと談笑した。
すると、しばらくして線香の匂いが鼻をついた。
見下ろすと、大家さんの母屋の玄関先には弔花が飾られている。
 
「あ。大家さん、亡くなったんだ」
 
おそらく葬式が開かれているであろう母屋は、
相変わらずひっそりとしていて人の気配はない。
だが、玄関に飾られた花と線香の匂いで、大家さんが亡くなったことを知った。
 
「結局、大家さんとは一度も会うことができなかったな」
 
大家さんは亡くなったが、アパートに住み続けることはできた。
離れて暮らす息子さんが、管理をしてくれることになったらしい。
そしてそのまま、大家さんとあいさつを交わすことができなかったことも、
彼女が亡くなったことも、忘れてしまった……。
 
年が越えて、1月半ば。
その日は午後から、東京は雪だった。
外での立ち仕事が続いたアルバイトから帰ると、
閉店まで残り30分となった銭湯へ向かおうと、急いで赤茶けた外階段を駆け下りる。
 
カンッ、カンッ、カンッ。
 
しんしんと降る雪の中に、階段が鳴る音だけが響く。
雪のせいか、ひどく静かだったことを覚えている。
階段を下り、そのままねずみ色の塀の勝手口から出ようとした時だった。
 
「あれ、おばあさん……?」
 
大家さんの母屋とアパートの西端、
ちょうど人が1人通り抜けることができる程のところに、
小柄なおばあさんがポツンと立っていた。
 
いや。
 
立っていたように見えた。
 
おばあさんと認識した途端、白く薄ぼんやりとした影が、
雪が溶けるようにふんわりと消えたように感じたからか。
 
改めてその場所を見たが、もうその姿はない。
そもそも母屋とアパートの間を通り抜けようとする人を、一度たりとも目にしていない。
ましてや、雪の降る身も凍る夜、そこに人がいるはずはなかった。
 
いやいや。
 
よくよく見てみると、その辺りは真っ暗で、
人が立っていたとしても見て取ること自体が困難なようだ。
 
それでも。
 
「ああ、大家さん、帰ってきたんだ」
 
そう納得して、そのまま急いで銭湯へ向かった。
不思議にも幽霊を見たという恐怖心は皆無で。
 
思い返せば……。
 
それからだった。
 
夜、テレビを見ていると、突然、チャンネルが変わる。
最初は、何かの拍子に誤ってリモコンのボタンを押したのかと思い、
テーブルの上に置いて、間違って触らないようにと気を付けた。
それでも、どういうわけかチャンネルは切り替わり、電源が消えることが頻発した。
 
また、室内灯が突然、切れることも。
アパートのそれは昔ながらのそれで、
パチッ、パチッと紐を引っ張って電気を点けたり消すタイプのもの。
それが、ボクが紐を引っ張ることがなくても勝手に消えた。
 
「アパートが古いから電気の接触が悪いのかな」
 
最初は、そう呑気に思っていたが、
電気の接触不良でテレビのチャンネルが変わるなどということを聞いたことがない。
 
ポルターガイスト。
 
あまりにテレビや室内灯の具合がよくないものだから、この言葉が頭をよぎった。
同名のタイトルの映画のように、さすがにモノが大きく動いたり、
ラップ音と呼ばれる音はなかったが、この現象を表す言葉は、これしかなかった。
 
そして、最終的にこの考えに行き着く。
 
「やっぱアレかな。大家さんが帰ってきているのかな」
 
よくよく振り返ると、お笑い番組を見ている時に突然切り替わるのは、
大体がNHKのニュースだったり、渋い歌謡番組だったりした。
いかにも年寄りが好みそうな番組へチャンネルが移る。
室内灯が突然切れるのも、決まって深夜0時を回ってもなお灯りを付けている時。
年寄りはもう寝る時間だったのか……。
 
あの雪の夜。
偶然見かけた大家さんらしき幽霊は、どうやらボクの部屋にやってきたらしい。
 
コレ、人から同じ話を聞いたとしたら、
「そんな部屋にいて大丈夫なのか」と背筋の寒い思いがしただろうが、
全く意に介さなかった。
だって、せいぜいテレビのチャンネルが勝手に切り替わることと、
夜遅くになると灯りが消えるだけのことだったから。
だから、チャンネルが切り替われば……、
 
「もう! オレたちひょうきん族が見たいから、チャンネルを変えないでよ~」
 
などと文句を言い、灯りが消えれば……、
 
「いやいや、ここからが若者の時間ですから」
 
と言って、勝手に電気を消す大家さんの幽霊をたしなめていた。
 
なんだったら、田舎の父が言う「近所付き合い」のようなものが、
ここに来てようやく実現しているなどとすら考えていた。
近所というよりも、大家さんの幽霊はボクの部屋にいるのだが。
ま、傍から見ると、一人、部屋で誰かと会話している様子は
幽霊に取り憑かれたように見えたのかもしれないが……。
 
とは言え、ボクは決して霊感が強い方ではない。
小学校に上がったばかりの頃、通学路の途中、
小高い丘にあった薄暗い竹林を通り抜ける時、
同級生たちは後ろからヒタヒタと誰かの足音が聞こえると怯え、
逃げるように走り抜けたが、ボクには何も聞こえなかった。
 
また、小学校3年の時、大好きだった祖父が突然倒れ、翌日にぽっくりと亡くなった。
それからあまり日が経たないうちに隣の家が火事になり、自宅に飛び火した。
火事そのものの被害はそれほどでもなかったが、
火事場泥棒に祖父の遺品を随分と盗まれた。
立て続けに不幸が続いたことから、信心深い親族がイタコを呼ぼうと声を上げ、
死んだ祖父に話を聞こうということになった。
 
「イタコって、岐阜にもおったの?」
 
当時、テレビで東北地方の方に存在するということは知っていたが、
まさか自宅にやってくるとは夢にも思わなかった。
 
親族が連れてきたイタコは、腰の曲がった小柄な老婆で、想像していた通りの姿をしていた。
 
彼女は祖父が憑依すると、祖母、父、母を呼び、
今後災難が降りかからないように神仏に手を合わせるよう念を押した。
突然の死から再び祖父と会話する機会を得て、祖母と父は涙を流していたっけ。
 
ただ、ボクだけは、絶対に憑依などしていないと、じっと老婆を見つめていた。
だって、祖父が最もかわいがっていたのはボク。
死んだら、誰よりもボクに会いたいはずだと自負していた。
なのに、イタコに憑依したという祖父はボクに目もくれなかった。
 
これは、ボクに霊感があるかどうかという話ではないが、
少なくとこの一件以来、子供たちが好む肝試し的な幽霊話には冷めていた。
そう簡単に幽霊の存在なんて信じまい……そういう子供だった。
 
なのに。
 
チャンネルが勝手にコロコロと変わるテレビとパチパチと消える灯りを前に、
大家さんの幽霊だろう存在を、あっさり認めていた。
 
友人たちに、この話をしても、誰も信じてはくれない。
 
「お前の勘違いだって」
 
そう片づける割に、誰もアパートへは寄り付かなくなったけど……。
 
そして、上京から2年が経ち、ボクはそのアパートを出た。
大家さんの幽霊が怖くなったからではなく、
近くに格安でユニットバス付きのアパートを見つけたから。
結局、あの現象が、果たして大家さんの幽霊の仕業だったのかどうか
検証することもなく、あのアパートを離れることとなった。
 
しかし、引っ越したその日。改めて確信する。
 
「やっぱりあの部屋には、大家さんの幽霊がいたんだ」
 
と言うのも、引っ越しをしたその日から、
あのコロコロとチャンネルが変わっていたテレビが、
全く誤作動を起こさなくなったから……。

 

 

 

 

 

あれから30年以上が過ぎた。
あれ以来、まったく幽霊を見ることはない。
妻を持ち、2人の息子を持つようになったが、
彼らもボクと同様、霊感は強くなさそうだ。
 
ただ、最近、少し困ったことが起き始めている。
 
書斎にあるテレビの下のレコーダー。
そこに、予約した覚えのないドラマが勝手にどんどん録画されていくのだ。
しかも、どれも若い女性が好みそうな恋愛ドラマばかり。
まったくもって、ボクの趣味じゃない。
家族は誰一人として触っていないという。
それなのに、何度レコーダーを確認しても、何度録画を取り消しても、
恋愛ドラマばかりが溜まっていく。
 
やれやれ。
あの時と同じだ。
 
あきらかにボクや家族以外の存在が、勝手に録画を始めている……。
ずらりと並んだ恋愛ドラマのタイトルを見る度に、つい、こうつぶやく。
 
「今度は、誰がやってきたの? 」
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
安堂(天狼院ライターズ倶楽部 READING LIFE公認ライター)

名古屋市在住 早稲田大学卒
名古屋を中心とした激安スーパー・渋い飲食店・菓子
及びそれに携わる人たちの情報収集・発信を生業とする

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2021-04-26 | Posted in 週刊READING LIFE vol.125

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