週刊READING LIFE vol.132

子供の自主性を育て、自尊心を高めるための親の心構え《週刊READING LIFE vol.132「旅の恥はかき捨て」》

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2021/06/28/公開
記事:佐藤謙介(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
大人になって初めて自分が少し変わった家庭環境で育ったと気が付いた。
 
通常、人は自分が育った環境を普通だと思うはずなので、自分の家が変わった環境だったかどうかは、ある程度大人になるまでは気が付かないかもしれない。
 
実際、私の家が少し変わっていたということは、私が大人になり、仕事を始め、周りの人から「どういう環境で育ったの?」と聞かれて、初めて自分が他の家庭とは違う環境であったことに気が付いた。
 
実は、私は両親から怒られたことがないのだ。
 
過保護に育てられたとか、上流階級の上品な家に育ったとか、そんなことは一切ない。サラリーマンの父親と専業主婦の母親の元に生まれ、小中高と公立の学校通うごく普通の家庭だった。強いてあげれば、父は仕事のできる人だったので、子供のころは収入も良くて多少は他の家より裕福な暮らしをさせてもらっていたかもしれない。
とは言え、そんなに大差は無いはずだし、親に怒られるかどうかにはあまり関係がないはずだ。
 
私が大人になって驚いたのが、他の人の幼少期のころの話しを聞くと、とにかく親から怒られたとか、厳しく躾けられたという人が思った以上に多かったことだ。
 
勉強の成績が悪いから怒られた。
サッカーや野球の練習で怒られた。
ゲームをしていたら怒られた。
父が厳しかったので、いつも家族はびくびくしていた。
 
など、他にもちょっとしたことで怒られた記憶があるという話しを聞いて、私は正直驚いた。
「親ってそんなに怒るものなの?」
 
それが率直な感想だったが、どちらかというと、怒られて育った人の方が多い印象を受けた。
実際、私も保育園に娘を連れていくと、「速く歩きなさい。遅れちゃうでしょ」とか「ダラダラするな」と子供叱っている親御さんを見かけることがある。そういう姿を見ると「いや、そんなに怒る必要ないでしょ」「もう少し言い方があるんじゃない?」と思うのだが、その親御さんからすると、我慢がならないことなのだろう。
 
では私が子供のころから親の言うことをよく聞いて、勉強もスポーツも万能で非の打ち所の無い神童だったかというと、それも全く違う。どちらかというと私は劣等生だった。
 
勉強は本当に苦手で、高校を卒業するまでまともに勉強した記憶がほぼない。
私が高校を卒業して大学に行きたいと思い、予備校に行って最初に受けた全国総合模試では、5教科500点満点のテストで、総合得点34点、偏差値24という結果だった。
 
当時、本屋の参考書コーナーに「偏差値30からの大学受験」と書いたシリーズが並んでいたが、偏差値20台の予備校生向けの参考書はどこにも見当たらなかった。その偏差値30シリーズですが私には何を書いてあるのか分からないくらい勉強ができなかったのだ。
 
予備校で一番下のクラスの授業を受けても、その内容が分からず、英語の授業では英文の中から「動詞」を見つけることも出来なかった。私は他の生徒が「動詞はmakeです」と答えるのを聞いて「え、何でそれが動詞だと分かるの?」と本気でその理由が分からなかった。
 
いや、今にして思えばビックリするようなレベルの話しなのだけど、当時の自分は英語の品詞すら分からない状態だったので、授業中も相当バカな答えをしていた。単語を並び替えて一つの文章にしなさいと言う問題で、驚くような並びをした際には、教師も顔をヒクヒクさせていた。
 
旅の恥は掻き捨てと言うが、今思い出しても、あの過去だけは消してしまいたいほど恥ずかしい記憶である。
 
ではどうしてこんなに勉強もできない状態なのに、親から怒られなかったのだろうか。
私の両親はともにそれなりの大学を出ていて、子供のころから勉強が得意だったらしい。特に父親は子供のころは成績優秀で、高校も私立の学校に特待生で入ったぐらいなので、かなり勉強はできたはずだ。そんな親なら、普通自分の息子が英語で動詞も分からないほど勉強ができなかったら「勉強しろ」と怒っても不思議ではないはずだ。
それでも私は親から「勉強しろ」と言われたことは一度もなかった。
 
実は私も大人になってから不思議に思って親に尋ねたことがあった。すると母親からこんな話を聞いた。
「私はあなたの通信簿がいつも1や2しかないのを見て、さすがにもう少し勉強をした方が良いんじゃないかなと思って口を出そうと何度も思ったの。でもその時にお父さんに話したら、絶対にそんなことを言ってはダメだって口止めされたので、結局言わなかったのよ」
「お父さんは、子供の人生に親が口を出すべきではない。子供の人生は子供のものだから、自分で考えて成長すればいいというものだから、結局お母さんはあなた勉強しなさいとは言えなかったの」
 
私はこの話しを聞いたときに、母が私の成績を心配して、口を出したかったということを始めて知り、ものすごい申し訳ない気持ちになった。なぜなら私は浪人しているときに、あまりにも自分が勉強できなかったので、母親に「もっと小さい時に勉強させておいてよ」と八つ当たりしたことがあったのだ。その時母は「そうだね」と言っていたが、実は母は子供のころに心配して、きっと勉強させようとしていたのだ。しかし、それを父から止められていたので、口を出すことができずにいたのである。
 
そんなことも知らずに、自分が勉強できないことを「親の教育が悪かったからだ」と当たってしまって、本当に申し訳なかったと後で反省をした。
 
しかし、私は今ではこの親の教育方針にとても感謝をしている。
私は高校を卒業してから結局3年間浪人してようやく大学に受かった。その3年間は本当に死に物狂いで勉強したが、それでも一浪目、二浪目と大学に受からなかったときや、三浪目でも思うように成績が伸びない時には、本当に死にたくなるほど挫折を味わった。
 
そしてようやく大学に入ったものの、結局人よりも随分遅れて社会人になった。20代前半までの3年間と言えば、自分の人生の割合としては大きな部分を占めるため、当時は「なぜ子供のころにもっと勉強しておかなかったのだろう」「あの浪人の3年間がなければ、もっと早く社会人になっていて、今の年齢の時にはさらに成果を出せていたかもしれないのに」と自分の過去を悔やんだ時もあった。
 
まるでスラムダンクの三井寿が怪我でバスケを離れ、その後不良になり、高校3年生になってようやくバスケ部に戻ってきたときに自分の体力の無さを痛感し「なぜ俺はあんな無駄な時間を……」と涙した時のように、私も自分の過去を無駄な時間だと思った時もあった。
 
浪人時代に、父からは「若い時の3年間なんて、長い人生で見ればあっという間だ」と言われたことがあったが、正直その当時はその言葉の意味を実感もって感じることはできなかった。
しかし、いま40歳を過ぎ、3年間という月日が自分の人生の割合としては小さくなってきて、ようやくその意味が分かるようになってきた。
 
「あの3年間の浪人生活があったから今の人生になっている」「あの経験がなかったら、挫折して死にたいと思うほど自分を追い込む経験もしなかったかもしれない」「いま自分が挫折した人の気持ちが理解できるのも、あの3年間の経験があったからだ」と思うことができるようになった。
 
私は現在障害者支援の仕事をしているが、障害者の方々は、障害がない人からすれば想像すらできないような辛い経験をしている人が沢山いる。
 
責任感が強くて仕事で部下の負担を少しでも軽くしようと自分が人の2倍も3倍も働き、その結果自分の身体が壊れ会社を辞めてしまった人。
事故で足を切断してしまい、その後義足を付けて歩けるようになるまで血のにじむようなリハビリをしてようやく社会復帰をした人。
ある日突然、失明してしまい、3年間家から出ることができなくなった後に、それでも働きたいという思い仕事を始めた人。
子供のころからアルコール依存症の父親から暴力を受けて育ち、その影響で人間関係を築くことに恐怖を持った女性が、何とかトラウマを克服しようと努力しながら働いている人。
 
こういった痛みを抱えて人たちに対して、その痛みの扱い方は実はとても難しい問題である。
当たり前の話しだが、障害を受傷したくて障害者になった人など一人もいない。彼らは皆、どこかで自分が障害を負ったことを悔やみ、怒り、自分や他人を責め、激しい葛藤をしたのちに、ようやく現実を受入れることができ、そしてそこから前を向けるようになったという経験をしている。
 
その障害を受容し、乗り越えるまでの過程を支援者は感じ取れるかどうかで、彼らと心を通わせられるかが決まってくる。もちろんそんなウェットなかかわりを望まない人もいるので、そこは相手の考えを汲んで合わせるのも支援者にとって必要なスキルだ。
 
もし私に過去挫折した経験がなければ、いま彼らの気持ちを理解することは難しかったかもしれない。彼らの痛みとは種類は違うが、自分の人生が自分の思い通りにいかない経験があったから、いまこの仕事を続けることができているのだと感じる。
 
そして私は自分の親の教育方針で最も感謝していることは、私のことを信じてもらえていたことだ。
勉強ができなかったことも、突然大学に行きたいと言い出したときも、そして会社を選ぶときも、結婚するときも、親から何か意見をされたことは一回もなかった。全て自分で好きなように考え、行動して良いと言われていた。(実際にはそれすらも言われなかったが)
 
そして私がどんな決断をしたとしても、両親はそれを認めてくれた。これによって私は親から自尊心を傷つけられることが全くなく、成長することができた。
これは子供を完全な放任主義で育てるとか、過保護に扱うという話しとも違う。
 
例えば私は中学の時に短期間ではあったがいじめにあったことがあった。しかし、その時に解決の糸口を作ってくれたのは母親だった。私の異変に気付き学校と相手の親に対してすぐにアクションを起こしてくれたおかげで、大きな問題になる前に解決することができた。この時は母親の行動力をスゴイと思ったし、自分が守られているという思いを実感した。
 
つまり、どれだけ子供を信じて自主性に任せようと思ったとしても、子供が心理的安全性を感じさせているかどうかはとても重要な問題なのだ。心理的安全性を感じている子供は、自分の人生に積極的になれたり、自尊心を高く保つことができることが研究からも分かっている。
 
逆に心理的安全性を感じていない子供は行動が消極的になり、自分の言動に自信を持つことが難しくなる。これはメンタルの強さ(レジリエンス)にも影響を及ぼし、人生で強いストレスを感じることがあったとしても「自分は大丈夫」と思うことができるようになるのだ。
 
父親が5年前に他界してしまったため、具体的になぜこのような教育方針を持つようになったのか詳しく知ることはできない。ただ、いま自分が親として自分の子供には同じようにしてあげたほうが良いのではないかと考えている。
 
娘はいま3歳でYoutubeが大好きで、暇さえあれば見ているので「本当に子供の自主性に任せておてい良いのかな?」とちょっと不安に思う気持ちは正直ある(笑)
しかし、子供がこれから生きる社会は、私が子供のころとは全く違う環境なので、私の物差しで娘の人生を測ってはきっとダメなのだろう。
 
もちろん苦労することもあるかもしれないが、それはきっと彼女がもっと大人になったときに自分で評価すればいいのだと思う。いまは子供を信じてじっと見守っていきたい。
 
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
佐藤謙介(READING LIFE編集部公認ライター)

静岡県生まれ。鎌倉市在住。
大手人材ビジネス会社でマネジメントの仕事に就いた後、独立起業。しかし大失敗し無一文に。その後友人から誘われた障害者支援の仕事をする中で、今の社会にある不平等さに疑問を持ち、自ら「日本の障害者雇用の成功モデルを作る」ために特例子会社に転職。350名以上の障害者の雇用を創出する中でマネジメント手法の開発やテクノロジーを使った仕事の創出を行う。現在は企業に対して障害者雇用のコンサルティングや講演を行いながらコーチとして個人の自己変革のためにコーチングを行っている。

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2021-06-28 | Posted in 週刊READING LIFE vol.132

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