女としての魅力を、カレーをかきこむ女が教えてくれた《週刊READING LIFE vol.136「好きな男・好きな女」》
2021/07/26/公開
記事:スミ咖(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
過去付き合った男の特徴。過去に思いを巡らせる。といっても巡らせるほど恋愛経験はないのだけど。身長が高い、指が太くて、手が大きい、そして印象に残っているのは、よく食べるということだ。とにかくよく食べる。どんな店に行こうか楽しみにして店を探している。とか、私が作っているのを横からじっと見ている。とか食べる前から、食べることを想像してワクワクしている。そしていざ食べている時間、彼らは、食事に集中していた。食べるというより、かきこむ。そんな表現が正しい。「うまいな~」といいながら、一心不乱に食べている姿はきもちがいい。そして、自分よりも食べる量が多いのは、彼らが男性なんだ。女の私とは違う。男ということを強く意識させた。よく食べ、きもちよさそうにしている。そんな男のことを、人間としていい人という好きではなく、男性としての好きだった。
勢いよく食べることに、男性性を感じる。それが女性となるとどうだろうか。女性性……。
今は、色んなタイプの女性が世の中に出てきているから、イメージする女性性は増えてきていることだろう。その中で、よりイメージとして挙がるのは、おしとやかとか、やさしいとか、おだやか。突き詰めていくところ、男性にはないやわらかい印象。これが女性性と思われることが多いのかもしれない。
夜1人で牛丼屋に入り、かきこむように大盛りをたいらげる。こうした潔さは爽快ではあるが、女性性という点では、ちょっとイメージが違うのかもしれない。勇ましいその姿が、男性性を感じさせる。そして1人で満足気に食べているというと姿は、独立していることを想像させる。自分で何でもできる。男性の力なんて借りなくても、生きていけそうな気がする。
恋愛において男性の存在がなくても生きていけそうと思われるのは、足かせになると思っていた。俺なんかいなくても生きていけるでしょ。と言われるような気がしていた。
しかし、そんなことを気にする必要なんかない。自分の好きなようにして、好きなように振る舞う姿は魅力的だ。そのことを教えてくれた女がいた。
私は一瞬で彼女に惚れた。
彼女はスパイスカレー屋に颯爽と現れた。
休日の昼下がり。世の中が休みのわくわく感に包まれている。コロナ禍のものものしい雰囲気ではあるが、少しずつ日常を取り戻す気配があるのか、飲食店の前には少しばかりの人だかりが出来ていた。このカレー屋さんはこのあたりではちょっとした人気店のようで、並んでいるお店の中で人が際立って多かった。
以前から気になっていたお店。なかなか行く機会がなかった。今日はここのカレーが食べたい。全国のカレー屋さんを巡り、Instagramでは常にカレー屋さんを検索している。そんなカレー好きな私にとって、有名店は気になる存在だ。列に並んで、メニューをじっと眺める。そこはインドスタイルの店だった。スパイスカレーにいろんな種類があって、主食を米にしているカレーもあれば、ナンで食べるカレーもある。インド、スリランカ国によって、盛り付け方や、入っている具材が違う。その店は、南インドスタイルの店だった。銀色の平皿に、小さい器が並ぶ。その中に数種類のカレーや野菜のおかずが入っている。
カップルや、友達同士で並んでいる中、1人でいるということに若干たじろいだ。しかし、カレー愛がそのきもちを上回った。列に並んでいる間メニューをじっと見る。ランチセットの種類が多い。1種類? あいがけ? チキン付き? そしてメインのカレーの種類が10種類以上。こんなに選べるのか……。種類の多さもだが、それ以上にびっくりしたのが、食べ方についてだ。その店が提供している南インドカレーをどう食べていくのがいいかということが丁寧に書かれていた。まず米でドテを作る。その中にカレーを入れる。野菜を食べるタイミングは……と続く。A4いっぱいの文字が並んでいた。初めてだから、よく分からず、じっと読んだ。理解しようと必死だった。せっかく食べるのだから、正しい方法で、おいしく食べたい。
やっと着席することができた。食べ方を熟読していたのだが、やはりよく分からず、混乱したまま、待つ間もしばらく食べ方についての勉強は終わらなかった。
そんな時白Tシャツを着た、スラっとした女性が1人で入ってきた。彼女は席に着くなり、メニューを開き、一目すると、店員に声を掛ける。「ランチセット、サラダをヨーグルトに変更で。オススメとチキンカレーで。あとウールガイください」長年使ってきた呪文をさらさら唱えるみたいだ。迷いや不慣れさが一切ない。並んでいる間に何セットにするか、選んだら選んだで、どのカレーの組み合わせにしようかと考えをぐるぐる巡らせていた自分とは大違いだ。即決の潔さ。そして自分が食べたいものに正直であること。そんなしっかりした女性。かっこいい。食べ方の説明書きを読むのを一瞬忘れて、彼女を見ていた。彼女の振る舞いに惹かれたのと同時に、彼女が最後言った”ウールガイ”というのが気になった。メニューにも書いていない。これは一体なんなんだ。他のお客さんを見て分かった。数種類の漬け物と自分でかけるスパイスのセットのことだと分かった。あえて店員さんにお願いしないと出てこない物をサラッと注文出来るということが、彼女がこの店に来慣れていることを感じさせた。
彼女を見入った後、自分が注文したカレーをいかにおいしく食べるかということに意識を戻した。そしていよいよ運ばれてきた。皿からふわっとスパイスの香りがする。湯気がゆらゆらして、温かさを感じる。銀色の皿に盛られたカレーは、インドの雰囲気をより感じさせた。香りを楽しんだら、まずは写真撮影。真上、斜め、アップといろんなアングルで、どう撮ればカレーの1番の良さを伝えられるか。見つめながら撮影した。アングルを考えて、カレーを何回も回転させたり、自分が動いてみたり。1人でそんなことをしていることは、ちょっと恥ずかしいような気もする。あまりに必死になりすぎるのは気が引けた。
撮影しながら、目の端にちらっと先ほどの彼女の姿が見えた。ちょうど彼女の前にカレーが運ばれたきたところだった。店員さんに「ありがと」とうつむき加減にさらっと挨拶し、皿を受け取る。肩まで伸びた長い髪をザっとかき上げ、頭の高い位置で束ねる。スプーンを手に取ると、カレーをドバっとごはんにかけた。ん!? 紙に書いてある食べ方と違う。かけたら大きな一口で食べ始める。まだ口に入っている状態で、次のカレーをごはんにかけた。口を動かす以外の無駄のない動き。食べるというか、かきこんでいる。その集中具合は、職人がモノづくりに打ち込んでいるような、殺気すらもを感じさせた。すると今度はヨーグルト、さっき頼んだ漬け物もかけて混ぜる。次から次へと滞りなく、流れるような手つきでカレーを食べ進める。1つのつまずきもなく、食べる様子は、1回倒れたドミノが流れよく倒れるみたいなきもちいい。
私がどう食べようか紙を見ながら、1種類ずつドテを作って、次に野菜を入れて、たまにヨーグルトもかけて。とのんびりしている間に、彼女はあっという間にたいらげてしまった。ティッシュで強めに口を拭う。束ねていた髪をほどき、手ぐしでおおまかに髪を整える。大きなカバンを肩にかけると、立ち上がり、会計を済ませて颯爽と出ていった。
彼女にこころの中で手を振り、見送った。自分の皿に半分以上あるカレーを食べ進めた。再び食べ方の説明を見ながら。時間はかかったけど、漬け物やヨーグルトをかけるという普段体験したことのない食べ方が楽しかった。そしてやっぱり、スパイスの香りに包まれたカレーはおいしい。
気になっていたカレーを十分に味わい、しばらくぼーっと座っていた。大好きなカレーが自分のおなかに満ちている。なんのスパイスが入っていたんだろう。漬け物を添えるのもおもしろい。そうした思いを巡らせながら、あの女の姿も思い出していた。
彼女が人目を気にせず、カレー屋で1人で食事をする。誰になんと思われようと気にしている様子は一切ない。食べるというより、かきこむ。そんな勢いのよさは、男性が食べている時に感じさせるような、力強さがあった。そして、何も迷わずメニューを決め、食事に集中したら、サッと出ていく。あれこれ考えず、自分がしたいことをして、ムダな動きが全くない姿から、仕事もテキパキこなすんだろうな。いわゆるデキる女なんだろう。
彼女の振る舞いは、やわらかい、おだやか、というふんわりとした女性性とは違う。だけどカレーを勢いよく、満足気にたいらげて、風のように店を後にした彼女が魅力的なのは、自分がしたいようにすることを自分自身が楽しい、きもちいいと感じているような気がした。ついつい気にしがちな、人にどう思われるかということはしなくていい。自分の思うままに振る舞っていい。
いつもおだやかで、おしとやかで……女性らしくいる。自分が女性であるということを意識するあまり、そうしていなければならない。というしがらみになっていた。それを彼女が解き放ってくれた。潔い、スッキリした姿はかっこいいではないか。自分がしたいように振る舞い、ありのままでいる姿は、その人らしさが出ている。その人自体に惹かれる。勢いよくカレーをかきこみ、食事を終えるとテキパキと次の行動に移している姿は、かっこよかった。凛とした姿も女性ならではのものなのかもしれない。
人目を気にせず、凛とした彼女の姿に私がすっかり惚れてしまった。そしてありのままでいることが出来ない自分は、その姿を見て、勇気をもらった。
今日も私は大好きなスパイスカレーを、思うままに食べる。
自分が大好きなんだから、これでいい。これがいい。
1人で店に行ったっていい。カレーに向き合って、味わいながら食べるのが好きなんだから。写真を撮るのに集中しすぎて、携帯をいろんな角度に傾けて、必死になっていてもいい。どの角度がカレーの魅力を1番に伝えられるかに真剣になりたいんだから。
自分がおもうままに振る舞う。それはカレーを食べて、汗をかく。そんな爽快感がある。
そしてそんな姿に勇気づけられたり、きもちいいなと感じてくれている人がいるかもしれない。そう思うと自分に、思うままにしていいよ! とエールを送ってもらっているような気がする。
大好きなカレーに満足出来たのと同じくらい、うれしかった。
ありのままで振る舞う彼女に出逢ったことが。
好きな女。人目を気にせず、一心不乱にカレーをかきこんで、たいらげる女。
大好きなカレーが大好きな女と引き合わせ、勇気と爽快感をくれた。
私もそんな女になって、誰かが勇気を出す為の存在になれたらいいなと思っている。
□ライターズプロフィール
柴川 澄香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
スパイスカレーに魅了され、スパイスカレー部を発足。月に1回カレー部としてお店を訪問。全国のお店を開拓したい。カレーの為に移動した総距離、約1000km。ライティングを通して、大好きなカレーのお店を発信したい。カレーのおいしさを伝えられる文章を書けるようになるのが夢。
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