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週刊READING LIFE vol.138

方向音痴の道先案内人と旅人たちの物語《週刊READING LIFE vol.138「このネタだったら誰にも負けない!」》


2021/08/09/公開
記事:緒方愛実(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
数年前の冬、私は冷や汗をかいていた。
 
なんでこんなことになった?
 
福岡市の中心都市、天神のとあるバス停の前、私は数人の中国人の方に囲まれていた。彼女たちは、私の友達ではない。完全なる初対面であった。だが、熱心に私に話しかけている。
「アノ、スイマセン、ココニ、イキタイノデスガ?」
「は、はい?」
彼女がおずおずと差し出したスマートフォン。その画面が漢字、中国語でびっしり埋め尽くされていた。
どうやら、彼女たちは、中国からのお客様で、福岡に観光に来てくれたのだ。福岡は、大昔から、海の玄関口としてアジア諸国との外交に積極的に開かれてきた。韓国は、なんと高速船に乗れば、2時間ほどで上陸することができる。また、海も山も電化製品や化粧品が買える大型商業施設も豊富なホットスポットのため、特に中国の方々からは熱い視線をいただいていた。47もある都道府県から、我ら福岡を選んでくれたのだ、なんとか、彼女たちの思いに応えたい。
「ワカリマスカ?」
「お、OK!」
彼女の美しく整えられた眉が悲しそうに下がっているが、私の太眉も同じくくらい下がっている。背中は冷や汗で冷たくなってきた。
必死に漢字の海に視線を走らせる。そして見つけた一つの単語「福岡塔」。
「あ、福岡タワー?」
「Yes! フクオカタワー」
女性の顔がパッと明るくなった。私は、「ちょっと待ってね!」と片言の英語を言いつつ、自分のスマートフォンを操り、西鉄バスの時刻表を表示させる。
幸いなことに、福岡タワーへ直行するバスがもうすぐバス停に来ることがわかった。
「このバスに乗ってください、そうしたら、福岡タワーに行けますから!」
「謝謝! トテモ、タスカリマシタ」
「いいえ、旅を楽しんで!」
「アリガトウゴザイマス!」
片言の英語と日本語で別れを告げる。彼女たちはニコニコと何度も深く頭を下げてくれた。
お互いに姿が見えなくなるまで手を振りあう。そして、私はガックリと肩を落とした。
「よ、良かった!」
疲れがドッと押し寄せる。そして、思う。
 
なんで、私なんだ?
 
実は、その時、私以外に何人も日本人がいたのだ。だが、彼女たちは、ピンポイントで私に助けを求めたのだった。
そして、これは一度や二度ではない。
外国からのお客様に幾度となく道を聞かれる。三日の内に二組に話しかけられるということまであった。
私は、他の一般の日本人の方と同じく、義務教育で英語の基礎は習得している。だが、あまり巧みには英語は操れない。それはまぁ、気合でなんとかするので、問題はない。
案内人としてのある欠陥が私にはあるのだ。
 
私は、方向音痴だ。しかも、極度の。
「Google Mapやゼンリン地図がなければ、私は一人では、一歩も家から出られなかっただろう」と力説したい。
だが、文明の力があっても、ダメな時はダメだ。印刷したアナログの地図も、画面上のGoogle Mapも、手でくるくるとお皿を拭くように回す。
冗談ではなく、本当に、自分がどこに立っているのか、わからないのだ。地図を回すのが悪手であるとわかりつつも、パニックになってくるくると手の中で回す。
 
なのに、そんな人間に、異邦人の方々は尋ねるのだ。十代の時は、人見知りでもあったので、うつむいてバスを待っていた。が、そんなこと関係ない。
肩をポンポンと叩かれる。
顔を上げると、にこやかな青年、とその背後には恐らくご家族が並んでいた。直感で韓国人であると気がついた。
「すいません、ここに行きたいのです。教えてくれますか?」
韓国の方は、日本語が流暢な方が多い。勉強熱心でフレンドリーな気質だ。
私は慌てて、うなずく。観光マップを確認し、顔を上げる。
「歩くと少し遠いです。この100円バスに乗ってください」
「そうですか、ありがとうございます!」
彼が振り向き、家族に韓国語で伝える。すると、お母さんらしき人がカバンから日本製の飴が入った袋を私に差し出した。
「これをどうぞあなたに、と母が言っています」
彼が通訳する。
私は、慌てて首を横に振った。
「お土産で買ったのでしょう? そんな大事なものをもらえません」
すると、お母さんはニコニコと私に袋を差し出す。
「とても助かったので、ぜひもらってください」
通訳する彼とご家族の笑顔、そして飴を見比べる。彼らの感謝の気持ちを無下にしてはいけない気がした。私は、表彰状を受け取る卒業生のように、両手で受け取った。
「あ、ありがとうございます」
目当てのバスが、バス停前に滑り込んで来た。バスに乗る直前、青年が私の手を両手で握り深く頭を下げた。
「あなたがしてくれた、私達への親切は忘れません。本当にありがとうございます!」
「い、いえ、そんな! 福岡の旅を楽しんでください」
ご家族のみなさんも笑顔で頭を下げながら、バスに乗って行く。
「アリガトウゴザイマス!」
「カムサハムニダ!」
「お、お気をつけて!」
私は彼らに手を振った。バスを待っている人々の視線を集めていて、気恥ずかしかったが、心がほっこりした。
 
そして、別の日。
「お姉さ~ん、ちょっとええ?」
「へ?」
会社帰り、一人で歩いていたら、前方から来たご婦人二人組みに声をかけられた。ビビットなカラーのお召し物、パーマをあしらった長い髪、そして関西弁。間違いなく、大阪マダムである。
「あんな~、ここのホテル行きたいんやけど、行き方がわからへんねん!」
「そうなん、助けて~!」
私は、彼女たちの迫力に驚きつつ、カクカクとうなずきなから自分のスマートフォンを取り出す。
「今、ここにいます。ホテルはここで。この道をまーっすぐ行ってください。お寺が見えたら左に曲がればたどり着きます」
「ふんふん、なるほどな!」
自分の説明力が心配で、途中まで一緒に歩く。別れ際、マダムの一人がスパンコールが眩しいバッグの中に手を突っ込んで何かを探している。
「お姉さん、めっちゃ親切で、やさしいなぁ。感謝のアメちゃんあげたかったけどないわぁ~! あんた持ってへん?」
「や~ん、あたしもない~!」
私は笑いながら首を振る。
「大丈夫です! 福岡を楽しんでくれたらそれで十分ですから」
「ほんま、やさし~な~! ありがとねぇ」
「きっとええ事あるよ、ありがとねぇ!」
日本人から熱い握手を交わされたのは、はじめてだった。大きく手を振るマダムたちを見送りながら「本当に大阪の人って、アメちゃん常備してるんだ」と、勝手に感動していた。
 
なんで、私なんだ?
 
毎回そう思う。道を歩くと、国内外の人々に道を聞かれてしまう。はじめは、人見知りでもあるし、方向音痴でもあるので、挙動不審になるばかりだった。だが、何度も遭遇する内、慣れてきた自分がいる。
うまく伝えられる自信がない時は、こう叫ぶ。
「Follow me! (私についてきて!)」
口頭英語として、正しい表現なのかはわからないが、とりあえず、これを言うとみなさんホッとした顔をしてくれるので良しとする。
 
よくわからないけれど、身なり的に地元民に見えるから話しかけられるのだろな。
 
そう、自分を納得させ、福岡で道先案内人役をしていた。だが、その認識が覆されることが起こった。
福岡から遠く離れた、ドイツでのことだ。
 
私は、オタク趣味が極まり、大好きな漫画のキャラクターのルーツであるドイツにお熱だった。その狂気じみた愛は、完璧主義の私を揺り動かし、ドイツ文化オタクへと急成長させた。文化・歴史の知識だけでなく、ドイツ語も数年の内に修得した。まだまだ拙いけれど、一人旅するには十分な語学力だった。
その日も、一人、ドイツへと降り立ち、電車を乗り継ぎ、目当てのお城へと向かっていた時だった。
盗難防止のため、リュックを胸に大事に抱え、駅のベンチに座っていた。田舎であっても、見どころは満載だ。自生している植物、家の材質も日本とは違う。何を見ても楽しくて、私は、鼻歌交じりに景色を眺めていた。
「あの、すいません」
たどたどしいドイツ語で突然話しかけられた。顔を上げると、ヒジャブ、頭に布をまく、中東の民族衣装をまとった女性が所在なさげに立っていた。手には黒い乳母車と、その中に2歳くらいの坊やがいて、くりくりお目めで私を見つめている。
「あの、次来る電車は、Aまで行きますか?」
「へ?」
「私、はじめてAに行くのだけれど、わからないの」
 
えーーーー!? 私もそうですよ!!
 
私は心の中で絶叫した。
目と口を丸く開けて硬直する私を見て、彼女がさらに眉を下げる。
驚きつつも、私は頭を必死に回転させた。
もしかしたら、彼女は移民なのではないか、と。
ドイツは、他のヨーロッパ諸国に比べて移民の受け入れに寛容な国だ。差別などの問題がないわけではないが、多くの移民の方々が暮らしている。
私も異邦人だ、見知らぬ国に滞在することの不安は、痛いほどわかる。そして、彼女は小さな子どもを連れている。
私に声をかけるのも勇気がいったはずだ。
視線を巡らせると、他にもドイツ人らしき人々が数人立っている。その中から、私を選んでくれたのだ。
ここで、一肌脱がなければ、道先案内人として失格だ。
私は、リュックを抱え直し立ち上がった。
「私についてきて!」
彼女が小さくうなずき、私の後を追う。駅のルート図を二人で見上げる。
「A駅は……、あ、大丈夫行きますよ! ちょうど私もこの電車に乗ります、途中まで一緒に行きましょう!」
曇っていた彼女の顔が、太陽のように明るくなる。
「あぁ、ありがとうございます!」
電車の中、隣り合って座り、お互いに片言のドイツ語と英語で会話をする。彼女は友人に会いに行くのだそうだ。乳母車の坊っちゃんも懐いてくれて、なぜか握手をせがまれ、三人で笑った。
電車がA駅に滑り込む。彼女が立ち上がり、深く頭を下げる。
「ありがとうございます、なんとお礼を言ったらいいか」
「いいんです! 良い週末を」
「ええ、あなたも。良い旅を!」
ホームから、私を見送ってくれる親子に手を振り、私は自分の目的地に向かった。
ホッと肩の力を抜く。旅に慣れているとはいえ、私も一人旅が不安だったのかもしれない。
どうか、彼女たちがこの土地で、幸せな時間を過ごせますように。
私も、最後まで気を抜かず、旅を楽しもう。
気持ちを新たに、私は、リュックを背負い、駅に降り立った。
 
「まなみさんは“白い世界の橋渡し”の属性よ」
それから数年後、私は『マヤ暦』というものに出会った。260のパターンで人々の性質・能力を分け、属性それぞれの人々が抱える悩みや得意なことをアドバイスするという、占いとパーソナルトレーニングをミックスしたもののことだ。
例えば、“青い鷲”の方は状況把握が得意、“黄色い戦士”の方だと挑戦することでより道が開けるなど、それぞれ属性に名前がつき、アドバイスが異なる。
「“白い世界の橋渡し”?」
聞き慣れない言葉に私は首を傾げた。アドバイザーさん、後に師匠となる女性はうなずいた。
「“白い世界の橋渡し”の人は、情報などを集めて、人と人、人と物を繋ぐのが使命であり、能力なの。有益な情報を無意識に集めて、それを人々に与えることによって、手助けするのよ」
私は思わず、声を上げて笑ってしまった。この属性の人の周りには人が集まって来る、人を惹き付けるオーラを発しているそうだ。
「あはは、それ、まんま私のことじゃないですか!」
彼女とは初対面であったが、示される事柄が見事に私の気質に当てはまる。野心家で海外に飛び出してしまうこと、人や物事を分析するのが好きなこと、他にも気がついていなかった自分の本質が浮き彫りになっていった。
 
そして、心理学的にも同様のことが判明した。
ここ数年、話題になっている『HSP』という気質との出会いだ。正式名称『Highly Sensitive Person(ハイリー・センシティブ・パーソン)』の人は、五感に優れ、一般の人々より感受性がとても強い。場の空気を読みすぎてストレスを感じやすい反面、他者の痛みをまるで当事者のように感じ取り寄り添うことができる、繊細でやさしい気質の人々だ。精神分析の結果、私も『HSP』なのだという。関係書籍、専門家の話を聴く内、あることがわかった。
『HSP』の人は、その性質上、人に慕われやすく、声をかけられやすい。驚くことに、私のように、見知らぬ人や、旅人などに道を聞かれることを幾度となく体験した人が多いのだそうだ。
他者が無意識に、「あの人はやさしそうだ、きっと寄り添って応えてくれる」と感じ取り、助けを求めて集まるのだという。
科学的な目に見える物質が出ているのかどうか、立証したわけではない。
だが、偶然、というには事実が揃っているのだ。
 
そんなことってあるの!?
 
スピリチュアルな方面、心理学的な方面から、証明されてしまったのだ。もう、認めるしかない。
迷える人々に手を差し伸べていたのは私だった。
なんでも聞いて、私を頼って!
無意識に私は、そう、みんなに語りかけてきたのだ。
 
それが、私の与えられた能力で、ミッションなら、完璧主義な私は全力で対応するしかない。
怖気づくのはやめて、よろこんで人々の手をとり、先を歩いて行こう。
今は、旅人と出会う機会も、私自身外出することも減ってしまったけれど、世の中が平穏になったら、外へ行こう。
私の行く先々に、私の力を必要とする人々が待っている、はず。
手にはGoogle Mapのアプリ搭載のスマートフォンを握りしめて。くるくる回すのはご愛嬌だ。
絶対あなたを目的に連れて行ってみせるから、どうか安心して。
 
さぁ、私についてきて!
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
緒方 愛実(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県出身。カメラ、ドイツ語、タロット占い、マヤ暦アドバイザーなどの多彩な特技・資格を持つ「よろず屋フォト・ライター」。極度の方向音痴の反面、一人で見知らぬ土地や路地裏に探索に行くのが好きな無鉄砲な冒険家。貪欲な好奇心とハプニング体質を武器に、笑顔と癒しを届けることをよろこびに活動している。

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2021-08-09 | Posted in 週刊READING LIFE vol.138

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