週刊READING LIFE vol.138

私だけが知っている作家の素顔《週刊READING LIFE vol.138「このネタだったら誰にも負けない!」》

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2021/08/09/公開
記事:Risa(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
好きな作家を思い浮かべてほしい。
その作家はあなたにとって、とてつもなく偉大な人かもしれない。
 
人はなにかしらの理想を自分の推しには重ねるものだから、偉大だと思うのも当然だ。でも、たぶんあなたが好きな作家はそんなに偉大ではないかもしれない。きっと、そこそこたくさんの間違いを犯している。
 
私は仕事で校正・校閲をしている。出版前の原稿を読んで、「人前に出しても恥ずかしくない」ものになるようにコメントを書き込んでいく仕事だ。「校閲ガール」というドラマを見て知っている人もいるかもしれない。校正と校閲は厳密には違うのだけど、ここではまとめて校正、校正者と呼ぶことにする。
 
職場では、まさに一日中原稿を読んでいる。本好きにはたまらない仕事だ。
 
もちろんただ読むだけではなく、何らかの間違いがあることを前提に読むので、誤字脱字に注意を払うし、メモも必要に応じてとっていく。疑問に思ったことは直接鉛筆か赤色のフリクションで書き込んでいく。
 
その作業自体、私には楽しいのだけど、一番心が浮き立つのはこの仕事をするまで知らなかった作者の一面を見られることだろう。まだ始めて日が浅いのだけど、小説家の生態の一面、特に原稿に現れる部分には詳しいのではないかと自負している。
 
ちょうど校正者として働いて数か月が経っただろうか。これまで数々のラノベ、新書、文庫本の原稿を見てきた。
 
知名度の高い作家のものもたまに担当する。芥川賞作家の小説もいくつか読んだ。先輩が私の仕事をチェックして加筆修正した上で原稿は編集者や作家の元に戻るので、そこのところは安心してほしい。
 
普通に本を手にとってさらっと読むだけではなかなか気づかないけれど、意外と本の中に間違いはたくさんあるものだ。仕事では一日中、じっくり一字ずつ追って読んでいく。メモをとって時系列をしっかりと記録してたびたび見直す。月日が移るにつれて年齢も正しく変わっているかも確かめながら読むが、たいていどこか違っている。特に数字は間違いが生じやすい。
 
主人公の年齢がはじめは25才だったのが、気づいたら「3年後は26才か」なんてつぶやいていたりするし、次の章では実の親が「うちの子供は24才で」なんて話し出す。
 
どういう設定なのかと驚きつつ、どこを変えたら最小限の直しでうまくおさまるかを考える。
 
60代の男性が書いたものでは、女性のファッションが少し「違う」ことがあった。そんな服装しないよ、と思いつつ「おじさんにファッション指導をするなんてなんの因果だ」と躊躇した。
 
でも、仕事なので、やった。ファッションの画像をネットで探してプリントアウトして、実際はこんな格好をしています、ご参考までに、という体で添付した。
 
「こんなことはもう半年もつづいている」なんて表現があれば要チェックだ。「こんなこと」が始まった時の日付と「半年もつづいている」と言っている時点の日付を、いろんな箇所から探りあてて、本当に「半年」なのかを確認するのだ。こういう場合、少なく見積もっても10回に1回は違っていて、正しいであろう数字を提案することになる。作家先生はみんなこんなミスをしている。
 
もちろん、こういう設定上のささいなミスはごくわずかだ。
読んでいる時間の大半は、こんな大作のプロットを考えてこの量を書き上げたこと、スムーズに読めるいい文章を書くことに尊敬の念を抱かざるをえない。
 
女性のファッションには疎い60代のあの作家は、さすがベテランだけあって、あらゆる読者の心をつかむことにたけている。一つの小説のなかに軍事や政治の話題が出てくれば、恋愛・エロもちらっと顔をのぞかせる。さらには、はしばしで風光明媚な光景の描写が現れたりと、読者を飽きさせない工夫が随所に見られる。
 
校正者が見つけるミスは、こういう大枠の中の、ごく些細なものにすぎない。大筋にはたいして影響はないけど、注意深い読者だったら気づくかもしれないし、ないに越したことはないので、出版前に見つけることになっている。
 
もし、間違いを背負ったまま本が出版された場合でも、こういう間違いはある時しれっと直っていたりする。その作家のファンであってもよほど注意して読まなければわからないくらいしれっとこっそりと。
 
それは、雑誌の連載記事が単行本化されるタイミングでかもしれないし、単行本が文庫化されるにあたって、改めて校正者のチェックが入る時かもしれない。文庫本が別の出版社から出る時も間違いが発見されうる機会だ。編集者の判断で校正者が動員されると、数々の間違いが見つかるだろう。
 
著者は自分でも校正をする。いわゆる著者校だ。そして、自分の元にやってきた校正者のコメント入りの原稿を見て、直しを受け入れるかどうか、受け入れる場合はどのような形で本文に反映させるかを判断する。
 
こんなふうにして、同じ本でも月日を重ねるうちに中身はかわっていく。作者が生きている限り。
 
60代の男性にファッション指導を心ならずもしてみた場合でも、結果的にそうだった。たしかもとは雑誌に連載されていた小説だった。私が担当したのは単行本化にあたっての校正だった。
 
私の校正の後、本は無事に出版された。気づいたら職場にあったので休み時間に見てみた。
 
真っ先に探したのは、あの服装のところだった。驚いたことに、私のコメントを受けて、しっかりと直してあり、誰が読んでも違和感を感じない女性のファッションになっていた。
 
思わず笑ってしまった。ずっと年下のこんな小娘の校正者の意見を、すでに多くの本を出しているベテラン作家が素直に受け入れたことがなんだかおかしかった。
 
さんざん迷ったけど書いてみてよかったと思い、若者からの指摘を受け入れた作家の度量、懐の広さにも感心した。
 
きっと、はじめから完全で完璧な作品を書ける人なんていないのでは、と思う。
作家業というのは、一人でコツコツ書いているように見えて、いろんな人との関わりの上に成り立っている仕事なのだ。
 
私は校正というほんの一端に携わっているにすぎないけれど、校正面しか知らないのだけれど、そう思うのだ。
 
一人ですべてをこなさなくてもよい。
 
プロットは少々不完全でもよい。完全なプロットにしてから書き始めるよりも、とりあえず最後まで書きあげるほうが大事。
主人公の年が途中で違ってしまってもいい。5歳までの違いだったら、校正者がなんとか調整するから(それ以上の差が出てきたら、さすがに大丈夫かなと心配になるけど)。それよりもなによりも、自分なりのメッセージを込めて面白い構成で書き上げる方がいい。
自分のよく知らない層の人の服装を正確に描写できなくても大丈夫。気づいた人がきっと教えてくれるから。
 
そんな細かい些細なことを気にしなくてもいい。そこらへんは調整する役割の人がいるから。ちょうど校正者という名の職業があるのだから、任せてしまえばいい。大丈夫、ちゃんとお給料もらっているから丁寧にしっかり読んでいく。あなたの担当の編集者がきちんと手配しているから心配しないで、安心して校正者に原稿を預けて。
 
それよりも、なによりも、自分で完全な仕事を仕上げてしまうという不可能なことに力を注ぐよりも大事なのは、他者の助けを受け入れることだ。人なんだから、間違いがあって当然。へんなプライドは捨てて、さっさと助けてもらう方がいい。
 
校正者からのコメントを読んで吟味する。自分の原稿をよりよくするために参考にする。
そっちの方が大切だ。
 
作家業はいろんな人の仕事を介して成り立つチーム戦ではないだろうか。みんな立場が違い、それぞれの役割を担っている。表に名前が出るのは作家だけど、その名前を支えている人は何人もいるのだ。それを受け入れられる人が本当の偉大な人なのかもしれない。
 
校正者としては、作家にどう思ってもらってもいい。チームの一員だとはいちいち思っていないし、仕事なのである程度割り切ってやっている。たとえ自分のコメントが作家からスルーされるとしても、書くべきことを見つけられたことを自分なりに喜ぶことはできる。でももし万が一、大作家の文章が自分のコメントによってよりよいものになるのならそれはとても嬉しいことだ。
 
あとがきに「本書の出版にかかわってくださった方々」への謝辞があるのも本当に嬉しい。もしかしてこの人ははっきりと書いてはいないけど、あらゆる人員を手配した編集者はもちろんのこと、誤字脱字を発見した校正者や、原稿を印刷した印刷所の人、はたまた原稿をあっちにこっちに運んでくれる配達の人たちのことも念頭にあるのかな、なんて想像する。そして、その中に自分の仕事も含まれているといいな、とこっそり思うのだ。
 
もしかして自分が書き込んだことへの何らかの思いが作者の書いた謝辞の中に入っているのだとしたら、作家業というチーム戦に縁あって陰ながら加わった者として、良かったな、と思う。そして、作者がありがとうと感じて、言葉に表してくれた一連の経緯や心意気にもなんだかほんわかするのだ。
 
 
 
 

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2021-08-09 | Posted in 週刊READING LIFE vol.138

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