週刊READING LIFE vol.140

夏の終わりはサイレンと共に《週刊READING LIFE vol.140「夏の終わり」》

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2021/08/23/公開
記事:赤羽かなえ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
広島の夏の終わりは、サイレンと共にやって来る。
 
8月6日8時15分に街中に響き渡る物々しい音は、年に一回、広島の地をヒロシマに戻す合図だ。
 
地元の人は、その日をハチロク、と呼ぶ。
 
広島にやってきた14年前、街中にある専門学校に通っていた私は、ハチロクの当日に自転車で平和記念公園を横切ってひどく驚いたのだ。
 
物々しい警備の人。
声高に何かを叫ぶ街宣車。
めいめいの服装をしたグループ。
楽器を持った団体。
そして、沢山のデモに向かう人々……
 
とにかく、てんでバラバラで雑多なグループがその場に集まっていた。
 
原爆ドームで何が起こったんだろうか。
 
私には、まったく理由がわからなくて、前日とは全く違うパラレルワールドに移行してしまったのではないかというくらい、心もとない気持ちで自転車を走らせたことを鮮明に思い出す。
 
その後、学校について、あれはどういうことなのか、クラスメイトに問おうとしたときに、不意にその時が訪れた。
 
けたたましいサイレン音が鳴り出し、ますます大混乱した私の横で、クラスメイト達が一斉に黙とうしたのだ。
 
ちょうど時計は8時15分を指していた。
 
ああ、今日は8月6日なのか。ようやくすべての光景に合点がいったのだった。
 
そして、祈りが日常の8月6日の光景に溶け込めていないのは、よそ者の私だけなのだ、ということを自覚したのだ。
 
あとで友人たちに話を聞くと、8月6日のちぐはぐで物々しい光景は毎年のことなのだそうだ。むしろ、近年ではだいぶ丸くなったものだよね、友人たちは口々に色々と話してくれた。
 
広島の小学生は、8月6日が登校日でその日は必ず平和について考える時間が設けられていること。自分達が小学生の時には、証言や映像も生々しく、夢に出てきそうなほど怖かったこと。今でもハチロクは登校日だけど、保護者からの要望で内容はマイルドになっているのではないか、ということ。
 
「とにかく、昔の原爆資料館なんて怖くて見ていられなかったよね」
「そうそう、目があったら夢に出そうだった」
「私、高2の時に資料館に修学旅行で行ったけど、確かに怖かったよ」
「あまーい!」
その場にいる地元っ子が一斉に首を振る。
「そのくらいの頃は、もう展示内容がだいぶ変えられているのよ、昔は、もっともっと怖かった」
 
そんな話を聞きながら思い出していた。
 
確かに関東でも平和教育というものはあって、夏になると戦争物の課題図書が何冊か提示された。『ガラスのうさぎ』だったり、『飛べ! 千羽づる』だったり。そのどの本を手にとっても、私には生々しすぎて息苦しくて、最後まで読み通すことができなかった。教科書に出てきた『ちいちゃんのかげおくり』の授業も早く終わってほしいと、心の中で祈り続けた。そのくらい、戦争のことがものすごく怖かった。
 
私がヒロシマのことを強く意識するようになったのは、小学校低学年の時だ。私が戦争に対して強い恐怖心を抱いているとは知らなかったであろう両親は、その当時住んでいた土地の近郊にあった丸木美術館に、私を連れていった。原爆の図で有名なご夫妻の美術館だ。当時そんなに背丈もなかった私にとって、業火に焼かれた人達の鬼気迫る巨大な絵があまりにも大迫力で逃げ出したという記憶がある。
 
戦時中を生き抜いていた人達が多かった幼少時は、戦争の重苦しい空気感や戦争はもう絶対にしちゃいけないという統一認識があったように思う。
 
けれど、ハチロクの朝の原爆ドームは、なんだか違和感のある光景だったのだ。
広島に住む地元の人達にとっては、生まれてからずっと身近に感じてきた出来事なんだろうけど、私にとっては疑問しか生まれなかった。
 
なぜ、広島のハチロクは、平和を願う雰囲気ではないのだろう?
 
毎年、関東のテレビで見てきた8月6日の広島は、とても静かで厳かな祈りの場だった。広島や長崎の原爆の日は祈りに包まれた日なのだ、ということをテレビは伝えていたはずだ。
 
でも、実際はそんなことは全くない。静かに祈っているのは、テレビカメラの近くのごく一部だ。見えないところでは目の前で警官とデモ隊は一触即発。人々は祈りとはかけ離れた主張を叫んでいる。
 
どうしてこんな風になるのだろう?
これが平和の体現の仕方なのか?
 
むしろ全く平和じゃないじゃないか。
平和を叫ぶくせに戦っているじゃないか。
 
平和ってなんなのだろうか?
 
初めて、ハチロクの広島の実態を見てから14年間、私は平和とは何なのか、ということをことあるごとに考えつづけている。
 
14年も考えるつもりはなかったけれど、いつしか、平和について考えることは自分の生き方を見つけることなのではないか、という風に思えるようになっていた。
 
考えつづけて、なんとなくまとまってきたのは、平和というのは、実は一方向のベクトルではないのではないのか、ということだ。
 
そう思うと、平和という大義名分のために戦っている人は意外と多いように思う。実際に、戦争は、どこかの国の平和を守るために行われていたりするものだ。色んな人が、平和という耳あたりの良い言葉を使えば、自分が剣を振りかざすことはなんとなく認められている。
 
勧善懲悪ものからアンパンマンまで、良いものと悪いものを二分する構図はごく普通の光景として認められている。
 
けれども、世の中の図式はこんなに単純ではない。
世の中で起こる争いは、どちらかが正義でどちらかが悪ではなく、自分の正義と相手の正義が戦っているのだ。どちらも正しいと思っているだけに両方とも引っ込みがつかず、争いはこじれている。物事が正しいか間違っているかなんて決めきれないから、どちらがより支持されているかということをベースに動いている。
 
しかも、世界の平和なんて大それたことを掲げているけれど、実際に蓋を開けば、自分の家族内の安定も図ることができていないなんてことは多々ある。家庭の平和も生み出せない人間は世界の平和なんて目指せるわけがない。
 
もしかすると、戦争をすること、しないことと、平和って全くの別問題なのかもしれない。
 
それでも、戦争と平和が結びついていることはきっと重要なのだ。
 
まだ、戦争の陰が色濃く残っていて、戦争の現実を分かっている世代が少しずつこの世を去り始めている。
 
戦争を経験しない世代に育てられた私達が子育てをする時代になり、戦争が怖いものだという情報しか伝えられない。実際に戦争の恐ろしさは、想像でしか体験していないからだ。
 
しかも、最近は、あまりにもリアルな戦争の記録を子供達が怖がるから、という理由で平和学習の内容を考慮する場合も多い。戦争のリアルさがどんどんと失われていくような気がしてならないのだ。
 
戦争への共感力がなくなってくると、戦争をしないという抑止力よりも、平和を保たなければならない、という考え方がとても重要になってくるのだろう。
 
では、どうしたら、平和が保たれるのだろうか。
 
最近、広島では、平和の表現方法が少しずつ変わってきたように思う。原爆ドームを眼下に見渡せるタワーができた。静かに立つ原爆ドームの横に川がゆったりと流れていく雄大な景色の美しさを、私は失いたくないと思う。
 
また、ハチロクの前後に、世界から平和と祈りを込めたミュージシャンが音楽を奏で、様々な芸術作品を展示するイベントが開かれるようになった。
 
ハチロクの怖さ、悲惨さに訴えるところから、今の世界の美しさ、平和であることのありがたさから、この世界をよりよくしたいと思っていけるような試みが増えてきた気がする。今後も色々な平和を体現するイベントが増えるといいなと思う。
 
夏の終わりに響き渡るサイレンの音を聞きながら、今年は妙に感慨深い気持ちになった。
 
平和記念公園の中を歩きながら、物々しい雰囲気よりも、色々なところで祈りをささげている人達が多く、私も一緒に手を合わせた。
 
みんなの心、一人一人の中に、それぞれを大切にするための平和の基準というものがあるのだろう、それをお互いに認め合えるような、そんな世界になりますように。
 
聖地が独り歩きして、平和を目指してお互いの合わないところを攻撃し合う、というのではなく、自分達一人一人の心の中で自分の平和を目指しながら、静かに祈り合うになりますように。
 
そして、どうか願わくば、8月6日は、広島という地に心をお寄せください。
他地域で、当日にニュースで扱う量がどんどん減って、忘れ去られてしまう、ということのないように。
 
そして、当日だけでも、自分にとって平和とは何か、ということを考える日であってほしいのです。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
赤羽かなえ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

自称広島市で二番目に忙しい主婦。人とモノと場所をつなぐストーリーテラーとして、自分が好きなものや人が点ではなく円に縁になるような活動を展開。2020年8月より天狼院で文章修行を開始し、身の上に起こったことをネタに切り取って昇華中。足湯につかったようにじわじわと温かく、心に残るような文章を目指しています。

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2021-08-23 | Posted in 週刊READING LIFE vol.140

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