チラシ配りが私に教えてくれたこと《週刊READING LIFE vol.140「夏の終わり」》
2021/08/23/公開
記事:深谷百合子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
真夏の炎天下、日傘をさしていても眩しく、アスファルトからの照り返しで暑い。顔中から汗がふきだし、マスクは汗で透き通ってしまうくらい濡れている。熱中症に気をつけながら、私はひたすら住宅街を歩き回っていた。
今年の夏、私は人生で初めて「ポスティング」をやっている。ポスティングとは、チラシを一軒一軒投函していくものだ。でも、つい1か月前までは、チラシを配ることなど考えてもいなかった。
毎日家のポストには、沢山のチラシやダイレクトメールが入っている。そのほとんどは今の自分には必要のない情報で、目を通すこともなくゴミ箱へ捨てている。自分にとって必要なことがあればインターネットを使って検索するし、毎日沢山のチラシを捨てるたびに、「今どきチラシ配りなんて意味があるのだろうか? もったいないな」と思っていた。
そんな「買い手」としての自分がいる一方で、私は今個人事業主として「売り手」の立場でもある。売り手としては、「集客」は大きな課題のひとつである。ネット全盛の時代にあって、SNS等を利用した集客など、集客の手段は増えているし、お金をかけずに広告宣伝できる機会も増えた。私も普段SNSを使って自分の商品を宣伝したりしている。
起業塾にいけば、SNSで集客するための方法、反応を上げるコツや、どのツールが効果的か等といったことを教えてくれる。そして、まずはそもそも自分を知ってもらうことが大切だから、日頃から情報発信をコツコツするように言われたりする。
そうは言っても、「ブログ1記事書くのに何時間もかかっちゃって、毎日更新なんて無理!」という人もいれば、「他に色々やることがあるから、発信ばかりやってられない」という人もいる。私も1日何度も投稿するとか、そういうのはできないクチである。
すると、何かを告知したとしても思うような反応を得るのはなかなか簡単ではない。「まぁそりゃそうだよね。届けたい人に届けていないんだから仕方ない」と反省するしかないのだが、じゃあ発信に力を入れるかというと、なかなか行動が伴わない自分がいた。
起業塾で学んでいた頃、先生からは「やれることを愚直にやることだ。集客の方法はSNSばかりではない。探せば方法はいくらでもある。口コミとかチラシとかもその内のひとつ。自分なら何ができるか、それを考えて動くこと」とアドバイスを受けたことがある。
「確かにその通りだけど、チラシかぁ。でも作っても配るところがないなぁ」とボンヤリ思っていた。
ちょうどその頃、私が始めたばかりの中国語の講座をモニターとして受けてくれていた友人がいた。その友人は中国の会社で一緒に働いていた元同僚で、当時はまだ中国に居た。
ある日、彼が私にこう提案をしてくれた。
「深谷さん、これチラシ作ったらどうかな? データを送ってくれたらこっちで印刷して、日本人が集まるお店に置いてもらうように頼んであげるよ」
「チラシ? なるほど、日本人が集まるお店だったら、もしかすると興味を持ってくれる人がいるかも。講座の先生もやれることをやるように言ってたから、やってみようか」
そう思った私は、早速A4カラー両面のチラシを作り、データを送った。数日後、「こんな感じで置いてもらったよ」と写真付きでメッセージが送られてきた。友人に感謝しつつも、見ず知らずの人間へコンタクトをとる人がどれほどいるのだろう? とあまり期待はしていなかった。
それからしばらくして、見知らぬ人からメッセージが来た。
「はじめまして。チラシを見て、お店の方から紹介してもらいました」
と書かれていた。
その方とは結局成約には至らなかったが、「チラシも案外捨てたもんじゃないんだな」と思う出来事だった。
それから1年余り経った今年の夏。私は今所属している協会で、この夏休み限定の講座をやることになった。これまでは対面のみの講座だったが、今年からオンラインでの開催もできるようになり、仲間と情報交換をしながら、開催の準備を進めていた。自分の名前と連絡先のQRコードを貼って印刷すればよいだけのチラシデータも協会から送られてきた。
私は、「オンラインだけでなく、対面での講座もやってみたい」という気持ちはあったものの、対面での講座となると会場をおさえる必要があるし、会場をおさえても誰も来ない事態もあり得るし、何よりも自分の住んでいる地域にはお客様になってくれそうな知人もいない。
「やってみたいけど、やっぱり無理かな。今年はオンラインだけにしようかな」
そんな風に気持ちがあちこち揺れてはいたけれど、会場をおさえる手間や集客のことを考えると、ネットだけで楽に済ませようと思う気持ちがあったことも確かだった。
ところが、そんな考えが突然変わる出来事があった。一緒に準備を進めていた仲間の投稿だった。
「講座を開催する会場ではチラシを置かせてもらうことはできなかったけれど、きっとたくさん必要な方がいるので、私も声をかけてみますね! と受付の方に言って頂き涙。その足で近くの素敵なカフェへ行き、チラシを置かせてもらいました。ここは以前からお世話になっているカフェで、こんな素敵な空間にいらっしゃる方に届くといいなぁという気持ちで置かせて頂きました。そして帰宅した直後にスマホをみたら、お申し込みが! チラシを見て早速とのご連絡でした」
その仲間の躍るような気持ちが伝わってきて、「その感動、私も味わってみたい!」と強烈に思ったのだ。そして、とにかく前に進もうとしている仲間の姿は刺激になった。
「私はまだ、やり切っていないな。どうせ無理とか結果を恐れて、行動していないな。ダメもとでいいから、やれることはやってみよう!」と勇気が湧いてきたのだ。
早速講座を開けそうな会場を調べると、近くにちょうど良さそうな会場があった。すぐに出かけて下見をさせてもらい、その場で予約をすませると、次はチラシの印刷にとりかかった。
私とSNSで繋がっている人の中には、会場に来れる地域に住んでいて、お客様になって頂けそうな人は一人もいない。会場に来て頂くためには、自分の住む地域でチラシを配るしかないのだ。
思い立ってから数時間で会場をおさえ、チラシの印刷を発注する、こんな爆発的に動ける自分に驚いたが、全国で同じように動いている仲間の存在が後押しをしてくれたのだと思う。
数日後にチラシが届くと、私はまず近くの書店に行ってみた。でもその日は店長が不在で、チラシを置いてもいいかどうか判断できないと言う。
他に個人的に親しくしているお店も無いし、チラシを置かせてもらうことを考えるより、まずは1枚1枚個別にポスティングをしていこうと思った私は、翌日からお客様になりそうな人が住んでいる住宅地を回ることにした。
少し涼しくなる夕方の時間帯を選んでも暑い。汗をふきふき、歩いて回る。三つ折りにしたチラシに「行ってらっしゃい」と小さく声をかけながらポストに入れていく。
夏休みらしく、入口に朝顔の鉢植えが置いてあったり、沢山の子供の自転車が家の前に置かれていて、中から賑やかな子供の声が聞こえてくる家もある。何軒か回る内、朝顔の鉢植えがどれも同じ形、同じ色であることに気づく。小学校から持って帰ってきたものなのだろう。普段は気に留めていないことも、一軒一軒立ち寄ってみると、色々な発見があって面白い。
そうは言っても、暑い中チラシを配って回るのはなかなか骨が折れる。それに、チラシを配ったからといって何の反応もない。当然と言えば当然だ。私だって普段、ポストに入っているチラシはそのままゴミ箱へ直行ではないか。一説によると、ポストに入っていたチラシを見て問い合わせ等の反応があるのは、0.01~0.3%程度だという。つまり、1万枚のチラシを配って反応があるのは1~30人だ。今回私が印刷したチラシは1000枚だから、反応してくれるのは1人いるかいないかだ。
少しばかり期待をしていた書店からも、「個人的な商売のチラシを置くのはちょっと……」と断られ、住宅地で100枚程度配ったところで反応があるわけでもなく、「そりゃそうだよね」と少し落胆した気持ちになりつつも、「まぁでも、これは種まきだから。そういうのがあるんだと思ってもらえたらいいし、ポストから取り出した時に一目だけでも見てもらえるし、今は必要なくてもいつか何かの時にふと思い出してもらえる時があるかもしれない。気になるチラシなら捨てずにとっておくこともできるし」と思いながら、あちこちでチラシを投函して回った。
8月に入り、会場で講座を開催する日まであと1週間となった。このまま申し込みがなければ仕方がない。会場でひとり、練習をしようと思っていた。その日はショッピングセンターに買い物に行ったついでに、その周辺にある住宅地を歩いて回った。持って行ったチラシを配り終えて帰宅し、メールを見ると、申し込みを知らせるメールが入っていた。
「誰かSNSの投稿を見て申し込んでくれたのかな?」
そう思ってメールを開けると、面識の無い方からの申し込みだった。申込フォームに記載された住所を見て驚いた。ついさっきまでチラシを配っていた地域の住所だったのだ。つまり、チラシを見て早速申し込んで下さったというわけだ。
「本当にこんなことがあるんだ」
嬉しいのと驚いたのとでドキドキした。そして、本当に困っているからお申込みして下さったのだということが伝わってきて、チラシ配りをやって本当に良かったと心から思った。売れたことの喜びももちろんあるけれど、もし私がチラシを配っていなかったら、申し込んで下さったこの方は、ずっと困った状態を続けていたかもしれない。
今まで「集客」って「売るため」だと思っていたけれど、そうではなくて「出会うため」なのかもしれないなと、ふと思った。売ろう売ろうとすると辛い。私が最初チラシ配りをためらったのは、結果が出そうもないことに労力をかけるのは辛いと思っていたからだ。
でも、それは考え違いだった。「売る」のではなく、「必要としている人に必要な情報を届けること」だったんだ。
「前からそう言っていたでしょう?」と起業塾の先生に言われてしまいそうだけれど、それがどういうことか、私はこの夏初めてのチラシ配りをやってみて腑に落ちた。どんなことでもやってみたから分かることがある。
届けたい思いがあって、届けたい人がいる。それが今の私にとっての集客することへの原動力になっている。
8月末にもまた会場での開催がある。だから私のチラシ配りはこれからもまだ続く。この夏の終わりにお会いできるかもしれない未来のお客様へ届くように。
□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)
愛知県出身。
国内及び海外電機メーカーで20年以上、技術者として勤務した後、2020年からフリーランスとして、活動中。会社を辞めたあと、自分は何をしたいのか? そんな自分探しの中、2019年8月開講のライティング・ゼミ日曜コースに参加。2019年12月からライターズ倶楽部参加。
書くことを通じて、自分の思い描く未来へ一歩を踏み出す人の背中を押せる存在になることを目指している。
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