私の恩師、ムンディ先生《週刊READING LIFE Vol.144 一度はこの人に会ってほしい!》
2021/10/25/公開
記事:ソフィ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
私には、教員になってからの私を救ってくれた、感謝しきれない恩師がいる。
どん底にいた私の前に救世主のごとく現れた(?)、その恩師とは、「ムンディ先生」こと山崎圭一さんだ。彼は現役の高校社会科教員でありながら、いまやチャンネル登録者数11万7千人越え(2021年10月11日現在)の人気YouTuberである。
ムンディ先生が世に姿を現していなければ、今の私はなかっただろう。
自分はなんて出来損ないだと心を病んでいたかもしれない。
いっそのこと吹っ切れて、ダメ教員を演じていたかもしれない。
ひょっとしたら、やはり私なんかに教員は向いていなかったんだと諦めて、職を転々としていたかもしれない。
今、長年の夢であった高校社会の教員(非常勤講師だけど)になり、とても楽しく充実した人生を歩めているのは、ムンディ先生のおかげだと思う。
というのも、教員なりたての私は高校レベルどころか、下手したら中学レベルの社会科の知識もなかったからである!!! ……ってそんなに堂々と言うな!! って話なんだけれども、お恥ずかしいことに、そして申し訳ないことに、これは本当だ。それが良いか悪いかは別として(圧倒的に悪いけど)、そもそも、そんな状態で先生になれるんか? 先生って
めちゃ難しい試験に合格しているんじゃないの? と思うかもしれない。それは、半分合っていて、半分間違っている。
実は教員免許を取るための試験はないのだ。大学では、学部のカリキュラムに加えて60単位を取得(つまり4年で184単位)さえすれば免許がもらえる。なので、人より授業を多く受けていれば、免許は誰でも取れるのだ! 私のように勉強しなくても!!(威張るな!)
もちろん、正規の教員として採用されるためには難しい試験を突破しないといけない。けれども、教員免許さえ取れば、講師(契約社員のようなもの)になるというチャンスは少なくない。講師になりたい人リストに登録さえしておけば、人出不足の学校からオファーが来ることは結構ある。そのあとは簡単な面接をして、お互い納得できれば契約完了。つまり、学力試験を受けずに教員になれるのだ!(もちろんすべての講師が試験なしということではない)それを知っていた私は、社会科の勉強は4年間でほとんどしてこなかった。(ついでに言っておくと、私の専攻は異文化間コミュニケーションという、社会科には直結しない分野だった。そんな学部でも社会科の免許が取れてしまうのだ!)
教員を目指しているくせして、実は勉強が嫌いだった。勉強の中身といよりは、勉強するという行為、姿勢が好きじゃない。本を読んだり、ましてや勉強するために机に向かったりするなんて、とてもじゃないけどできなかった(今パソコンに向かって文字を打っているのも、我ながらすごいなァと思う)。まだ短期的な目標があれば……例えば感想文を書くための読書だとか、定期テストのための範囲が限定された勉強などはまだ頑張れたのだが、特に教員になるための勉強なんて、範囲が膨大すぎてどこから手を付けていいか分からず、永遠にやる気スイッチは見つからなかった。ときどき、高校時代の教科書を引っ張ってきて読んでみようとはした。けれども毎度、やっぱ無理! とすぐに閉じてしまう。みなさんも分かってくれるだろう、社会科の教科書ほどつまらないものはないと。事実の羅列だけで400ページ超えって、これでどうやってやる気を出せと???
勉強しない代わりに、と言っては何だけど、私の大学生活はなかなか充実していた。社会科教師が社会を体験してなくてどうするんだ! の信念のもと(信念だけは立派!)、普段はバイトとボランティアと飲み会に明け暮れていた。おかげでいつも寝不足で疲労がたまっていた。そりゃあ、余計に勉強しないよなァ……。社畜して稼いだお金で、長期休みはバックパック一つ背負って海外を放浪したり、住み込みで農家の手伝いをしたり、子どものキャンプを引率したり。勉強はできない代わりに動きまくる……そう、私はまるで5歳くらいの子どものように、本当にじっとできない人間なのだ。今になってよかったと思うのは、話のネタにほぼ困らないことだ。とくに世界史の授業と海外放浪の経験は相性バツグンで、ひょいっと話をいれるだけで生徒の食いつきがまったく変わってくる(あと現代社会でお金の使い方の話とか……酒にいくら使ったかなという自虐がなかなかウケる)。
おかげでちょっとキャラ濃いめの先生を演じられる今の私があるのだから、大学時代の私も悪くなかったなァと思える。けれども、本当に教員になるつもりだったなら、もう少し勉強するのが普通だろう。飲み会や旅先で教員になるという夢ばかりは熱く語ったが、行動がともなっていなかった私。それでも嬉しいことに、周りの人たちは私が教員に向いていると応援してくれた。それなのに、当の本人である私は、実は怖かったんだろう。勉強しなくても講師の道があるとはいえ、自分が教員として教壇に立っているイメージをするだけで、心がぞわぞわした。
そんな、勉強すっぽかしまくりの学生生活を送っていた私のもとに、衝撃のLINEメッセージが届いた。大学4年生の冬、苦しんだ卒論をやっと提出し、さぁそろそろ講師になりたいリストに登録しようかな……と思っていた矢先のこと。送り主は教育実習をさせてもらった学校で、お世話になった指導教官だった。
「来年度からの進路ってもう決まってる? もしよかったらうちの学校に来ない?」
……本当にびっくりした。嘘なんじゃないかって、10度見くらいした。
私は戸惑いはしたが、決断を迷うことはなかった。その後、LINEの2・3通のやりとりでほぼ決まった私の就職先。長年の夢をかなえられて人生で1番くらい嬉しかった。けれど、徐々に不安が募ってきた。
確かに教育実習は他の実習生よりも工夫した自覚はあった。積極的に生徒とコミュニケーションをとるよう心がけ、一緒に体を動かし、部活動も参加した。今流行りのアクティブラーニング(生徒が自発的に考える授業)を取り入れてみた。語呂合わせをひねり出してスベったこともあったけれど……指導教官にも担当クラスにも恵まれ、なんとかやり切ることができた。だからこそ、実習で目に留めてもらったのは本望だった。
けれどもだ。フランス革命の授業をしているのに、「フランス革命で処刑されるのってルイの16世でいいんだっけ!?」、「マリー=アントワネットの母国ってどこだっけ!? 何家だっけ!?」なんて、実は頭の中はもう訳わからないくらいクッチャクチャだった。こんなに余裕がないのは言うまでもなく、ふだん自分が勉強していないからだ。それでも授業が始まるほんの数分前まで作っていたカンペシートのおかげで、毎度なんとか乗り切っていた。私は素晴らしい授業ができたのではなく、人より声がデカくて、堂々としているフリができただけだった。
そんな私でさえ、大学を卒業して急に先生と呼ばれるようになった(当たり前だけど)。
もうここまで読んでくだされば想像できるだろう、最初の1か月くらいの授業は本当に悲惨だった。
私の勉強不足、知識不足、経験不足。頑張って準備をしたつもりでも、私の記憶違いで、ノートの板書やプリントの穴埋めを間違える。それを生徒に指摘されて、余計パニックに陥る私。50分経つ前に授業が終わると、何をすればいいか分からなくてあたふた。生徒の表情がだんだん険しくなってくる。
「こいつ、全然ダメじゃん。はずれやん。」
……なんて声が聞こえた気がする。教科書をひらけだとか、板書をノートに写してと指示しても、クラスの半分くらい従わない状況。私の断りもなくトイレ(なのかも分からない)に行く生徒もいた。いやいや、私のほうがこの教室から出て行ってしまいたいよ!!! 学級崩壊とまではいかないが、その寸前だった。
50分間授業をすることは体力的にもしんどかったが、それよりも精神的に疲弊してしまった。せめて、明日は間違えないように、今からしっかり準備をしないと……けれどもやっぱり歴史の教科書というのはつまらない。全然頭に入ってこない。何がどうなってこうなったのか分からない。時代も地域もごっちゃで、急に文化史とか挟んできて流れもつかみにくい。頭も痛いし、おなかも痛い。動きたくない。でもやらなくちゃ。でも、まったく分からない。しんどい。やっぱり私なんかじゃ教員やっていけないかも……。
今思い返しても、当時の自分なりには頑張っていた。でも、教育実習よりも担当するコマ数も、教科の数も増えたので、ざっと3倍以上の準備量が必要だった。学生時代のストックがない1年目の私には、ハードすぎた。
そんなときにふと思い出した。
……大学4年生のときに、少しは勉強しなきゃなと思って買った、分かりやすそうな本があったような……。
それが、ムンディ先生の本だった。買ってからあまりしっかり読んでいなかったのだが、もはやこれしかない私は、神にもすがる思いで本を読んだ。
……読んでびっくりした。この本、めちゃめちゃ分かりやすいじゃないか! するする読めるし、むしろ読むのが楽しくなってくる。なんでもっと早く読まなかったんだ! 本を読んだ後で、教科書を読んでみると、あら不思議、めちゃめちゃ頭に入ってくるぞ! これに似たような感覚を思い出した。そう、あれは高校生時代に英語の勉強をしていた時のこと……はじめに英文を読んでもあまり意味が分からない。そこで、いったん日本語訳を読んでから、もう一度英文に戻る。すると、この単語はこういう意味なのね、とか、この文章ってこんな風に訳すのか、確かにそういう構文あったな、という具合で、英文もそこそこ読めるようになった、あのイメージ。そう、まるで世界史の教科書が英文で、ムンディ先生の言葉は日本語訳だった。
何気なく本の帯を見た。えぇ、ムンディ先生はこの本の著者であり、教員であり、YouTuberなの!? つまり、YouTubeで現役の社会科の先生がつくった動画がみられるのか……! 授業のヒントになるかもしれない! 私はYouTubeでムンディ先生を探して、むさぼるように当時悩んでいた世界史の授業を受けた。
驚いたのが、そのYouTubeチャンネルは、ムンディ先生が、ただひたすらに、フツーの授業をしている……だけなのだ!!! 学校での授業と同じように、先生が黒板にチョークでひたすらに板書し、解説をしていく。コツコツ、というチョークで黒板に書く音もそのままだ。テロップや効果音もなく、編集がしてある様子はあまりない。だから、ほかのYouTuberによる動画……例えば同じ世界史でも、オリラジのあっちゃんが挙げているような勢いやスピード感はないし、何か特別に目を引くような面白いことをしているのでもない。けれどもそれこそが、ムンディ先生の革新的なところであり、さらに言えば、私が求めていたものだった!
ムンディ先生のスゴさは、その動画数にある。なんと、高校の世界史・日本史・地理それぞれ200本も動画を上げている! 大学入試も対応できるレベル。いやぁ、これをやるのって、本当に大変だっただろうな。
それからは、授業準備の前にムンディ先生の動画を見るのが恒例になった。おかげさまで、私の授業のクオリティは格段に上がった。そりゃ、はじめはムンディ先生のマネをしたので、上手くなるのは当然だけれど。授業がマシになったのが分かったのか、やっと私の話や指示を聞いてくれるようになった生徒たち。時にうなずいてくれたり、私が黒板に書かずさらっと話したこともメモしていたり、質問しにきたり……やっと教員として認めてもらえた! やっと私は教員になれたのだ!
そんな私も3年目になった。もう1年目のようにムンディ先生の動画を見てマネっこするとはない。恐れ多いけれど、先生の授業に付け加えやアレンジができるまでになったのだ。ゲームを取り入れてみたり、歴史上の人物になりきってプチ劇をしたり、群雄割拠のことを地方でヤンキーのボスたちがオラオラしている、レベルで意訳をしたり(改めて書き出してみると合っているか不安になってきた……)、お得意の大学時代エピソードを投入したり。
生徒が笑ったり、なるほどという顔をしてくれるたびに、やりがいを感じまくる。そうそう、私もこういう授業がしたかったんだ、こういう先生になりたかったんだ!
先生の授業が楽しい、初めて社会科の授業が好きになった、来年も先生に教えてもらいたい、先生みたいな社会科の教師になりたいです……
これらが実際に私に向けられた言葉だというのが、あの時の自分からは想像できない。言ってもらうたびに、喜びと誇りで胸がいっぱいになる。たくさんの動画を上げたムンディ先生に対して、心の中でやりましたよ、恩師! とつぶやくのだった(時々ね)。
勉強せずに教員になっちゃった私が、先生と呼ばれても恥ずかしくないくらいになるまで、私を引き上げる力をくれたムンディ先生。もちろんYouTubeを開けば先生に会える……のだが、私は実際に先生と何度もコミュニケーションをとっている。毎週(現在はムンディ先生の気まぐれ週)に開かれるZoomでのおしゃべり会や、先生が企画する歴史をめぐるツアーなど。はじめは私があまりにも緊張していて、感謝を伝えるのが精いっぱいだったけれど、今は先生と一緒に大仏を見てほれぼれしたり、アホな話で盛り上がったりで、仲良くしていただいている。ムンディ先生を通して出会った、たくさんの歴史好きの仲間とつながったことも、私の大きな刺激になっている。
YouTuberであり、教員であり、多くの本や連載も書くムンディ先生は、めっちゃくちゃ忙しいはずだ。それでも、そう見せない気さくなところや、ユーモアにあふれたところもとっても魅力的だ。今の私としては、教員であるということは少なくともスタートラインに立てた。今度はライターとして、社会科の楽しさを伝えられるように、ムンディ先生の背中を追っていきたい!!!
少しでもムンディ先生に興味を持ったなら(もちろん歴史好きの方も)、ぜひ一度画面上でお会いしてはいかがだろうか。試験を控える学生も、ちゃんと勉強しておけばよかったと感じている社会人でも、有意義な時間を過ごすことができるはずだ。
社会科教員としてはぜひ見なさい! と言いたいところだが、いちライターとしては……
「まぁ、見ないと人生ちょっと損しているんじゃない?」
と、いったところだ。
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