週刊READING LIFE vol.145

幻のフルーツ《週刊READING LIFE Vol.145 きっと、また会える》


2021/11/01/公開
記事:田盛稚佳子(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
 
 
出会ってしまった。
出会わなければ、それに手を伸ばすという欲に掻き立てられることもなかったのに。
私は45年生きてきて、あるものに一目惚れをしてしまったのだ。
それは、街中で思わず振り返るようなイケメンでもなく、目の前を不意に横切った野良猫でもなく、ショーウィンドウに飾られた有名デザイナーの洋服でもない。
 
ブドウ、である。
 
ブドウなんて、どこにでもあるじゃない、と侮ることなかれ。
なんと、ハートの形をしたブドウなのである。
その名も「マイハート」
初めてその名を目にする方も多いのではないだろうか。もしご存知だったら、かなりの「ブドウ通」だと思われる。
昨今、巷には様々なブドウがあふれている。
有名どころでは「マスカット・オブ・アレキサンドリア」や「シャインマスカット」、他にも「ナガノパープル」や「ロザリオビアンコ」などなど。
「瀬戸ジャイアンツ」という品種を見た時は、一体どこぞの野球チームか、と思ったほどである。
 
まだ残暑厳しい9月の休日、私は近くのスーパーにふらりと買い物に出かけた。
そのスーパーは、珍しい商品を仕入れることで地元でも有名な店で、テレビで特集されたり、全国のスーパーのお惣菜コンテストで入賞するなど、何かと話題性があるため、毎回行くのが楽しみな場所でもある。
実は、その日のお目当ては別の食材だったのだが、お店に入ってすぐ左側にある「果物コーナー」に目をやると、何やら見かけないごつごつしたものが置いてあるではないか。
「なんだ、あれは?」
と、やおら近づいていく中年オンナの私。そこにあったのは、ブドウだった。
一般的にブドウといえば、ふわりとしたアミアミの布団のようなものに包まれていて、上にはビニールがかかっており、滑らかな感じである。
しかし、その日私が見たのは、ビニールに凸凹があり、ある一定の盛り上がりを持った形状で、思わず釘付けになってしまった。
空の買い物かごを持ったまま、無言でその果物コーナーに立ち尽くした。
 
「マイハート? 聞いたことない名前だなぁ……」
と思いながら、手に取ると「うふっ」と言わんばかりに、プリッとしたハートがこちらを向いて主張してくるのがわかった。
「ねえ? ワタシ、かわいいでしょ?」
というセリフが聞こえてきそうだった。
「か、かわいい……」
人目もはばからず、私はつい口に出してしまった。
傍から見たら、手に取ったブドウに話しかけている、ちょっと変な中年オンナである。
 
近くにいた店員さんに、私は声をかけた。
「あのっ! すみません。こういうブドウ、初めて見たんですけど……」
店員さんは笑いながら答えてくれた。
「そうでしょう? 私もこの仕事してきて、今年初めて見たんです。うちのバイヤーいわく、これ珍しいらしくて、なかなか市場に出回らないみたいですよ。ですから見つけたら、買い! です」と。マスク姿でもはっきりとわかる笑顔でガッツポーズまでしてくれた。
 
ついに見つけてしまった。買い! 決定である。
ということで、私はそのブドウをそそくさと買い物かごに入れて、他の買い物を済ませてレジへと向かった。
驚くべきはその価格である。
なんと、あの人気の「シャインマスカット」の三分の一程度で、見た目だけでなく価格も魅力的だったのだ。
これで美味しかったら、もう私の中のブドウランキングトップ3が入れ替わる。
(あくまでも個人的な意見のため、ご容赦いただきたい)
暫定1位は「シャインマスカット」、2位は「ロザリオビアンコ」、3位は「ベリーA」である。
マイバッグに入れたそのブドウを大事に抱きかかえるようにして、帰路に着いた。
 
自宅に戻った私は、家族に早速報告した。
「見て見て! なんか、珍しいもの見つけてきちゃった!」
どれどれと家族が集まってくる。カサカサという音を聞きつけて、飼い猫までやってきた。
「うわぁ、なにこれ?」
「初めて見た! こんなブドウあるんだね」
「かわいいね。甘いのかな? 気になる!」
と一気に家の中の温度が上がるのが、わかった。
 
よし食べてみよう!
さっと、流水で洗いお皿に入れて食卓に出してみた。
「こんなにテンションを上げておいて、もし甘くなかったらどうしよう……?」
と一抹の不安を感じたその時、
「あっまーい! すごく甘いよ!」
母が満面の笑みでこちらを向く。私も皮ごと一口かじってみる。
「あ ま い! うそやろー!?」
と驚愕してしまった。
皮の張りもさることながら、硬さや渋みを全く感じない。風船がパーンとはち切れる感じ。
その後に口いっぱいに広がる、とんでもない甘さ。
今までのブドウの概念を一瞬で覆す美味しさだった。一房ある中で、どこの部分から食べても、「あ、ここはちょっと酸っぱい」という粒がないのである。
70代後半の両親も、「こんなに甘いブドウは生まれて初めて食べた! これは人につい言いたくなっちゃうよね」と嬉しそうである。
話に花が咲き、一粒また一粒と止まらなくなってしまう。
試しにナイフで半分に切ってみると、これまたかわいい。輪切りにしてもハート型になるということがわかった。
そのまま出してもいいし、お客様には半分に切って、クローバーのようにしてケーキに添えて出ししてもかわいい。一粒で二度も三度も美味しいのである。ハートの威力、おそるべし。
というわけで、ぶっちぎりで「マイハート」が、私のブドウランキング1位に躍り出てしまった。
 
どうしても気になったので、私は「マイハート」について調べてみた。
山梨のあるワイン会社に勤務していた方が、独立して葡萄研究所を作り開発したものらしく、ブドウのプロであるがゆえ、いろんな種類のブドウを誕生させている。
実は「マイハート」の交配親はなんと「シャインマスカット」だった。
甘い! と家族中で唸ったのは、糖度20度というその恐るべき数字であった。
身近なフルーツで言うと、みかんが11度前後、イチゴが12度前後、メロンでも14度であるのが一般的な糖度である。
糖度20度というのはシャインマスカットであれば「特級品」と言われるレベルであり、完熟パインでもその糖度に届くか届かないかの甘さなのだ。親を超える甘さに納得である。
主に山梨で生産されるのは、日照時間が日本一長くて、昼夜の温度差がブドウ作りに最適なのだという。
ところが、「マイハート」はまだ新種のせいか他の品種に比べて栽培が難しいようで、手を出す農家さんが少ないのが現状らしい。
形、玉の張り具合、味などが綺麗にそろったものがなかなか出来ないため、手間はかかるのに半分近くロスになってしまうという、なんとも農家泣かせのブドウであると知った。
市場に出回らないのは、上記の理由で収穫がなかなか見込めないからなのだという。
たしかに栽培農家さんのホームページを見てみると、今年は7月の時点で受注販売は終了し、10月上旬にはもう発送が終わっていた。
「ご希望の方は、また来年の7月から予約を受付けます」とあるではないか。
1年待ちのブドウなんて、今まで聞いたことがなかった。
だから、自宅から歩いて20分程度のスーパーで出会うということは、私にとっては、「年末ジャンボ宝くじ」が当たったくらいのラッキーだったのである。
 
その話をブドウ好きの関西の友人にしてみた。
彼女は、最後の晩餐は「シャインマスカット」と決めているほどの熱狂的ブドウ通である。
私は「たぶんね、最後の晩餐がシャインマスカットから変わると思うよ」と自信を持って話したところ、
「え? そんなに美味しいの!? 送料も出すからどうしても食べてみたい! 送って!」と連絡が来た。
またもや、私は地元のスーパーに買いに行った。なんと残り2パックしかない。
誰かに買われないうちにとそそくさと買い物かごに入れ、他は何も購入せずレジへとまっしぐらに向かった。またもや怪しい行動の中年オンナ登場である。
良かった! あと30分遅かったら、もうなかったかもしれないと安堵の思いで、またしても大事に抱きかかえて帰ってきた。
そして、その足で近くの宅配業者へ持ち込みをする。ブドウはクール宅急便でないと傷みやすく、美味しさが保てないと受付の親切なお兄さんに教えられ、急遽クール便で送ることになった。
その請求額を見てビックリした。ブドウの金額よりも関西への配送料のほうが圧倒的に高かったのである。まさかの展開にちょっと苦笑いしつつも、まぁクール便だし、いい状態で届くならそれくらいはいいかと思い、早く着いてねと祈る気持ちで手を離したのであった。
 
そして、約二日後。
友人から、興奮冷めやらぬ電話が来た。
「チカコさん! ヤバい! これ、ホンマに美味しいわー。こんな甘いブドウ食べたことないわ! 送ってくれてありがとう」と。
それから、30分ほど「マイハート」のどこが好きかについて、40代女子が熱く熱く語り、お互いのブドウランキング1位が逆転したことを確かめ合って、電話は切れた。
1週間で家族も含め、4人のブドウランキングを覆した「マイハート」に個人的に感謝状を送りたいくらい、ファンになってしまった。
 
それから1ヶ月が経過した。
10月下旬が最後のチャンスからもしれないと思い、もう一度、地元のスーパーに足を運んでみた。
 
ない、ない、ない。
「マイハート」の姿が見当たらない。
 
果物コーナーに所狭しと並んでいたのは、あの「マイハート」よりも高額な母上「シャインマスカット」と、その他のブドウたちだった。
がっくりと私はうなだれた。もう一度、ほとばしる甘さを、瑞々しい果肉を堪能したかったのに……。
ふと見ると、あの時の店員さんが、ちょうど商品を並べているところだった。
「あのう、もうマイハートは入荷しないんでしょうか?」と聞いてみた。
私に見覚えがあったらしく、「ああ! 先日のお客様ですね。そうなんです、あれから入荷してないんですよ。バイヤーも見つけられなかったと言ってました」
「そうですか、残念です。また来年見つけたら、ぜひ仕入れていただきたいです」
「はい! 伝えておきますね!」
 
そのスーパーからの帰り道が、いつもより長く遠く感じられた。
10月下旬まではきっと店頭にあるだろう、なんて考えが甘かったのだ。
 
しかし、あのブドウが私だけでなく、家族も友人も一瞬にして幸せな気持ちに誘ってくれたことは間違いない。
幻のフルーツを知ってしまった背徳感と、来年への期待感はすでにふつふつと高まっている。
きっと、また会えるよね。
きっと、あの場所で会えるよね。
 
あの日、撮った写真を眺めながら1年間待つことにしよう。
もし、これを読んでくださった貴方が、もしどこかで「マイハート」を見つけたら、迷わず手にしていただきたい。そして、美しい形状と驚くほどの甘さを堪能していただきたい。
本当は誰にも教えたくないほど秘密にしておきたかったけれど、これを食べた人がきっと幸福な気持ちになると思ったため、今回あえて記事にしてみた。
美味しいものは、みんなでシェアしたいのである。
「見つけたら、絶対買い! です」
そう言いながら、パソコンの向こうで私は貴方にガッツポーズをする。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
田盛稚佳子(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)

長崎県生まれ。福岡県在住。
西南学院大学卒。
天狼院書店の「ライティング・ゼミ冬休み集中コース」を受講したのち、READING LIFE編集部ライターズ俱楽部に参加。
主に人材サービス業に携わる中で、読んだ方が一人でも共感できる文章を発信したいと思っている。読書の秋と食欲の秋をこよなく愛す、アラフィフの秘書兼事務職。

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2021-11-01 | Posted in 週刊READING LIFE vol.145

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