週刊READING LIFE vol.146

私が信じなくて、誰が信じる《週刊READING LIFE Vol.146 歴史に学ぶ仕事術》


2021/11/08/公開
記事:西元英恵
 
 
「おかあさん、いこっか」
洋服ダンスがある部屋で着替えをしていた長男が、出てきて言った。
しかし、その全身の何ともいえない色味に一瞬目を奪われる。黄色のトレーナー、真っ赤なズボン……そして、おそらく彼はこれから玄関でいつもの青い靴を履くはずなのだ。
 
(信号機かよ)
口をついて出そうになったツッコミをごくりと飲み込み、笑顔を作って言う。
「うん、いこう!」
 
ダメだ、ダメだ。
最近読んだ本に出てきた偉人たちの母親は小さいことは気にしないし、子供の選択にあれこれ口を出すことも無く、彼らのしたい事を全力で応援していた。出掛ける時の服装が信号機みたいだからってなんだ。いいじゃないか。自分に言い聞かせながら家を出た。外に出た時の周囲の反応を気にしてしまった私が、偉人の母親たちと肩を並べるのはまだまだ先のようだ。
 
専業主婦になって3年目に入った。以前はフルタイムで仕事をしながら長男を保育園に預けていたのだが、アラフォーで次男を産んだあと、仕事と育児を両立できるほどの体力気力に自信が無くなり会社を辞めた。これからは時間に少しばかりの余裕ができると思っていたが、それは考えが甘かったらしい。
 
幼稚園に転園してからお迎えの時間はぐんと早まり、14時になった。朝起きてから幼稚園に行くまでの2時間、お迎えに行って20時過ぎに寝せるまでの6時間、結局、計8時間ばかり子供と濃密な時間を過ごすようになった私の今の仕事は子育てだ。
子供と長い時間を濃密に過ごすようになったおかげで、楽しい時間も増えたが、その分悩みも増えた。
 
そんな時、助けになってくれるのが歴史に名を残す偉人たちの母親なのである。
偉人として後世にまで語り継がれる人たちは大変優秀であったり、努力家であったり、素晴らしい業績を残していたりするが、もしその人たちの母親をやれるかと言われたら到底自信がない。賢くなるよう導き、物事を深く教えるという術を持ち合わせていないのはもちろん、偉人たちの多くは……変人だからである。
一見すると、その「変人」たちの可能性を100%以上信じ、そしていつ何時も「自分(母親)は絶対にあなたの味方である」という心からのエールを送り続けるのだ。
私に、子に与える愛とは何かを十分に教えてくれたのは発明王として知らない人はいないであろうトーマス・アルバ・エジソンの母親だ。
 
今でこそ、発明家・起業家として有名なエジソンだが、実は小学校を退学させられている。自分のやりたいことを優先し授業をぶちこわしにするというのが教師の言い分であった。もし、我が子がこう言われてしまったらおそらく「ひー!」と心に大汗をかいて職員室に菓子折りのひとつでも持って行き、どうにか通学を認めてもらえないか懇願してしまいそうだ。そして、我が子には「授業中は他の人の邪魔をしてはいけない」と説教をするだろう。
しかし、エジソンの母親は違った。
授業ぶちこわしの件については詫びを入れるのだが、その後にこう言った。
「あの子は少し変わっているだけです。筋道をたてて教えれば、どんな学科も十分に飲み込むのですから、退学だけはさせないでください!」と強く申し出るのだ。
結局先生との話し合いは難航し、エジソンは入学して3ヶ月で退学になってしまった。
 
だが、この後の母親の行動がすごいのだ。
中学校の教師の経験があった母親は自ら自宅でエジソンに勉強を教えることになる。その際、好奇心旺盛なばかりに教科書に沿って順番に物事を教わることに退屈するタイプということを早々に見極め、広範囲に渡って書をどんどん与え、知的好奇心を刺激した。
そしていずれ愛読するようになった「自然実験哲学」という本でエジソンの頭のなかは科学の知識でいっぱいになった。
「本で読んだことが本当かどうか確かめるために、実験をやってみたい。地下室を貸してください」
エジソンがこう言いだした時、母親は地下室の使用を快諾するのである。
「危なくないようにお使いなさい」とだけ言って。
 
これを読んで私は(いやー、無理無理無理無理! だってまだ小学生だよ? 地下室って隠れ部屋みたいなものだから何やってるかわかんないし、薬品なんか使われて危険な目にでもあったら……怖すぎる!)と心の中でツッコミを入れた。小学生くらいの男子に「地下室」だの「実験」だの言われて平常心でいられる母親がどこにいるんだろう、というのが正直な感想だった。
 
心配症の私の予感は的中した。
エジソンは友達のマイケル相手に実験を敢行し「これを飲んだら胃にガスが発生して宙に浮かぶはずだ」と言って妙な薬品を飲ませ、瀕死の苦しみを味わわせることになるのである。
 
さすがに激怒して「もう実験はするな!」と言った父親に対し、母親がまさかの反撃を喰らわす。「あの子の一番好きな科学の実験を取り上げて、グレて不良にでもなったらどうする!」と父親を脅すのである。もうここまで来たらあっぱれである。母親のエジソンを信じる気持ちは常に安定しているし、彼の好きな事ならとことん応援したい、という熱い思いが伝わってくる。
 
私は果たしてそこまで子供の事を信じ切れているだろうか。
特に長男の子育てについて自覚はあるものの肩の力が抜けない。ちゃんとした大人になるように育てなければとの思いから、生活習慣・礼儀・お友達との関係……とにかく口うるさく言ってしまうのだ。
 
本人の気持ちを無視していなかっただろうか。世間体ばかりを気にしていなかっただろうか。エジソンの母親の言動を見ていると、自分が気にしていることがスケールの小さいことのように感じて恥ずかしくなってしまう。
 
実は長男がトラブルメーカーになってしまったような時期があった。
長い夏休みが明けたあと、しばらく園でお友達とのトラブルが続いているという話が担任の先生からあったのだ。その都度私は「またやってしまったのか」という残念な気持ちを抱えつつ、対応してくださる先生や迷惑をかけてしまっただろうお友達に申し訳なく謝罪の言葉を口にした。
「ご迷惑をおかけして、本当にすみません」
 
こういう時、本人の口から何があったか話も聞くようにしているが、もしかしたら私に彼を信じているという無言の愛情のメッセージが足りなかったのかもしれない。あまり話したくないような素振りを見せることもあった。だからこちらも躍起になってきちんと謝らせようとしてしまったのだ。
 
ある日、一緒にお風呂に入りながらその日起こしてしまったお友達とのトラブルに対して小言を言う私の話を聞きたくないのか笑ってごまかしたり、「はいはい」と明らかに流したりした時があった。響いてないな、と若干イライラしていたのだが夜寝る前になって夫がびっくりした顔で近づいてきて言った。
「あの子になんて言ったの! ?」
詳しく話を聞いてみると、お風呂上がりに夫とソファでくつろぎながら遊んでいた長男は急に
「ぜんぶ、ぼくが悪いんだ。ぜんぶ、ぼくのせいなんだ」と言って落ち込んだという。
聞いていないのかと思っていた長男は、実は心に受け止めきれないほどになっていた。私の言動が日頃どれだけ彼を傷つけてしまっていたのかと思うと申し訳なくなった。
 
まだ間に合う! きっと間に合うはず!
反省した私は、自分の目線で物事を見るのではなく、こども目線で物事を見るように心がけるようになった。少しずつではあるが、その成果が出てき始めているのかもしれない。
 
相変わらずお友達と揉めることも多い長男なのだが、私がいったん長男の言い分を聞くというスタンスを取ってからというもの、少しは落ち着いて状況を判断したり、相手の気持ちを汲んだりすることができるようになった。
 
彼自身の成長の賜物なのだろうが、私がむやみやたらに責めたりしなくなったのでトラブルを起こしてしまった日も安心して自分の口から報告してくるようになったのだ。
先日もお風呂で「実は今日〇〇くんとケンカしてしまって……」と始まった。
「ほう、ほう」と気持ちを全開にして次のコメントを待っていたが、直後に「もう少し落ち着いたら話すから待ってて」とお預け状態になった。
(続きが気になるー! 早く教えてー!)
週に1回のサスペンスドラマが良いところで「続く」となった時くらい気になり、待ちに待った。
 
彼の気持ちがようやく整った時、ぽつりぽつりと今日の出来事を話し始めた。内容は大人からすれば取るに足らない人気のおもちゃ争奪戦の話である。彼の話が終わるまで横から口を挟むことだけはしまいと誓って「ほう、ほう」と聞いた。
 
彼は一連の流れを全部話し終えると「まあ、ぼくもわるいところがあったんだけどね」と冷静に分析までしてみせた。私は細かいところはツッコまず「へー。そんな事まで考えられるようになったんだね。成長したね」とだけ言った。もしかしたら、我が子が100%悪い時もあるかもしれない。でも母親が自分を信じてくれているということが、これから彼の成長に大きく役立つと自然と思えるようになったのだ。
 
歴史上の人物からは少し離れてしまうかもしれないが、このことは「絶対肯定の子育て」という本を読んだ時にも何度も何度も出てきて、私の心に深く刻まれた。
サイゼリヤの社長は母親に「あなたなら、きっとできるわ」と励ましてもらい、当時の史上最年少25歳の時に東証マザーズに上場したリブセンス社長の村上太一氏は「母さんはあなたの選択を全力で応援します」と言われている。また「HOME‘S」という日本最大級の住宅情報サイトを立ち上げた井上社長は兄に比べ出来の悪かった自分に母親が常々「あなたは大器晩成よ」と声を掛けてくれたと言っている。
 
第一線で活躍しその名を刻んでいく大物たちの陰には必ず絶対的味方の母親の存在があり、また何年経ってもそのことをまるで昨日のことのように話す。彼らにとって母親の存在はどれだけ大きかっただろう。そう思うと、今自分の置かれている立場にズンっと重みを感じずにはいられない。
エジソンは22才のとき発明が高く評価され発明家として独立するが、その翌年に母が病死する。晩年、エジソンが書いた日記にはこう記されていたという。
「苦しいときは、私のすべてを受け止め、支えてくれた母の笑顔を思い出し、その無言の励ましに勇気づけられていた」と。死んでもなお、子供の心に明かりを灯し続ける母は偉大である。
 
実際に子育てしていく中で壁にぶち当たると、不安になりこう思う時がある。
(わたし、子育ての免許持ってないのに、大丈夫かなぁ)
子供を産んでしまえばもう自動的にその時から「親」として世間に認知されてしまうが、「親」になることに対して事前に勉強できるわけでもなく、試験があるわけでもない。そんな不安定な状況のなか、それでも子供と向き合って一生懸命育てている。
でも、偉人の母親たちのエピソードを見ていると「そんな弱気でどうする!」と喝を入れられる気になってくる。そうだ、子供の絶対的味方になるのはこの私なのだ。
 
子供を100%信じて、子供の進みたい道を全力で応援する。
こう心に決めて子供と一緒に歩んでいきたい。それが親子の信頼関係を構築する第一歩だと信じて。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
西元英恵(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

2021年4月開講のライティング・ゼミ受講をきっかけに今期初めてライターズ倶楽部へ参加。男児二人を育てる主婦。「書く」ことを形にできたら、の思いで目下走りながら勉強中の新米ゼミ生です。日頃身の回りで起きた出来事や気づきを面白く文章に昇華できたらと思っています。

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2021-11-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.146

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