週刊READING LIFE vol.146

エジソン先生、やっぱりあなたは偉かった!《週刊READING LIFE Vol.146 歴史に学ぶ仕事術》


2021/11/08/公開
記事:緒方愛実(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
鍋って、もしかして、万能なんじゃない?
 
ここ数ヶ月、私は本気でそう思っていた。
鍋ってすごいのだ。
お湯を沸かせるのはもちろんのこと、焼き物もできるし、蒸し器にも、他にも色んなことに使えるのだ。
特に小鍋が最強なんじゃないか、と、ちょっと興奮するくらい、信じていた。
それは、今年、引っ越しをしたことが発端だった。
 
私は、常々、裕福さとは何か、を考えていた。
裕福=お金持ち、と多くの方は想像するのではないだろうか。悩まずに好きな物を購入でき、便利で高級な物に囲まれる。確かに、それも、幸せの1つかもしれない。
だが、私は、先日ある映画を見返して、そうとも限らないのではないかと思ったのだ。
漫画が原作の大ヒット邦画、『ALWAYS 三丁目の夕日』だ。物語の舞台は、戦後の日本、東京タワーが建設真っ只中の昭和33年。平和だけれど、戦後復興の物悲しさが香る、だが、人々が希望を持っている、そんな時代だ。
丁度その頃は、「三種の神器」なんて呼ばれる、家電が一般家庭にも普及がはじまったころだ。冷蔵庫、白黒テレビ、洗濯機は、最新鋭の家電だった。
氷の塊を入れて冷やしていた貯蔵庫から、冷蔵庫になった時、よろこびのあまり、頭を突っ込んで冷たさを楽しむお父さん。
テレビは、まだまだ高級品。たった1台、小さな画面で放送される番組を見に、町内中の人々が集まり、映画を見ているかのような大歓声。
洗濯はさぞかし大変だっただろう。以前は、みんな、季節問わず、冷たい水と固形石鹸を使い、洗濯板にこすり合わせて、手で衣類の汚れを落としていた。北の地域の方の真冬の洗濯情景を想像するだけで、手をこすり合わせてしまう。冬だから、水が冷たいから、そう理由をつけて休むことができないのが、家事の辛いところだ。だが、それも洗濯機が助けてくれる。多少の汚れなら、少し手洗いをした後、洗濯機にポンと入れれば変わりに洗ってくれるのだ。現代では、入れた衣服の量を全自動洗濯機が自動計算、それに合わせて洗剤などを投入したら完了。タイマーをセットしておけば、希望の時間に洗い終わっている。ドイツなどの欧米諸国では、温水選択機能も搭載されている。日本製の、もっと高級な機種になれば、自動乾燥機能もあるそうだ。
当時の主婦たちに今の洗濯機を見せたら、目を輝かせるかもしれない。
交通機関は、バスと機関車が主流。県を跨いでの移動は、軽々しくできるものではなかった。
家電が普及しはじめたとは言え、まだまだ、現代の我々とは生活格差があるように感じられる。映画に登場する人物の多くは、裕福、とは言えないかもしれない。けれど、人と人のつながりを大切にし、辛くても笑顔で前を向く、あたたかさと、強さがあった。
 
これだ、私が目指しているのは!
 
なにも、不自由な暮らしに戻りたいわけではないのだ。
断捨離、というか、本当に必要な物を自分の意志で選択し、シンプルな生活をおくりたいと常々思っていたからだ。
必要最低限の持ち物と、洗練された思考を持ち生活をシンプル化した「ミニマリスト」の生き方に憧れ、エッセイ本などを読み漁っていた時、ある文が目に飛び込んできた。
 
物の管理ができない人は、仕事、それ以外のこともできない。無能な状態に陥る危険がある。
 
あいたたた……、である。
良くも悪くも、物に執着する私の脳天に、深く突き刺さった。
そして、多くの「ミニマリスト」の著作を読み比べる内に、共通点を見つけた。
それは、デザインも機能も優れた物を、吟味して使うことだ。
驚くことに、便利なはずの家電を手放したケースが多い。
 
そんな生活が可能なのだろうか。疑問に思った瞬間、私は、自分を使って実験したくなった。
 
よし、無理のない範囲で実践してみよう!
 
まずは、炊飯器。
研究した結果、炊飯器はいらない、と多くの「ミニマリスト」が口を揃えておられた。
物心ついた時から、炊飯器のある生活で育った私は驚愕した。
 
炊飯器、ないと困るでしょ?
「ミニマリスト」の人って、ご飯、食べないの?
 
違った。
日本人の心、白米生活を捨てるのではない。道具の代替えを行うのだ。
多くの方は、土鍋でご飯を炊いている。
少人数分だと、その方が、短時間で、ふっくらしたご飯を生み出すことができるのだという。
なるほど、たしかに、子どもの時、生活の授業でお釜を使いご飯を炊いた。その炊きたてのご飯のおいしかったこと!
調べると、現代の炊飯器は、「釜で炊いたようなご飯」を目指している物もあるそうだ。
だが、我が家には土鍋がない。新しく購入すると、物が増えることになる。
さて、どうするか。
「鍋で炊けばいいんじゃない?」
人生、主婦の大先輩、母からの天啓。
なるほど、その手があったか!
さまざまなWEBサイトを閲覧、試行錯誤の結果。
 
「う、うまい!」
 
ホカホカの湯気と共に立ち上がった、ツヤツヤのご飯たち。
炊きたてのせいなのか、お米の質が良かったのか、もしくはそれらの相乗効果で、初心者の私でも十分においしいご飯を炊くことが、短期間できるようになった。
炊きたてをすぐに冷蔵・冷凍すれば、数日後でもまったく問題がなかった。
 
これはいけるぞ!
 
電気掃除機は、夜中にかけると、上下左右の部屋の住人の安眠の妨げになりそうで気が引ける。なので、思い切って、小さなちりとり、室内用と、玄関用に小さな箒を購入した。
ついでに、カーペットを床に敷くのを止めてみた。私は、ダニやその糞などが原因で起こる、ハウスダストアレルギーの持病がある。流石に布団は所有しているが、なるべく、やつらの温床になる物はない方がいい。
「え、人間って、こんなに髪の毛抜けるの!?」
そう、独り言を言ってしまうくらいに、落ちてる落ちてる、黒い髪の毛。台所に行けば、ピーマンの種やキャベツの千切りなどの小さな物体も落ちている。だが、それも、サッと、箒ではわき、拭き掃除を行えば片付けられる。
騒音とアレルギーの心配、掃除機の格納場所も必要ない。こまめに掃除をする癖もでき、良いことばかりだった。
 
すごいぞ、「ミニマリスト」の代替生活!
 
家財道具をシンプル化すると、生活が整っていくのを感じた。
以前の日本の人々が行っていた生活をなぞると、良いことばかりだった。
次は、何をシンプル化できるか。
次第にゲーム感覚で楽しむようになっていった。
 
だが、ある問題にぶち当たった。
「あ~気をつけていたのにな」
私は、眉を下げ、目の前の物を掲げる。
乾きたての白いシャツ。汚れのない、まっさらな白。
だが、腕の付け根部分と胸、裾に走るシワたち。
プライベートで着るならまだしも、仕事でも着るのだ。このまま見て見ぬ振りしておくわけにはいかない。
試しに、母から餞別でもらった、服のシワがとれる、というスプレーをかけてみる。
しばらく置いた後、観察してみる。
確かに、小さなシワはとれている。だが、大きなシワはそのままだった。
さて、どうするか、何かで代替できないか。
頭を回転させつつ、部屋の中を歩き回る。
 
底が平たくて、適度に熱くて、蒸気の出るやつ。
 
そこで、あるものが目に止まった。
「これでいけるんじゃない?」
早速試してみる。
 
「と、とれた!」
私は、ちゃぶ台の上の白いシャツの前で、バンザイした。
気になっていたシワがなくなったのだ。目をこらせば、細かなシワはある、が。まぁ、そこは目をつぶるしかない。
私は、顎に手を当て、うなづく。
 
「鍋って、もしかして、万能なんじゃない?」
 
そう、私は、鍋をアイロン代わりにしたのだった。
少量の水を入れた小鍋をIH調理器であたため、手で触れられるほどの温度にまで熱する。
そして、鍋の中の白湯を手、または、霧吹きで水をかけつつ、小鍋をサッと、シャツの上に滑らせたのだ。
嘘、と思うだろうが、意外といけた。
服の焦げも一切ない。
私は試しに、そのシャツを何度か着て知人にあったが、誰も気が付かなかった。
いや、この現代で、小鍋アイロンを試みる人間がいようとは、誰も思うまい。
 
これは、鍋の活用方法をもっと探らなくてはいけないな!
 
ご満悦の私。だが、その平穏も長くは続かなかった。
上司から、襟付きのシャツを、職場に着てくるように打診された。
襟、というのは、なかなかくせ者だった。
シワもつきやすく、かつ、カールするように浮くのだ。
これが、低温の小鍋アイロンでは、倒せなかった。
これ以上温度を上げれば、繊維が死んでしまう可能性がある。
 
「クッ、見る、だけだから!」
 
スマートフォンを取り出し、大手家電量販店のWEBサイトを開く。そこで、私は目を丸くした。
「え、電気スチームアイロンって、数千円で変えるの!?」
実家で長く愛用していたスチームアイロンは、台付で、数万円した記憶があった。だが、機能をシンプルにした小型の機種なら安価で購入できるらしい。
 
「ちょっと、見る、だけだから!」
 
私は、コートをはおり、ショルダーバックを肩にかけて、家を飛び出す。速歩きで、敵情視察に向かった。
 
「と、とれた!」
 
私は、嫁いできたばかりの新人を片手に持ったまま震えた。
目の前の白シャツ。襟のシワとカール、実は気になっていた、ボタン周りの極小のシワたちも秒で消え失せた。
 
なんということでしょう!
 
私は、思わず口元を両手で覆い、ちゃぶ台の上に立てた新たな相棒を見下ろす。ポイントも使って、激安で買ったはずの電気スチームアイロンが、輝いて見えた。
 
私、もう、君なしでは生活できない!
 
一体誰が、こんな便利な物をこの世に生み出したんだ?
スマートフォンで検索すると、ある意外な人物の肖像写真が目に飛び込んできた。
 
「え、エジソン先生!!」
 
かの有名な、アメリカ合衆国の発明王で、起業家、トーマス・アルバ・エジソン。
音を記録し再生する蓄音機、発電から送電までの電気の事業化、白熱電球の長寿命化などの発明で、まさに人類の生活を明るく照らした偉人だ。だが、それは氷山の一角。公に発表するレベルまでに至った発明よりも、商品化までこぎつけなかった発明品の方が遥かに多いのだという。
当時の電球に使用された竹フィラメントには、なんと日本・京都の竹を使ったとのことで、日本とも縁がある。それらの発明品が、栃木県の博物館『エジソンミュージアム(バンダイミュージアム内)』などに収められているという。その公式サイトに、エジソンが、残したとされる言葉が書かれていた。
 
『私は決して失望などしない。なぜなら、どんな失敗も新たな一歩となるからだ』
 
「え、エジソン先生!」
私は、思わず涙ぐむ。
数え切れないほどの発明に失敗し、それでもめげずに挑み続けた、不屈の精神。世界的に有名な彼の肖像写真は、初期に製作した蓄音機の前で、実に不機嫌そうな顔をしている。だが、その言葉を知ると、彼は、いつでも真剣で、誠意のある人物だったのだろうと、想像してしまう。
以前のアイロンは、鉄製のアイロンの中に、熱した炭を入れ、その熱でシワを伸ばしていたのだそうだ。私の小鍋アイロンより、扱いが難しそうだ。その時代の主婦たちの苦労がうかがえる。
彼のアイロンができた時、彼女たちは、どんなにうれしかっただろう。
きっと映画『ALWAYS 三丁目の夕日』の登場人物たちのように、歓声を上げたことだろう。
 
想像は容易い。だが、実際にシャツのシワとりで苦労した私は、彼女らの気持ちに、より迫れた気がした。
小鍋アイロンなんて、どう見たって滑稽だ。自覚はある。
しかし、その失敗を体験した分、私は、電気スチームアイロンの尊さ、すばらしさがわかるのだ。その経験の分、私は、それを知らない人より、一歩前に出ている。そう、思うことにする。
 
便利な物があふれる現代社会。
その当たり前に慣れて、物欲に振り回される前に、一度立ち返ってみてはいかがだろう。
鍋や釜でひと手間かけて炊いたお米のおいしさ。
はじめの内は、ふきこぼしたり、お米を焦がすかもしれない。
でも、その失敗もなくなり、理想のご飯が炊けた時、目の前のお米がより尊く、おいしく感じられると思う。
小鍋アイロンは、マネしなくていいけれど。
 
まずは、どんなものなのか、実際に体感してみると良い。失敗しても、笑って、次へつなげればいい。
家事でも、仕事でも、どれが自分の得意で最適なのか、実際にやってみないと、わからない。
他人の目を気にせず、自分の目指すものを想像し、人の役に立つことを第一に考える。失敗のその先に、誰かの笑顔があるなら、がんばれる。頂上を目指し、挑戦し続けた人の思いは尊い。そこを突破したら、すばらしい結果に結びつくのだろう。
発明王は、失敗の天才でもあったのだから。
 
エジソンは偉い人。
そんなの常識なのである。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
緒方 愛実(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県出身。カメラ、ドイツ語、タロット占い、マヤ暦アドバイザーなどの多彩な特技・資格を持つ「よろず屋フォト・ライター」。貪欲な好奇心とハプニング体質を武器に、笑顔と癒しを届けることをよろこびに活動をしている。

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2021-11-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.146

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