週刊READING LIFE vol.146

岡山には、未来を見通せる経営者がいた《週刊READING LIFE Vol.146 歴史に学ぶ仕事術》


2021/11/08/公開
記事:nasuica(READING LIFE 編集部ライターズ俱楽部)
 
 
白無垢をまとった瀬戸の花嫁が、川の向こうから流れてきた。
岡山にある妻の実家にご挨拶に行った後、観光をしていた時の話である。

 

 

 

妻は、岡山県倉敷市の出身である。
倉敷市は、今は若者にジーンズの町として有名であり、繊維・紡績のまちとして知られている。妻のお義父さんも繊維業を営んでいる。小さいながらも、長らく経営を続けてきたお義父さんに、結婚を認めてもらうことができるか。ご挨拶に向かう時は、心臓のリズムおかしくなってしまうほど緊張していた。
 
しかし、妻の実家に到着すると、口下手なお義父さんはあまり喋ることなく。お義母さんの進行によって、あっけなく結婚を許してもらうことができた。ギュッと小さくなった心臓が、ゆったりと動き始めるのを感じた。
 
そして、結婚のご挨拶をすると同時に、倉敷市に向かった裏の目的があった。倉敷の「美観地区」に、昔から一度行ってみたかったのだ。美観地区とは、昔ながらの街並みを残し、観光地化した場所である。
 
ご挨拶の翌日、倉敷美観地区に向かった。そして、美観地区を流れる倉敷川を見ると、遠くから舟が流れてきた。そして、船の上の白無垢をまとった綺麗な女性が、どんどん近づいてくる。
 
「あれはね、瀬戸の花嫁だよ」
 
と、一緒に来ていた妻に言われ、ハテナが頭に浮かんだのを覚えている。
美観地区では、「瀬戸の花嫁・川舟流し」というイベントを催している。江戸時代の婚礼を模して、白無垢姿の花嫁が倉敷川を往来するということだった。結婚の挨拶を目的に倉敷に来た自分にとっては、タイムリーな出来事だった。
 
そして、その「瀬戸の花嫁」が往来する倉敷川沿いにある大原美術館が、私が倉敷に来た裏の目的の一つだった。
 
なぜ、大原美術館に興味を持ったのか。
それは、大原美術館を作った大原孫三郎という人物に、とても心惹かれていたからだった。お義父さんが繊維業をしているから、というのもある。そして何より、「わしの目には十年先が見える」という、大原孫三郎について書かれた本に感銘を受けていた。

 

 

 

大原孫三郎は、父から譲り受けた紡績事業を拡大し、現在のクラボウ、クラレ、中国電力に繋がる企業に大きく成長させた人物である。様々な事業を立ち上げ、成長させたという点では、新一万円札になる渋沢栄一のような人物だと思う。
 
今に残る孫三郎の足跡は、大原美術館だけではない。
美観地区にある「アイビースクエア」は現在のクラボウの工場跡地であり、観光地となっている。
アイビーとは蔦(ツタ)という意味である。工場で働く女工たちに配慮し、工場内部の温度調節をするため、工場のレンガの壁に蔦をはやしたらしい。それがアイビースクエアの名前の由来になっている。
当時では考えられないが、孫三郎は資本家と従業員で対等な関係を築こうとした。その考え方が、アイビーを使った、今でいうグリーンカーテンを生み出し、美観地区に残っている。
 
他にも、孫三郎が同じ時代の経営者と比較して異色な点は、多数ある。
上記のような、今でいう「働き方改革」を推進するために、倉敷労働科学研究所を立ち上げている。さらには、今でいう「企業の社会的責任」、CSRのようなものを推進するために、大原社会問題研究所を立ち上げている。
 
さまざまな事業を行う上で、多くの人に反対されたときに「わしの眼は十年先が見える」という言葉で押し切ったといわれる。彼の成してきたことを考えると、まるで本当に未来を透視できていたかのようだ。そんな人物の仕事観に、とても興味を持った。

 

 

 

孫三郎に通底する仕事観を作ったのは、幼少期ではないかと思う。
金持ちだからという理由で妬まれ、いじめられる。そして東京へ上京して、友人にちやほやされるが、結局は金づるとして見られているだけだということが分かる。おそらくこういった経験から、損得勘定がない本当の友人を作りたい、という感情が芽生えていたのではないか。
 
特に、本当に友人と思える尊敬する友人にお金をつぎ込む、究極の公私混同の仕事観が孫三郎の特徴ではないか、と思った。
これは大原孫三郎と、画家の児島虎次郎の関係に表れていると思う。彼らはパトロンと芸術家という関係だけでなく、親友としての側面があった。
 
孫三郎は、いい絵を描いてもらうために虎次郎をヨーロッパに留学させる。その中で、虎次郎は、おそらく孫三郎に影響を受け、社会的な目線を持つようになったのではないか。日本の画家たちに勉強になる絵をヨーロッパから持ち帰りたい、と思うようになるのだ。
 
そして、孫三郎は児島虎次郎と友人として夢を共有する。日本の画家にいい影響を与え、技術を向上させるために、ヨーロッパから絵を買い付けていく。
こうして買い上げた作品で展覧会を開くと、客が全国から殺到したという。これを見た孫三郎は自身が苦しい財政状況の時も、友人である虎次郎のため、そして日本の画家の技術向上のため、再び虎次郎に絵を買い付けに行かせる。
 
このようなお金の使い方は、ただの道楽ではできないだろう。信頼関係のある友人に投資するからこそ、お互いに影響を与え合っている側面があると思うのだ。
 
こうして集められた美術品が、現在の大原美術館に収蔵されている。大原美術館といえばこれ! という代名詞のような存在に、モネの「睡蓮」がある。この作品は、虎次郎がモネから直接買ったものだそうだ。
 
第二次世界大戦で岡山が空爆されなかったのは、大原美術館の美術品があるから、という逸話がある。真実かどうかは確かめようがないが、そう言われるレベルの芸術作品が多数あるということだ。
近年では、美観地区に来る観光客の1割、年間約30万人が入館しているという。孫三郎と虎次郎の友人関係が、現代に残る仕事を成し遂げたのだ。
 
大原美術館を訪れた時、モネの睡蓮を見た。絵のことが全く分からない私も、孫三郎と虎次郎の関係に思いを馳せた。

 

 

 

大原孫三郎の仕事術は、お風呂掃除に使う洗剤のように思えた。
尊敬しているとは言え、友人との金銭のやりとりはトラブルのもとだろう。友人と金銭は「混ぜるなキケン!」であると思ったからだ。
 
仕事を通しても、金銭をやりとりすることは難しいと思い込んでいた。そこに妥協の関係が生まれそうだし、何より、なにかトラブルが起こった時に友人関係がギクシャクしそうだと思ったからだ。実際、仕事をする中で上下関係ができてしまったり、金銭トラブルが起こってしまうこともあるだろう。
 
しかし、孫三郎の真似をしてみたいと思った。尊敬できる友人に投資をし、自分も成長することができる。そんな、理想の関係を築いてみたいと思ったのだ。
 
しかし残念ながら、私は孫三郎のような潤沢な資産を持っていない。
そこで独立起業する、新しいチャレンジを始める友人の、最初の顧客になって応援することを思い立った。
 
今まで、友人の最初の顧客になったことが何回かある。
その中でも最近、顧客になることを決めたサービスに「コーチング」がある。ちょうど、コーチについてもらうことで、自分がやりたいこと、実現できたら楽しいことを整理したいと思っていた。つまり、人生のたな卸しをしたかったタイミングだった。
 
きっかけは、大学時代の先輩Aさんからの連絡だった。

 

 

 

「最近どうしてんの?」
 
久しぶりにLINEでAさんから連絡があった。
Aさんは新卒で入った大企業をすぐに辞めて、起業をされた。よちよち歩きの会社を成長させるため、獅子奮迅の活躍をされたが、無理がたたって体調を崩してしまった。少しの休息を経て、私に連絡をくれた。
 
Aさんはかつての自分と同じような、メンタルがやられるような失敗を防ぐため。そして、本当にやりたいことを並走して考えてくれる人、アドバイスをくれる人が欲しかった、そういう思いがあったようだ。その過程で、コーチングをすることが自分の天職ではないか、と考えるようになったようだ。
 
もちろん以前から、起業をされたAさんの行動力と経営手腕をさすがだな、と思っていた。しかしそれ以上に、自分の弱い部分を認めて先に進もうとする姿勢を尊敬するようになった。
彼のチャレンジを応援したい、と考えた。まだサービス化していなかったコーチングに申し込み、最初の顧客になった。
 
Aさんにとっても、顧客ができたことが、刺激になったようだ。彼が生来持っている、ゆったりとした雰囲気で話を引き出す能力に加え、コーチングの勉強を本気で始めた。私も、友人だからと忖度せずに、思ったことを率直にフィードバックした。その方が彼のためになると思ったからだ。その過程で、徐々に彼が提供するコーチングの価値が上がっていったように思う。
 
私が彼からもらったものも、コーチングによってもたらされるものだけではなかった。彼の成長への意欲や、考え方には強い感染力があった。今でも、仕事に取り組む姿勢や、自己投資にも大きく影響を与えられている。
 
大きな岩を動かす時、最初は途方もない力が必要になる。その初速を上げていく段階で、友人同士で協力することは、お互いのためになるのだと実践して分かった。
孫三郎と児島虎次郎のような関係になれるかは分からない。しかし、継続すれば豊かな人間関係を築けるのではないか、そう思うようになってきた。
 
友人と金銭は「混ぜるなキケン」、な側面があると今でも思っている。
しかし、損得勘定ではない関係性があれば、「混ぜるなキケン」が「混ぜたらスゴイ」になることが分かった。
 
大原孫三郎のように、十年先の未来を見据えるような能力はないし、そんな自信もない。
しかし、友人たちの力を借りて、
 
「わしの目には三年先が見える。たぶんだけど……」
 
そのくらいは、言えるようになりたい。
 
 
 
 
参考:「わしの目には十年先が見える」(城山三郎著)、大原美術館HP

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2021-11-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.146

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