週刊READING LIFE vol.146

何にだってなれる! レオナルドに学ぶ仕事術《週刊READING LIFE Vol.146 歴史に学ぶ仕事術》


2021/11/08/公開
記事:ソフィ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
令和3年現在。
 
なんだか、ものすごく多様なスキルを問われている時代になった気がする。
 
何か突き抜けているだけではダメ。
なんでも屋、とまではいかなくとも、いくつか得意分野があって、やっと一人前と認められる、そんな世の中。勉強ができるだけでは到底やっていけない、そんな世の中。
 
私が就活をしていた4年前、
多くの企業が求める能力、堂々の第一位が「コミュニケーション能力」だった。
コミュニケーション能力、なんて簡単に言うけれど、きっとそれにはいろ〜んなスキルが込められていると思う。
空気が読めること
ホウ・レン・ソウ(報告・連絡・相談)ができること
人見知りせずおしゃべりできること
相手の話をじっくり聞けること
感情をコントロールできること
誤解のないような伝え方ができること
正しい敬語が使えること
人前で堂々とプレゼンテーションができること……などなど?
そのためには一般常識はもちろん、ITスキル、社会動向、ついでにオジサンが好きそうなモノまで知っておく必要がありそうだ。
あとは自分の心の余裕も……ってもうすでにめちゃ大変じゃないか。
 
そのうえ、このご時世だ。いま所属する企業が一生自分の面倒を見てくれるとは限らない。
なんとなく大学に行って、就職して、そのまま同じ企業で定年まで頑張って……なんていうのは、私からすればおとぎ話みたいなもんだ。
 
その一方で、やはりスキルを身につけている人は強い。もし今の会社がつぶれても、会社からクビになったとしても、土俵を変えるだけだ。スキルさえ持っていれば、即戦力だといって欲しがる企業はいるだろう。それとも、会社に属さない、フリーランスという生き方もできるいうではないか! スキルの有無は人生をも変えてゆく。
 
もっというと、スキルの有無は社会を変えていく力さえある。
日本、そして世界を引っ張るリーダーたちで、スキルが乏しい人はそういない。
経営者はもちろん、YouTuberやライター、カメラマンなどなど……
例えばYouTuberなら、まずネタを集めることから始まって、それが本当に面白いネタとして成立するのかを考える。そしてそれをどう伝えるか、自分が喋るのか、アニメーションを作ってみるのか。さらに動画を編集する、不要な部分をカットしたり、テロップや効果音を加えてみる。……私はYouTubeに動画を投稿したことないので、ぱっとこんなことしか思いつかないが、それだけでも、いくつものスキルが必要であることはよく分かる。
世間のニーズを読み取る力、未来を見据える力、人びとを魅了する力……
彼らが生み出す独創的なアイディアは、多様な知識や経験あってこそ。
何かに特化しているというよりは、色んなことをこなしていける、マルチタスクな人間こそ、今もっとも勢いがある人達ではないだろうか。
 
今回は、マルチタスクの先駆けとなったかもしれない、一人の男を紹介しよう。
今から500年前、イタリアで半端なくマルチタスクの男がいた。
その男は、医者であり、技術者であり、科学者であり、芸術家である。
……こちらが絶望してしまいそうな経歴。世の中って不公平だよなァ。
 
男の名は、レオナルド。ヴィンチ村で生まれたから、レオナルド=ダ=ヴィンチと呼ばれている。どれだけ歴史に疎くても、その名は聞いたことがあるだろう。
彼の作品も、実に有名だ。『モナ=リザ』や『最後の晩餐』など、大ヒット作を生み出している。
 
『モナ=リザ』は知っているけれど、あれの何がすごいか分からない! というあなたへ。ここは、ちょいと歴史教員のうんちくに付き合ってもらいたい。
 
一度、今この記事を閉じて、『モナ=リザ』の絵を検索してほしい。
……改めて見ると、なんとも言えない、絶妙な不気味さを感じないだろうか。
この絵のもっとも価値が高いとされるのが、その謎めいたところにある。
その女の微笑みといい、背景の暗さといい、このポーズは実際にやってみるとかなりキツかったり……これはすでに亡くなっていた女性をモデルにしたからだという説もあるが、やはり人間は分からないものが好きなのだ。分からないことにロマンを感じるからこそ、この絵の価値は世界一なのだ。1962年に1億ドルと査定されており、2019年には最低でも8億3000万ドル、日本円でざっくり1000億円と推定されている! 数字に弱い私からすれば、1000億円っていくら? ってレベルだ。
実際ルーブル美術館で『1000億円』を一目見ようとこころみた。やはり『1000億円』の前だけ人であふれかえっていた。さすがやなァ、と思いながら背の高いヨーロピアンを押しのけて、最前列で見た。……まぁ、あの、おなじみの、『モナ=リザ』だね、という感じであまり感動はなかったのだが。むしろ売店のポストカードを見た方が細かいところまでしっかり見れていい。
 
価値の面ではもう私のわかる範囲を超えているので、絵に用いられている技法の話をしよう。例えば、女のあごの部分に注目してほしい。顔の輪郭がぼかしてあるのがお分かりいただけるだろうか。これはスフマートという技術で、空気に消えていく煙のように、という
オシャレでいかにもヨーロッパらしい意味合いを持っている。このおかげで、線で輪郭をなぞっていくよりも、顔が立体的に見える。同じ時代に生きたボッティチェリという画家(『春』や『ヴィーナスの誕生』で有名)は思いっきり線を描く古典的な手法を使うのに対して、レオナルドは境界を分けるような線を描かない。
背景も見ていこう。手前の方はぱっと見3色が使われているのに対して、奥にいくほど青っぽい色でぼかしてある。これは空気遠近法といって、実際に大気が持つ性質を表現している。確かにぼ~っと景色を眺めていると、遠くは青くぼやけて見えることがある。そのぼ~っと感を表現できるなんて、さすがやぁ。
……ただし、これらの技法は今となっては特に珍しいものではない。輪郭を描かないとか、遠近法をつかうとか、中学校時代、クラスに一人はいる、絵の上手~い、あの子がいかにもつかっていそうな技法じゃないか? ありふれた技法なんじゃないの? そう思ったあなた。
 
レオナルドのすごさは、その技術を開発したことにある! こんな言い方をすると少しおおげさに聞こえるかもしれないが、その開発に欠かせなかったのが、半端なくマルチタスクな男だったからこそなのだ。……というよりは、「もっと絵を上手く描きたい!」という想いから、マルチタスクな男になったのだ。
 
例えば、レオナルドの『(ウィトルウィウス)人体図』、ピンとこないなら、ぜひ一度調べてほしい。きっと、あぁ、見たことある! と思うはずだ。医学のシンボルになっていたり、イタリアの1ユーロや、その他様々にパロディされて多様に使われている。これは、非常に忠実な人体比率……つまり頭の大きさとか、手足の長さとか、そのバランスがとても自然なのである。
 
レオナルドが生まれるちょっと前のヨーロッパでは、キリスト教の影響力が、と~っても強かった。正確に言えば、キリスト教の教えそのものというより、キリスト教という名をかざしている教会の力が大きいのだが。多くの日本人は都合のいいときだけ神頼みをする……例えば、自分が応援しているスポーツチームの得点がかかっている瞬間だけ、神様、お願い! と願い、得点が決まった瞬間、神様そっちのけで大盛り上がり。客観的に見るとなかなか都合のいい人間だ。……クリスチャンにとっての神とはそんな軽い存在ではない。神とは、この世を、世界を、人間を、そして自身をつくった存在なのであり、常に自分と切り離せない存在なのである。スポーツ選手が得点を決めたあと、十字架を切って空に向かって投げキッスをするシーンを見たことがあるだろう。
 
私たちからすれば、それだけでも十分に信仰心が強い感があるのだが、ビフォー・レオナルド時代、いまよりもはるかに、西ヨーロッパ社会全体が、人間なんかそっちのけで、神様!!! の時代だった。もちろん、絵もキリスト教関係のものばかりなのだ。キリスト教と関係ない神々を描くとか、それこそ、その辺にいる一般人を描くとか、ほぼあり得ない時代だったのだ。
あとは、絵が何か伝わればOK! 的な感覚だったので、お世辞にも美しいとか上手だとか言い難いものばかりなのだ。顔色悪すぎなイエス様とか、体長すぎなイエス様とか……これはこれで失礼じゃないの? と思ってしまう。レオナルドが生まれるちょっと前は、絵画という面では退化の道をたどってしまった。
 
そののち、教会が色々とやらかして、キリスト教にがんじがらめ状態なのは止めよう! 人間らしさを追求しよう! という流れがヨーロッパでうまれた。それまで、あまりにもキリスト教の力が強すぎて、人間が分からない領域は「すべて神の思し召し」だったのが、「人間の理性で、分からないことをどんどん解き明かしていこう!」という意識が芽生えたのだった。
レオナルドは「もっと絵を上手く描きたい!」想いから、絵の枠を超えまくって、医学・解剖学の勉強を始めた。まだまだ、師弟の関係が絶対視されていた時代なのに、レオナルドは自身の師匠のライバルのもとへ通って、解剖学を学んだというのだから、その勇気と行動力はすでに普通の人間ではない(当時、こんなことしたら、師匠に殺されてもおかしくない!)。師匠もレオナルドが描く絵の技術の高さを認めていた。10代のまだ若き青年が生み出すその作品は、見る者を惹きつけ、師匠自身がそれに惚れ込んでいた。すでに、天才以外の何者でもなかった。自分はレオナルドには敵わないと悟った師匠は、レオナルドとの共同の作品制作を終えたあと、二度と筆を握らなかったという(この師匠も大金持ちからどんどん注文がくるような、名の知れた芸術家だったのだが……! )(諸説あり)。この時、レオナルドはまだ20歳。師匠はもう教えることがないと、レオナルドを独立させた。
 
まだまだ絵が上手くなりたかったレオナルドは、人間の観察だけでは物足りなかったようだ。彼が晩年まで過ごした館には、人間の頭蓋骨と一緒に、貝やサンゴなどの海洋生物から、暦にかかわる時計や地球儀、さらには自身が開発したヘリコプターなど、これでもか! というほど幅広い分野の品々が並べられている。私からしたら、医学、生物学、物理学、天体学……と、すでにもう訳が分からない。それに加えて、お城と庭園の設計や、地図の作成、戦争兵器の開発……など、いったい何人分の人生を生きているんだ? といわんばかりの経歴。だがレオナルドは、いかにも人間が作った煩わしい学問の境界線などお構いなしに、夢中で観察・実験・発明を繰り返し続けたのである。次々と新しい発明を生み出すレオナルドを、当時のフランス国王は、わが父とまで呼び、たいへん親しい中にあったことも有名である。
 
そんな、レオナルドの絵の特徴は、自然界にないものは描かないということだ。神々しい光だとか、目立たせるための輪郭線だとか、そんなものは一切描かない。宗教画を描くにあたって、これは革命だ。その代わりに、複雑なポーズであったり、草原や岩の濃淡、遠くにかすめる景色などを、観察を通して、よりリアルに描く。この発想自体が、レオナルドの生み出した新しい発明なのである。
レオナルドの生きた時代、幅広い分野に精通する者は「万能人」として敬われた。レオナルドは「万能人のなかの万能人」であり、凡人では到底たどりつくことのできない領域にいる。
 
いやぁ、書いていて思ったけれど、改めてすげぇな、レオナルド。
そりゃあ日本でも名が知れ渡っていて当然だよな、と感心してしまう。
もちろん敵う訳がないし、一つだけの分野に絞って勝負しても、勝てそうにない。
だが、この天才を「あ~、スゴイスゴイ」で終わらせていいのか。
私たちにだって、彼から学ぶところや、参考にできる部分がないだろうか。
 
レオナルドを突き動かしたのは、彼の異常なレベルの好奇心や探求心だった。人間の身体ってどうなっているんだろう? から解剖学にいそしみ、絵画という形でアウトプットし、大大大・成功した。つまり、私たちも、世界で起こっていることに対して、関心を持って、なぜ? なに?を考え抜き、それをなんらかの形でアウトプットできれば、今の自分のなかにあるスキルを駆使していることになる。
 
冒頭ででてきたコミュニケーション能力だって、この3ステップで解決できるかもしれない。
上司に何を行ってるか分からないと言われる……という悩みがあったとすれば、相手とスムーズにコミュニケーションを取るためには何が必要なんだろう、と考えてみる。または、苦手なプレゼンテーションを任された……ならば、どうやったら人びとを惹きつける話し方ができるのだろう、とか。そこで身近な人がどうしているのか観察したり、話を聞いてみる。本を読んだり、インターネットで検索してみてもいいかもしれない。そのたくさんの情報のなかから、自分はこうすべきだと考えて、実際にアウトプットしてみる。それを繰り返していたら、企業が求める、ザ・コミュニケーション能力がある、マルチタスクな人間になれているかもしれない。仕事なんて枠さえ超えて、もはや自分の楽しさや喜びのために突き詰めていけば、それでいいんじゃないか。
レオナルド並みの好奇心や探求心と、アウトプット技術の高さがなくたっていい。自分の仕事でも、趣味でも、今何も浮かんでこなくても、何かを疑問を見つけて解明していこうということ、そのことだけは忘れずに生きていこう。
 
ときに常識がそのジャマをすることがあるだろう。それでも、好奇心や探求心を止めてはいけない。なぜなら、レオナルド自身がそうだったから。自分が納得する絵が描けるまで、彼は観察を止めなかった。まだまだ中世の重苦しい面影が残る時代に、これまでのやり方に頼らない、これからの人間の生き方という光を示したのだ。現代版・万能人になるためには、その歩みは止めてはならないのである。
 
悲しいことだけれど、私たちは、日々あまりにも忙しいと感じてしまって、工程を再現していく余裕もないのかもしれない。けれども、どこかで踏ん張って、ちょっとココロの余裕を確保する。そのあと湧き出てくる好奇心とその探求心さえ忘れなければ、マルチタスク人間にだって、世の中を動かすリーダーにだって、もはや、何にだってなれるんじゃないか。

 
 
 
 

□ライターズプロフィール
ソフィ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

やりたいことが多すぎて、何から手を付けていいかわからず、結局冷めてしまう悩める20代女子。ライティングもそのうちの一つだった。高校で社会科の非常勤講師をしている。趣味は愛犬と戯れること、海外放浪。

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2021-11-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.146

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