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週刊READING LIFE vol.147

職業とは何なのか《週刊READING LIFE Vol.147 人生で一番スカッとしたこと》


2021/11/15/公開
記事:河口真由美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「安定した仕事につきなさい」
「手に職をつけなさい」
 
これは私が中学生の時から、母が言い続けていた言葉だ。
パートとして体を駆使して働いてきた母の、人生の後悔のようにも聞こえた。
子供には自分と同じ想いをさせたくないという願いもあったのだろう。
 
高校生の私は、海外に興味があり、国際的な仕事をしてみたいと思っていた。英語や外国語をもっと学ぶために、大学に行きたいと言った私に対し、「お母さんはそんなんで手に職がつけれるとは思わない。それでは食べていけない」と却下された。
 
「じゃぁ安定した仕事って何? 手に職って何?」
「公務員や看護師になったほうがいいんじゃない?」
 
社会人を経験した今でなら、母が見えている世界が、本当に狭かったということがわかる。知りもしないのに、自分の勝手なイメージだけで「それでは食べていけない」と決めつけるなんて、実際にその仕事をしている人からすれば、失礼な話だ。
でも、当時の私にとって、母に言われる世界が自分の世界だった。母を論破できる知識と教養を持ち合わせていなかった私は、結局自分の道を探し出すことができず、高校にきていた求人を選択し、卒業後は東京で就職することになった。
慣れない土地で、社員寮での共同生活、三交代制の過酷な労働時間に、軍隊のような厳しい上下関係の会社に入社した私は、3か月でリタイヤすることになった。
 
 
「安定」「手に職」という言葉は、いつの間にか呪いとなって私に染みついていた。
 
 
次は失敗してはいけない。とにかく「安定」した「手に職」をつけないと!
 
 
そのころはシステムエンジニアが不足していて、これから需要が高まってくると言われていたこともあり、私は2年制の専門学校へ入学し、システムエンジニアを目指して、勉学に励んだ。
そして、学校を卒業し、地場大手のシステム会社である、今の会社に就職する。
今の会社は、男女差別も全くなく、先輩、後輩、男性、女性関係なく、みんなが遠慮なく自分の意見を言う職場で、そんな風土が私にとても合っていた。
 
システムエンジニアの仕事は、なかなか過酷だ。
入社して3~5年くらいは、残業があたりまえの日々で、21時が定時じゃないのか? というくらい毎日遅くまで残っていた。遅い日は23時過ぎまで働き、家に帰ったと思ったら、システム障害で会社に呼び戻され、明け方4時に帰宅するような生活に、何度も仕事を辞めようと思ったこともあった。それでも辞めずに頑張ったのは、働けば働くほど財布が潤っていたからだ。
決まった日になれば、お給料が入ってくる。家賃も会社が一部負担してくれる。長期休暇も取れて、海外旅行にも行ける。
これが「安定」なのか……
 
また、どれだけ世の中の景気が悪化していても、システムエンジニアという仕事は人手不足であることが多い。入社してから18年間、暇と思ったことが数えるほどしかない。とにかく次から次に仕事が入ってきて、システムの納期に追われて一瞬で1年が過ぎ去っていく。
システムエンジニアをしていれば、山のように仕事がある。
これが「手に職」なのか……
 
私はいつのまにか、母の言う「安定」と「手に職」を手に入れていた。
確かにこの2つがあれば、生活やお金に困ることはない。これらを手放すのはもったいない。
それなのに、なぜか心は満たされない。
むしろ年数を重ねれば重ねるほど、仕事への情熱がなくなっていく。
結婚して子供ができてからは、完全に生活のために仕事をしていた。
 
 
「人生で仕事が占める時間の割合ってどのくらいかわかりますか? 起きている時間の半分ですよ! それなのに、お金のため、生活のために仕事をするってもったいなくないですか? せっかくだから、目標をもって、やりがいをもって、楽しんで仕事したくないですか?」
 
 
入社して2,3年目のときに受講した研修で、先生がこのように言っていたのを覚えている。
いやいや、そういってもお金大事でしょ。給料と福利厚生が良くなければ、今の仕事なんてやってられないよ!
研修を受けたときは、そう思っていたが、先生のこのことばは、ずっと引っかかって耳に残っている。
仕事がつらくなったときに時々思い出しては、考えてしまう。
確かに短い人生、お金のために仕事をしているのはもったいない。
でも、家族を守らないといけない現実もある。今さら、自分の夢を追いかけるなんてできない。
だからといって、今の仕事にやりがいや目標を持つことができない。
 
自分はこれからどんな人生を生きていきたいのか?
自分の幸せは何なのか? 何を幸せと感じるのか?
このまま定年までこんな状態で働いていくのか?
30代に入ってからの10年間は、とにかく自問自答を続ける毎日だった。
 
 
 
そんなある日のこと、久しぶりの家族旅行で、友人に勧められた貸別荘を訪れた。
里山の中に立つ一軒家で、周りには民家が数件しか建っていない。コンビニまでも車で20分ほど走る。
貸別荘の中は北欧風の作りになっていて、キッチン、お風呂、冷蔵庫、洗濯機すべてがそろっていて、自由に使える。食事はバーベキューか鍋を選べて、事前に予約していたら、商品が冷蔵庫の中に準備されている。調味料やお皿も全て完備されていて、何一つ普通の家と変わらない。
キャンプでもない。旅館でもない。家にいるようで、でも旅行しているようで、好きな時にご飯を食べて、好きな時にお風呂に入って、なんて新しいシステムなんだろうと思った。
受付でも人に会うことがなく、それでもちゃんとチェックイン・チェックアウトが成り立っている。
 
紹介してくれた友人に聞くと、そこのオーナーは市内の中心部に住んでいて、料理の運び入れや、清掃はその貸別荘の近くに住む里山の住民に任せているとのことだった。
オーナーは、貸別荘をお客さんに貸すだけで収入が入ってくる。
里山の住民は、市内まで行かなくても、家の近くに新しい仕事ができる。
貸別荘に来るお客さんは、コロナ化の中でも周りを気にせず、お得な金額で普段と違う時間を楽しむことができる。
 
みんながウィンウィンで、みんながハッピーにしかなってない! なんて面白い仕組みなんだろう!
こんな仕事の仕方があるんだ!
会社の外にはこんなに面白い働き方があって、みんなが幸せになるために働いている。
仕事は楽しいものっていうのは、きっとこういうことなんだ!
 
 
貸別荘へ行ったことをきっかけに、私は、物事や人を見る視点が変わった。
経営者がどんな考えで、どんな想いがあって、どんな取り組みをしているかが気になるようになった。
テレビの特集を見たり、本を読んだり、実際に話を聞いたりして、気づいたことがある。
 
当たり前のことかもしれないが、それぞれの経営者には、その仕事をすることによって、叶えたい夢や、目的・目標があるのだ。
 
例えば、私が通うヨガスタジオのオーナーは、ヨガを通して、女性の心と体の不調を取り除きたい。スタジオに来てくれるお客さんが、来た時と帰る時で表情が見違えるように変わるのを見れるのがうれしくて、それを見たくてヨガをしている。
 
また、テレビ見た、子供服や子供用品のリユースの会社を経営する社長は、自分の子供が生まれたときに、子供の未来を考えて、捨てられるゴミを少しでも減らしたくて会社を設立した。子育てをしていて、こんなのがあったらいいのにと思うものを会社のサービスとしてどんどん取り入れている。
 
この人たちは現状に満足することなく、自分の夢や目標に向かって、成長と変化を続けている。そんな人たちのところには、たくさんのお客さんが集まってきて、強いリピーターになっている。
 
 
これを見ていて、ふと思った。
 
『職業=目標』ではなく、『職業=目標のための手段』なのではないだろうか?
 
「安定」した職業であるシステムエンジニアになりたいという、職業を目標にしてしまったから、心が満たされず、仕事への情熱もなくなってしまったんじゃないだろうか?
 
その考えが頭に浮かんだときに、今まで積み重ねてきた巨大な葛藤の壁が、一瞬にしてぶち壊された気がした。
 
答えはすごくシンプルなことだったんだ。
自分がありたい姿がしっかりと決まれば、職業というのはそれを叶えるための手段。目的ではない。
ただそれだけのことだったんだ。
それに気づくと、生活のために、お金のために、目標もなくシステムエンジニアを続けている今の状態が、「安定」ではなく、とても「不安定」なもののように感じるようになった。
 
このことをきっかけに、私の第2の人生が始まった。
職業、生活、お金というものをいったん手放してみて、私が本当にやりたいことって何だろう?
ありたい姿って何だろう? というものを考えて、少しずつ見えてきた。
私のありたい姿は、80歳すぎておばあちゃんになっても、バリバリに働いて、誰かの役に立ち続けることだ。
いろんな方面から、少しでも多くの人の役に立つために、今のうちに少しでも多くのことを勉強したい。
目標が決まると、不思議とやるべきことも明確になってくる。
今からの人生が楽しみになってくる。
 
 
いつか受講したゼミの先生に言いたい。
あなたの言ったとおりでした!
お金のため、生活のために仕事をするはもったいないです!
目標を持つと、こんなに働くことが楽しくなるんですね!
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
河口真由美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県在住。システムエンジニアとしてIT企業に17年間勤務。
夢は「おばあちゃんになってもバリバリ働いて、誰かの役に立ち続けること」
40歳で人生をリニューアルスタート。ライティングをはじめ、新しいことにチャレンジしながら夢に向かって猪突猛進中。

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2021-11-10 | Posted in 週刊READING LIFE vol.147

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