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週刊READING LIFE vol.147

いじめで死んではいけません《週刊READING LIFE Vol.147 人生で一番スカッとしたこと》


2021/11/15/公開
記事:岡 幸子(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
人生で一番スカッとしたことですか。
そんなことを聞かれたら、思い出してしまうではないですか。
普段はフタをしているのですが。
「いじめ」とか、「リベンジ」とか、
そういうキーワードが出てくると、勝手に心に浮かんできます。
何十年たっても。
いじめられた記憶というものは、人の心からそう簡単には消えないものですね。
 
 
あれは、私が中学3年生の時でした。
4月の始業式に合わせて、東京から、まだ田園風景の残る県に引っ越しました。
最初はよかったのです。
田んぼの真ん中に建てられた中学校に、都会からやってきた転校生は注目の的でした。
中でも学級委員をしていたAちゃんが仲良くしてくれたので、あっという間に新しい環境に馴染むことができました。彼女は美人で男子からも人気があり、間違いなくクラスの中心的存在でした。
 
様子が変わったのは、5月です。
 
「おはよう」
 
いつものように、朝、教室にいたAちゃんに声をかけました。
 
「……」
 
返事がありません。
私の方を見向きもしません。
聞こえなかったのかと思って、もっと大きな声で「おはよう」と言いました。
すると。
私がそこにいないかのように、すっと横を通って教室から出て行ってしまったのです。
完璧な無視。
呆然としました。
何か気に障るようなことをしたのでしょうか。
一生懸命考えましたが、昨日はいつも通りに仲良くしていたのです。
心当たりがありませんでした。
 
「どうしよう。何かAちゃん怒ってるみたいだよね?」
 
とりあえず、いつもAちゃんと一緒にいる二人の女子に聞いてみました。
そうしたら……
なんと、二人ともAちゃんと同じように私と目を合わせないようにして、教室を出て行ってしまったのです。
 
無視されている。
 
この現実は、14歳の私には強烈な打撃でした。
理由もわからず、とにかく悲しくて、その日はもう何が何だかわかりませんでした。
目の前にいるのに、まるでいないように扱われるのが、こんなに辛いことだなんて。
火傷と同じで、想像だけでは本当の痛みはわからないものです。
 
無視は、その日だけでは終わりませんでした。
翌日も、その次の日も。
Aちゃんは人気があったので、クラスのほとんどの女子と、男子の半分くらいがAちゃんの行動に合わせるように、私を無視しました。後で知ったのですが、Aちゃんと一緒に学級委員をしていた男子Bが、彼女に同調していたのでした。
 
なぜ、突然こんな無視が始まったのか。
 
しばらくして、原因に思い至りました。
今では考えられないことですが、当時は、定期考査や、毎月学校で実施される模擬試験の順位が、名前や得点入りで廊下に貼りだされました。
Aちゃんも、男子Bも成績優秀者の常連でした。
その二人の成績を、最初に受けた模試で私が超えてしまったのです。
転校生にいきなり抜かれて、よほど悔しかったのでしょう。
無視は、その直後から始まりました。
 
 
そのうち、机の中にゴミくずが入っていたり。
下駄箱を開けると上履きがなかったり。
筆箱がゴミ箱に捨てられていたり。
図工の授業後、全員分が廊下に貼りだされた作品の中で、私の絵だけが逆さまに貼り直されていたり。
 
誰がやったのかはわかりません。
想像ですが、AちゃんもBも無視の音頭をとっただけだったと思います。
二人とも、勉強以外の面でも頭が良かったので、先生に知られたら内申点に響くようなリスクを負うはずがありません。
馬鹿な嫌がらせは、二人に対するご機嫌取りで、調子に乗った他の誰かの仕業でしょう。
教室内の目配せや含み笑いで、そんな雰囲気が感じられました。
 
 
振り返ってみると、私が受けた無視や嫌がらせは、大したいじめではなかった気がします。
殴られたり、金品を巻き上げられたり、脅されたり、そんなことはなかったのですから。
それでも、クラスの中で無視されているという現実に苦しみました。
お前なんかいない方がいいと、無言の刃に押しつぶされそうでした。
 
自分など、本当に存在しない方がいいのではないか。
この世から消えてなくなればこの苦しさから解放される。
楽になれる。
死にたい。
 
死は、14歳の私にはすべてを解決してくれる最高の解決策のようにも思えました。
死んだら楽になれる。
それに、私が死んだら、私をいじめた連中は、少しは後悔するだろう。
そんなことまで考えました。
 
現実は、いじめた相手が死んでも、いじめっ子は何の責任も感じません。
自分のせいで死んだなんて絶対に思いません。
勝手に死んだと思うだけです。
責任や後悔を感じるくらいなら、いじめたりしません。
驚くべきことに、いじめっ子たちには、自分たちが誰かをいじめたという記憶さえなかったりします。彼らにとっては、ほんの冗談、ふざけただけなのです。
 
大人になった今なら、いじめで死ぬのはバカバカしいとわかります。
でも、当時の私は、人生で一番死に近い場所にいました。
 
 
私が死なずに済んだのは、クラスの中に味方ができたからでした。
お弁当を、ぽつんと一人で食べるようになった私に、しばらくすると話しかけてくれた二人組の女子がいました。
 
「一緒に食べる?」
 
その言葉に、どれだけ救われたことか。
彼女たち二人は、いわゆる地味系女子でした。
クラスの主流派とは別の世界で生きているような、そんな二人が仲間に入れてくれたおかげで、私は居場所を得ることができました。
 
高校は、絶対にAちゃんやBとは、同じ学校へは行かないと決めました。
Aちゃんは県の女子高トップへ、Bは当時の学区内から受験できた共学のトップ校へ進学しました。私が本当に自分たちの志望校を受験しないとわかった頃から、彼らの無視はなくなりました。ある意味、とても分かりやすい人たちでした。
 
私が進学した高校は、県立の中堅校でした。伝統はあるけれど、進学実績はトップ校とは比較にならないものでした。
でも、私にとって一番心配だったいじめや、それに類することを、3年間一度も見たり聞いたりすることはありませんでした。
高校生活を安心して送れたのはよかったのですが、大学受験には大失敗しました。
滑り止めのつもりで受けた大学にも不合格だった時は、正直な気持ち、失敗が中学時代にまで遡るような、根深い悲しみが湧いてきました。
 
ところがです。
どん底の気分で始まった浪人生活の中で、神様はいるものだなあと思うでき事がありました。
秋も深まったある日。
東京の予備校から地元の駅に帰る途中で、あのAちゃんに会ったのです。
 
「わぁ、久しぶり! 元気?」
 
Aちゃんは、まるで親友と再会したような明るい口調で話しかけてきました。
 
「元気だよ。今、予備校からの帰りなの。Aちゃんは、もう大学生だよね」
「ううん、浪人してるの。もうすぐ本番だね。どこ目指してるの?」
 
私が答えると、Aちゃんは驚いたように言いました。
 
「ええー、私も第一志望だよ。学部は違うけど、一緒に合格できたらいいね!」
「そうだね」
 
相槌を打ちながら、心では様々な感情が渦巻いていました。
 
なんだ、Aちゃんも浪人したのか。
なら、どっちの高校へ行ったって同じだった。
浪人したおかげで志望校を上げることができたから、これで追いついたってことかな。
Aちゃんは文学部か。
理学部とは大した接点ないだろうけど、うーん、同じ大学はいやだなぁ。
 
 
 
そして、迎えた合格発表の日。
私は、自分の受験番号が掲示板にあることを確認する少し前に、Aちゃんが歩き去るのを見かけました。
 
「落ちたね、あれは」
 
直感でそう思いました。
大学の入学式で配られた新入生名簿をくまなく見ても、Aちゃんの名前はありませんでした。
 
「勝った」
 
何とも清々しい気分でした。
 
 
あの日から、40年もたってしまいました。
今は、別のことを考えます。
Aちゃんは、他の大学へ行ったけれど、その後大富豪と結婚してセレブになったかも知れない。
 
人生は、どこで逆転するかわかりません。
長く生きた方がお得です。
だから、どん底にあっても死んではいけません。
いじめにあっても、辛くても、どうか生きのびてくださいね。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
岡 幸子(おか さちこ)

東京都出身。高校教諭。平成4年度〜29年度まで、育休をはさんでNHK教育テレビ「高校講座生物」の講師を担当。2019年12月、何気なく受けた天狼院ライティング・ゼミで、子育てや仕事で悩んできた経験を書く楽しさを知る。2020年6月から、天狼院書店ライターズ倶楽部所属。
「コミュニケーションの瞬間を見逃すと、生涯後悔することになる」、「藝大声楽科に通う大学生が、2年間で2回も声帯結節になった話」、連載【ガラパゴス。世界自然遺産第1号を旅して】第3回「イグアナは、まつこだった」の3作品で、天狼院メディアグランプリ週間1位獲得。

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2021-11-10 | Posted in 週刊READING LIFE vol.147

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