週刊READING LIFE vol.152

赤の他人が夫婦になるには切り込んだ会話が必要だ《週刊READING LIFE Vol.152 家族》

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2021/12/20/公開
記事:西元英恵(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
自分が育った家庭は、いわば「老舗企業」みたいな安心感があった。
 
父がいて、母がいて。家に帰れば当たり前みたいにおやつやご飯が用意されていた。特に次女で末っ子の私は結構甘えさせてもらった記憶がある。悲しいことがあれば抱っこしてもらい、その傷を癒した。
 
自分が育った家庭はいつでも揺るぎなかった感じがしている。そこには自分が子供として自由に振舞うのを温かく見守ってくれる家族がいたのだ。
 
では、自分がいま育てている家庭はどうだろう。
もちろん夫とは「この人となら」と思って結婚した。それでも自分が幼少期のような安定感があるのかと問われれば即座には首を縦に振れない。
夫と私が今育てている家庭は「ベンチャー企業」のようなものだ。
老舗に比べれば歴史も浅く、父・母としての即戦力が問われる。ただ子供としてそこに存在だけしていればよかった自分の幼少期と違い、子供を育てている身としてその責任はまあまあ重く、自分の事だけを悩んでいた時とは明らかに違う。
そして、戸籍上は婚姻届を提出したその日から「夫」「妻」だが、そんな簡単にそのポジションをすぐさま全うできるわけでもなく、そこからフルマラソンのような長い長いレースが始まるのだ。
 
ウェディングサイトや結婚式場の運営をしているアニヴェルセルの調査によれば、離婚歴がある方の約8割が結婚式や披露宴などの婚礼セレモニーをしていないそうだ。これはなんだか妙に納得してしまう。私は幼いころから憧れがあったので結婚式や披露宴を行った。実際そういった婚礼セレモニーをやった身として感じたことは、あれは華やかな雰囲気の中で「選手宣誓」のような気合いを注入させられる儀式ということだ。
 
神父は優しく柔らかい言葉を並べ、私たちはその空気感の中で愛を誓った。それをお互いの両親や兄弟、大勢の知人友人たちが見ている。
「いいんだね?」「もうあとにはひけないんだよ?」とまるで覚悟を問われているかのようだった。運動会の朝、朝礼台に立つ校長に対して真っ直ぐに立ち、右手を天に向かって高々と突き上げ「正々堂々、戦う事を誓いますっ!」と選手宣誓するのと私にとっては同じことだった。
この気合いを込めた誓いをさせられたことが、少々のケンカくらいじゃ「これくらいで、別れるとか……ダメですよね?」と自分にストップがかかる。
世の中の新婚さんがどれくらいラブラブしているのかはわからないが、私にとってはなかなかの試練の期間であった。というのも、フリーランスで仕事をしている夫が結婚当初多忙を極めていたこともあり、物理的に会話をする暇がほとんどなかった。しかもその頃は自宅の1室を仕事部屋として使っていたこともあり、彼は夕食が終わると「じゃ、続きやるね」とそこに消えていった。鍵すら掛からないただの引き戸のその扉が鉄の扉のように重く感じられ、閉めてしまえば一切明かりの漏れてこないその扉の前でひとり立ち尽くし心の中でこう叫んだ。
 
(思ってた新婚生活と全然違うんですけどー!!!!!)
 
彼も遊んでいるわけではないのだし、応援してあげなければと思えば思うほどなんだか孤独を感じてしまいストレスに感じた。
加えて、お付き合いするだけじゃわからなかった細かな生活習慣の違いの擦り合わせや、日常生活を送るうえでのちょっとした意見の相違がますます私を疲弊させていった。
 
しかも、こういう時に限って新婚に掛けられる言葉が胸のなかをギクッとさせる。
「いいなー、新婚! 今が一番いい時期だよねー!」
(本当ですか? 結構ケンカとかしちゃってるんですけど……)
周囲の祝福ムードに反論する空気でもなく、内心顔を引きつらせながら
「そうですね。アハハハハ……」と乾いた笑いで返すのが精いっぱいだった。
 
そうか。新婚ってやはり幸せなものなのか。
急に不安に襲われた私はお得意のネット検索で「新婚 ストレス」を調べてみる。すると出るわ、出るわ、不安や不満の声が続々と。
(なーんだ、みんな一緒じゃん)
自分と同じことで悩んでいる人を知って、ほっとしてしまうのは人間の性だろうか。
 
(新婚生活ってネーミングが事態を重くさせるんだよなぁ。『修行タイム』とかにすればいいのに)
今まで全然違う人生を生きてきた赤の他人が、一つ屋根の下で暮らすのだ。衝突するに決まってる。だから「最初は修行なんだ」と覚悟することでそのストレスも少しは和らぐんじゃないかと思ったりする。
 
さて、そんなラブラブとは程遠い新婚生活を送ってしまった私たちだが、少しでもよい関係を構築しようと続けていることがひとつだけある。それは会話する時間を予め決めておくことだ。普段からちょっとした会話はもちろんするが、子供たちの乱入により会話が中断させられたり、気になることがあるまま疲れて寝てしまったりすることも多々ある。そこで「夫婦の会話の日」を設けたのだ。子供が就寝したあとにリビングでの会話が月1回、外でランチをしながらのミーティングが月に1回。合計2回だ。
 
これがなかなか良くて気に入っている。お互い普段感じていた不満を吐露することもあれば、将来の夢を語ったりする時もあり、内容はその時々によって様々だ。
つい先日も子供が寝たあと、二人で会話をしていたときのことだ。夫が少し不満を感じていたことが議題に上がる。彼の言っていることもわかるが、私にだって言い分があるのだ。
更年期に片足を突っ込んでいる私は、そのせいなのか元からの性格なのかすぐにイラっとしてしまう。その時も夫が話している途中で思わず
(やるのか!)と鞘から刀を抜きそうになった。しかし、夫が「なんで、そんなにすぐ怒るの?」と半ば乙女のような口調で言ってきて脱力した。
そうだ、選手宣誓をしたのは、この人を倒すためじゃなかった。この人と一緒に生きていく決意をしたんだった。我に返った私は冷静さを取り戻し、また会話に戻った。
結果、落ち着いた状態でお互いの思っている事を言い合い、修復をすることができた。やはり、改めて会話する時間を設けるのは私にとっては有意義なことのようである。
 
そういえば、昔NHKで「夫婦の会話を科学する」という単発の特番があり、それを録画までして興味深く観た記憶がある。おそらくこの時も夫婦間のよい関係を模索していたのかもしれない。今回もこの記事を書くにあたって改めて観たところ、夫婦は頭に脳波を計測する装置をつけられカメラの回っているところで普段の会話の様子を記録していた。すると、二人の脳波がよりシンクロする会話ネタというのが明らかになった。それが「直してほしいこと」だったのだ! まさしく先日私が夫に切り出されたテーマであった。脳科学者によれば「直してほしいことっていうのは言う方も言われる方もたくさん考えないといけないので、同時頭を働かせることによってシンクロしやすい、ということであった。
なるほど! 夫婦間では言いたいことの先延ばしはあまりよくなさそうだ。そして言いづらいことをあえて言える関係性にこそ未来が拓けてくるのかもしれない。
 
こんな事を考えていると、ふと、思うのだ。
そうか、老舗企業のような安心感を与えてくれていた私の両親だって最初はベンチャー企業だったのだ、と。きっと私が思っている以上に衝突もして、たくさんの言葉も交わしていたのかもしれない。そう思うと理想の夫婦、理想の家族を作るにあたって努力は必須であり、義務のような気もしてくる。まずは私達夫婦の土台をしっかりと固めていきたいと思う。そして、老舗のようなどんと構えた安心感を子供たちが感じ取ってくれたら、夫婦としての挑戦は成功なのかもしれない。
 
長い人生これからも色々あるだろう。あの時みんなの前で選手宣誓させてもらった気持ちを忘れず、そして会話を重ねて、家族みんなの帰る場所を温かく作っていけたらこんなに幸せなことはない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
西元英恵(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

2021年4月開講のライティング・ゼミ受講をきっかけに今期初めてライターズ倶楽部へ参加。男児二人を育てる主婦。「書く」ことを形にできたら、の思いで目下走りながら勉強中の新米ゼミ生です。日頃身の回りで起きた出来事や気づきを面白く文章に昇華できたらと思っています。

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2021-12-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol.152

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