週刊READING LIFE vol.152

ドイツ人母さんたちの愛には敵わない《週刊READING LIFE Vol.152 家族》


2021/12/20/公開
記事:緒方愛実(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
クリスマスになると、ドイツにいるお母さんに会いたくなる。
お母さんと言っても、私と彼女は、残念ながらDNA的には、親子ではない。けれど、目に見えない絆で繋がっている、そう言える自信がある。
ドイツ人のAさんとは、数年前、日独の青年交流会で出会った。南ドイツの都市・ミュンヘンにある彼女の家に、私がホームステイさせていただいたご縁だ。
はじめてのドイツの旅。人見知りの私は、ミュンヘン中央駅でガチガチに緊張していた。
「マナミさん? あなたがマナミさんですね!」
人の波をかき分け、日本語でそう声をかけながら、私に駆け寄ってくれた彼女。その手のあたたかさ、弾けるような笑顔を今でも鮮明に思い出せる。それから約一週間、私は彼女と旦那さんに手厚くもてなされた。高速道路をぶっ飛ばして訪れた、おとぎ話に出てきそうな、山奥にある荘厳なお城と教会。息を呑むほど早いロープウェイで登った、野花が咲き誇る山。市場で食べた本場の焼きソーセージとドイツパン。一緒に過ごした時間はあっという間に過ぎて、だが、まるで一年近く一緒に暮らしたような、充実感とあふれるような幸福感を私はもらった。Aさん夫婦は、異邦人の私を、実の娘のように愛してくれた。お互いドイツ語と日本語は勉強中だったけれど、言葉の垣根なんて飛び越えて、心を通わせた。
その約二年後、彼女たちが福岡を訪れてくれて、私は名所を事前に作っていたドイツ語のカンペを使って案内した。その時も、会えなかった時間と距離を感じさせないくらい、話がはずんで楽しい時間を過ごすことができた。
そして、12月になると毎年、彼女から贈り物がドイツから飛んで来る。
小さな箱。でも、持ち上げてみると、驚くほど重い。箱のふたを開けると、ぎっしりと、ドイツのお店で売られているクリスマス限定のお菓子や、雑貨、ぬいぐるみが詰まっている。その上にはいつも一通の手紙。私たちの約束。お互いの勉強のために、手紙やメールをする時は、日本語とドイツ語の両方で書くこと。
ドイツのクリスマスのお菓子ならではの、スパイシーな香辛料の香りに包まれた、彼女の愛情。うれしくて涙が出ると同時に、申し訳なくなる。
「いつもすてきな贈り物をもらっているから!」
数年前の春、ミュンヘンに再度訪れた時、私は彼女たちに日本のお土産を持って行った。日本茶、お菓子の「柿の種」、和紙でできたランチョンマットなど。彼女にもらった分だけ、いや、それ以上に、気持ちを返したかった。
だが、彼女は浮かない顔をした。眉を下げ、私に静かに言った。
「マナミさん、こんなにいっぱいもらえないわ」
「え、どうして?」
戸惑う私に、彼女は微笑んだ。
「クリスマスの贈り物は、特別なものだから。お返しをしようと考えなくてもいいの。私があなたにあげたかっただけなの。気に病ませてしまったわね」
「でも」
私の肩をやさしく撫でながら、彼女は目を細めた。
「マナミさんが、元気にまた来てくれた。それだけで、十分な贈り物だわ」
ストンと、肩の力が抜けるようだった。それは、旅から帰ってきた私に、私の母が言う言葉だった。
 
あぁ、日本人でもドイツ人でも同じ。母が子を思う気持ち、無償の愛とは、こんなにも大きなものなのだな。
 
それからは、私も気負わなくなった。贈るとしても、ささやかな物を一つ。または、目に見えない、一緒にいられる時間をどうやったら、お互い幸せに過ごせるか、を考えるようになった。
彼女に限らず、ドイツ人の友人たちは、物を多く所有するということを好まない。持つとしても、実用的にもデザイン的にも優れた、環境にやさしい、長く使える良い物を厳選する傾向にある。働いて得たお金は、旅での体験や、ボランティアや寄付に回す割合が多い。衝動買いも、ブランド物の爆買もしない。
それは、キリスト教の精神性なのか、ドイツ人特有の精神性なのかはわからない。
だが、ふとした瞬間、彼女たちドイツ人の、特に女性陣から、あふれるほどの博愛を感じることがある。
数年前もこんな体験をした。
日独交流で仲良くなった年下の友人のBさん。彼女が、ドイツの大学に一年間留学をすることになった。私は、そのタイミングを見計らって、春にドイツを一人で訪れた。留学中の彼女と合流し、ドイツのとある街に観光をしに行った。
そこもまた、かわいらしい伝統的な木組みの家々が並ぶ、メルヘンな地域だった。大規模な観光ガイドブックでないと掲載していないような、小さな街。日本ではメジャーではない場所のため、日本人もアジア人も、私たち以外には見かけないほどだった。
かわいいもの大好きな私たちは、お店の鉄製の釣り看板、煙突、花壇など、視界に入るものすべてに感嘆の声を上げ、カメラのシャッターを切りまくっていた。もちろん、スリ対策も万全で、撮影したらすぐカバンの奥深くにカメラをねじ込んだ。
さて、夢中で歩いている内に、いつの間にか、太陽は私たちの頭上に登っていた。朝一の特急電車に飛び乗り遠出した私たち。そろそろお腹も空くころだった。私は、田舎育ちの野生児なので元気いっぱいだが、一般的な女子のBさんは疲れが見え始めた。
「そろそろ、ご飯食べようか?」
「はい!」
二人で、辺りを見渡しながら歩く。と、かすかにおいしそうな匂いが風に乗ってやって来た。
「お、ここどうだろう?」
その先には、小さな白い壁のかわいらしい家が立っていた。立て看板には、ドイツ語でランチメニューが書いてある。
「他にお店も見えませんから、入ってみましょうか?」
疲労で顔色が若干怪しいBさんのためにも、ここに決めた方がよさそうだった。二人で、ドアを開けて店内に入る。
「こんにちは」
カウンター横にいた、エプロン姿のドイツ人マダムと目が合った。なんとも恰幅の良い女性だった。まるで、スタジオジブリのアニメーション映画に出てきそうな、どっしりと肝が座っているボスのような、それでいて安心感があり、「ママ!」と思わず呼びたくなるような方だった。
「こんにちは」
「あら、こんにちは」
アジア人の私がドイツ語を話したことを驚いたように、片眉が少し上がった。
「二人なんですが、お食事できますか?」
「大丈夫よ。ここのテーブルにどうぞ」
「ありがとうございます」
二人でテーブルに付き、ほっと一息をつく。
「日本人だわ」
隣から、ボソッとドイツ語が聞こえた。その声の方を振り向くと、ドイツ人らしきマダムが二人、隣のテーブルでコーヒーを飲んでいた。
私は、微笑を浮かべ、二人に会釈し、メニュー表を開く。ドキドキしながらメニューの文字を目で追うが、集中できない。
 
やばい、なんか言われちゃうかな?
 
ドイツに限らず、欧米諸国では、アジア人を差別する人々が少なからずいる。マナーの悪いアジア人観光客が、大声で話をする、食べ散らかす、店の商品を乱雑に扱うことなどがおおよその原因だ。まれに、「なんとなく気に食わない」という理由で攻撃してくる人々もるらしい。
例えば、アジア人は、テラス席には通さず、店の奥の暗いテーブルに通す。最悪、入店自体を断られる。すれ違いざまに暴言を吐かれる、蹴られる、という暴力にまで発展することすらあるのだ。
隣りにいるのは女性だけれど。もしもの時は、年功の私が、友人を守らなければいけない。
Bさんと話をしながら、私は静かに身構えていた。
「これなんでしょう?」
「ん、どれ?」
Bさんの声に、私は意識を引き戻した。彼女が指差す先に、一つのランチメニューが書いてある。太字のメニュータイトルの下に、小さな文字で材料名が書いてあった。欧米の食事メニューは、料理のイメージ写真が掲載していることはあまりない。私たちは、ある程度のドイツ語を学んでいるが、動植物の固有名詞などをすべて把握しているわけではない。
「付け合せに、じゃがいも、紫キャベツ、メインは焼いた◯◯……何だろう。聞いたことない単語だね」
「私もはじめて見ました」
二人で首を傾げていると、お店のボスマダムが注文を取りに来た。
「決まったかしら?」
「あ、えと」
私たちは、慌ててふためく。スマートフォンの翻訳アプリを開こうとした時だった。
「ダックよ!」
「え!?」
驚いて顔を上げると、お隣の先程の女性がこちらを見ている。
「ダックよ、わかる? グースとか、ほら」
一人の女性が、真剣な表情で、英語で私たちに話しかけてくれる。
「そうよ、鳥! ガーガーって、鳴くやつ!」
もう一人の女性は、両手を肩の高さにパタパタと上下させた。鳥が羽ばたくジェスチャーだ。
「あ、鴨とかアヒル!? ガーガーのダック!」
ハッとして私が、二人に答えると、笑顔でうなづいてくれた。
「そう、それ! そのローストよ」
「なるほど!」
私たちのやり取りを見つめていたボスマダムが苦笑いする。
「鴨のロースト。うちのおすすめよ。どうする?」
「あ、では、それをぜひ!」
「はい、私も!」
「はい、じゃあ、準備して来るわね」
ボスマダムが厨房へと去って行くと、私たちは、女性二人にお礼を言った。
「ありがとうございます」
「いいのよ。日本からの留学生?」
「はい、彼女はそうです。私は、会いに来ました」
彼女たちは、にこにこしながら目を丸くした。
「そうなの~。こんな遠い所まで」
「すてきな街ですね」
「ありがとう、うれしいわ」
「それじゃあ、私たちもう行くわね。良い旅を!」
席を立つ二人に、会釈をする。
「ありがとうございます。良い週末を!」
去っていく二人に手を振って別れ、しばらくするとボスマダムが戻って来た。両手には、大きな白い皿を二つ持っている。
「はい、どうぞ」
目の前に置かれた料理に、私たちは硬直した。
「で、デカッ!?」
私たちは、忘れていた。ドイツのおもてなし料理、特に肉料理のダイナミックさを。主食である茹でたじゃがいも、副菜の赤キャベツとレーズンのサラダだけでも、お茶碗一杯分くらいある。そして中央に鎮座する、こんがりとローストされた鴨。確かにメニュー表には「ハーフサイズ」と書いてあった。だが、まさかそれが、鴨の胴体の半身だとは。想像力と、ドイツ文化把握力が足りていなかった。
「久々のドイツの洗礼だね」
「はい」
二人で震える。
「無理ない範囲でがんばろう、ね」
「……はい」
そこから、ドイツ式フードファイトが開幕した。鳥肉の半身なんて、クリスマスのごちそうや、居酒屋でみんなでわいわい切り分けて食べた経験しかない。
 
まだ、春なのに、クリスマスを先取りしてしまった。
 
熱々ジューシー、皮がパリパリの鴨のローストを、懸命に口に運ぶ。量は確かに多いが、メインも副菜もおいしく、食べ飽きない。鳥料理大好き、痩せの大食いの私は、なんとか食べきった。
だが、友人のBさんは、食べているのに、時間を増す毎に元気がなくなっている気がする。それでも、必死で顎を動かしている。
そのBさんを心配して、ボスマダムが5分おきぐらいに、他のお客さんの給仕をしながら様子を見に来る。
「大丈夫? おいしい? Gut(良い)?」
「はい、おいしいです、とても」
「大丈夫!?」
「はい…はぁ、おいしいです!」
真剣な表情で心配するボスマダム、息も絶え絶えに返事をしながら食事をするBさんの対比。運動部の主将と部員の声の掛け合いのように見え始め、私はニヤニヤしながら見守っていた。
「ありがとうございました!」
「ありがとう! 良い旅を」
よろよろしているBさんと店を出る。ボスマダムは、ニヒルに口端と片手を上げ、見送ってくれた。
 
恰幅の良いドイツ人のみなさんから見ると、私たち日本人、特に女性は幼く見せるそうで。
「あら、ドイツ語話せるの、うれしい! しかも二人で旅行してるのえらいわねぇ」
旅の道中、二人共に、ドイツ人のマダムたちに、ほめられ、時に心配された。当時、私は三十代であったのだが、未成年と間違えられ、学生料金を勧められるなどもした。
「あなたたち細いわねぇ、もっと食べなさい!」
差別どころか、行く先々で、とてもあたたかな心遣いをもらって、二人でほんわかしてしまった。
Bさんと特急列車に乗り、車窓から流れていく家々を眺める。
「みんなやさしかったですね」
「うん。なんだか、実家のお母さんみたいな、力強さもあったね」
「ふふ、お母さんがいっぱいできちゃいましたね」
「そうだね」
二人で顔を見合わせて笑った。
 
気がつけば、あっという間に月日が過ぎ、福岡の街も、きらびやかにデコレーションされている。
駅前には、クリスマスマーケットが開かれている。ドイツ産の伝統工芸、木彫りの人形やツリーに飾るオーナメントも並んでいる。お菓子屋さんに行けば、メジャーになりはじめた、ドイツの伝統菓子のシュトレンも見かけるようになった。
日々の生活でドイツプロダクトの物を見かける時、特にクリスマス時期になると、郷愁に似た思いが更に強くなる。
思い描くのは、ホストマザーのAさん、そして、ドイツ各地で出会ったたくさんのマダムたちの笑顔。
やさしくて、たくましくて、ちょっと圧が強い時もある、異国のお母さんたち。
 
みんなどうか、健やかにクリスマスを迎えられていますように。
 
話したいことは、便箋では収まりきれない。両腕で抱えきれないくらいの土産話を持って会いに行こう。今度会った時は、彼女たちの愛に、少しでも返せるようになっているだろうか。
でも、きっと、彼女たちの偉大な思いと心遣いには、到底敵わないのだ。
母の愛とは、古今東西、そんなものである。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
緒方 愛実(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県出身。カメラ、ドイツ語、タロット占い、マヤ暦アドバイザーなどの多彩な特技・資格を持つ「よろず屋フォト・ライター」。短期間の内に趣味でドイツ語の基礎を習得し、その後有識者に引かれるほどのドイツ歴史・文化オタクに成長。JG-Youth(日独ユースネットワーク)などに所属し、日独の親善交流普及のため、オタク力を提供している。貪欲な好奇心とハプニング体質を武器に、笑顔と癒しを届けることをよろこびに活動をしている。

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2021-12-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol.152

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