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週刊READING LIFE vol.155

サクラサク春の訪れはすぐそこに《週刊READING LIFE Vol.155 人生の分岐点》


2022/1/31/公開
記事:今村真緒(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
制服を短くしたのか、太ももまで露わになった女子学生のスカート丈に、思わずこちらが身震いした。寒風が容赦ない季節に、そんな恰好で外を出歩くことができるのが何より若さの証拠。いかに皮膚の表出面積を少なくして冷えに対抗するか、というテーマを持つアラフィフの私には、かつて自分もそうであったことなど、遥か昔のことだ。
 
先週は、大学入試の共通テストだった。福岡市の繁華街である天神に来ていた私は、ちょうどテスト終わりと思われる学生たちが駅に向かう様子を目にした。首にはマフラーを巻きコートも着込んでいるのに、女子学生の足だけは見るからに寒々しい。せめて、タイツを履くなりしてはどうか。大事な試験中に、冷えからお腹が痛くなったりしなかったのだろうか。老婆心ながら、そんな要らぬお世話が頭をよぎる。そういえば、去年も全く同じことを思ったな、とふと振り返る。
 
昨年は、我が家の娘も大学受験生だった。高校3年生の1年間は、どんよりと重たい雲が立ち込めたような期間だった。この一年をどう過ごすのか、親子でずっとテストされているような感覚だった。もちろん母親にできることなんて、たかがしれている。ちゃんとご飯を食べさせ、できるだけストレスのない生活を送れるように心がけるくらいだ。勉強は、本人が頑張るしか道はない。どうにかしてあげたいと思っても、代わりに受験してやることもできないし、まして仮に受けることができたとしても、今の大学受験に受かるような学力を私が持ち合わせているはずもなく、結局はハラハラすることしかできないという体たらくだ。
 
志望校選択は、娘の希望を尊重して任せていた。模試の結果に一喜一憂しながら、キリキリと胃の軋む毎日が続く。秋になると、学校選抜型推薦(いわゆる推薦入試)で受験を終える同級生もちらほら現れた。地方あるあるなのかもしれないが、娘の高校は一般入試で国公立大学を目指す生徒が多かった。だから、推薦入試で合格した同級生も、あからさまに受かったことを表明する子は少ない。みんなの焦りに拍車がかかるからだ。
 
娘は志望する大学の学校推薦を受けるには、わずかに評定が足りず推薦入試を諦めた。他の学校推薦をもらってはどうかという親心に反して、どうしてもその大学を目指したいと言うので、この時点で娘は一般入試を選択することになった。クラスに広がるピリピリとしたムードの中、受験一色の日々は、冬に向かって一層色を濃くしていった。
 
共通テストが近づくと、娘の健康管理が一番の懸案事項になった。当日、体調の悪い状態で受験することだけは避けたかった。しかも、コロナ対策も必要だったから余計に気を配らざるを得なかった。風邪をひかせない為に温かい格好をさせること、カイロを持たせること、マスクや手洗い・うがいの徹底。毎日のように塾に通っていたため寝るのが必然的に遅くなるけれど、できるだけ規則正しい生活を送らせること。私なりに考えつくサポートをいろいろとやってみた。短い靴下ばかり履いていて寒そうだったから、冷え対策にタイツを履くように勧めたのも、この頃だった。いかにコンディション万全の状態でテストを受けられるように持っていくかが、親の務めの中で最も重要だと思った。後は、本人がどれだけ本番で実力を出し切れるかにかかっている。
 
共通テストが終わるとすぐに自己採点が行われ、おおよその得点が分かる。その点数を基に、数日もしないうちに、各予備校から、共通テストリサーチと呼ばれる合格圏内かどうかの判定結果が返却されてきた。判定結果を見る娘の顔が、スッと曇った。その表情から判定結果が窺えた。
 
渡された判定結果を、穴が開くほど見返した。ここから何を読み取るべきなのだろう。これはあくまでも参考であって、決定的な合否を示すものではないことは分かっているけれど、ハッキリとランク付けされるというインパクトはさすがに強い。数日後に、担任の先生との面談が迫っていた。最終的に二次試験を受ける大学を、そこで決定しなければならない。その決定次第で、出願までに先生に志望校に提出する調査書を準備してもらわなければならないからだ。周りの受験生の動向も様々だった。点数的に届いてはいないけれど、初志貫徹で第一志望に臨む人、もう少し安全と思われる第二志望に転向する人、はたまた選択肢を広げてみる人など。
 
点数の分布表を見ながら、全国の受験生に思いを馳せた。このボーダーと呼ばれる合格最低点に、一体どれだけの人が列をなしているのだろう。一点差でショックを受ける人が一体どれだけいるのだろう。娘だけではない。全国の受験生が目標に向かってしのぎを削ってきたのだ。たまたま、問題と相性が良かったという幸運な人もいるだろう。ただ現実として、合格圏内かそうでないかに分かれるだけだ。
 
さて、これからどうするべきだろうか。娘に任せきりにしていたため、私には今の受験情勢というものがほとんど呑み込めていなかった。もちろん、高校から渡された受験資料にはざっと目を通していた。けれど、受験方法にしても娘の志望校の情報しか確認しておらず、他の選択肢には、さほど目を向けていなかったのだ。
 
進路についての家族会議を、夜遅くまで何度もすることになった。決定するのは当然娘だ。ただ、共通テストの結果で焦りの色がありありと見えている娘に、一択だけでなく、いろんな選択肢があることを示した上で決めてほしいと思った。
 
「大丈夫。まだ共通テストが終わっただけだし」
私がそう言っても、下を向いたままの娘は、なかなか目を合わそうとしなかった。現実を受け止めて、その中で自分の気持ちを整理して前に進むしかない。いくつもの選択肢が、まだ無数にあるのだ。人生の選択肢がたった一つだけではないことに気づいてほしかった。
 
大丈夫と言ったからには、その根拠を示さなければならない。根拠のない「大丈夫」だけでは、さらに不安を煽ってしまうと思った。ここに来て、ようやく私は受験サイトなどで、娘が勉強している間、いろんな大学の情報を集め始めた。浪人も覚悟しなくてはならないかもしれないと思いながらも、娘が進みたいと思っている学科と自己採点の点数を基に、私なりにいくつかの大学を提案してみることにした。親がやらなくても、自分でそういうことをやれる受験生もいるだろう。けれど、私は意気消沈している娘に、できるだけ早く顔を上げてほしかった。
 
情報を集める上で困惑したのは、自分の体験とは違う受験方法だった。私は私立一本だったから、大学独自の試験を受けただけで共通テスト的なものを受けたことがなかった。だから、現在の受験方法を見て混乱した。共通テストだけで合否が決まるもの、共通テストと大学独自の二次試験の合計得点で判定されるもの、さらに大学独自の試験だけを受験するもの、とバラエティ豊かだったのだ。大学によっては、それぞれの方法を併用しているところもあったから、結局どんな方法で受験できるかにたどり着くまでに、何回も試験要項を読まなくてはならなかった。いくつか候補をピックアップしても、試験日程が被ればまたそこで迷ってしまう。心配な親御さんは、私のようにギリギリになってではなく、早めに幅広く情報収集されることをお薦めしたい。
 
「調べたら、他にもこんな学校があったよ。やっぱり第一志望にチャレンジしたいならそうすればいいし、第二志望を受けてもいい。私立の他の大学を受けてもいいし、浪人したいなら、そうしてもいいよ」
私の提案を聞くと、娘はようやく私と目を合わせた。娘もどうすればいいか決めかねていた。けれど、ここが人生の分岐点の一つとするならば、自分自身が納得して進まねばならないことは分かったようだった。
 
どういう経路を辿っても、どこかで道は繋がっている。地図で見れば分かることでも、案外頭の中だけではそう思えないこともある。一つがダメだと思ったら、もうその先がないかのように感じてしまうのだ。通行止めで進めなければ迂回路を取ればいいし、実は地元の人しか知らない細い道があったりもする。国道を進むよりも、回り道で見た景色が後に何かのヒントに繋がることもあるかもしれない。どんな道を歩いていようとも、たどり着きたい場所を見つけたならば、自分なりのルートで向かうしかない。進んでいて違うと思えば引き返し、また新たに違う道を進んでみればいい。試行錯誤を繰り返しながら、目の前に立ちはだかるたくさんの分かれ道を一つ一つ選んでいく力が、ひいては人生の糧となると信じたい。
暗い冬を抜け、春には大学生になった娘の姿があった。あれから苦しい時を過ぎ、娘なりに果敢に挑戦を続けた。結果的に進学したのは、当初の候補にはなかった学校だった。第一志望ばかり見ていた娘にとって、共通テスト後に新たに知った学校だ。けれども、その選択に至るまで何度も話し合い、体勢を整えてから改めて受験に臨むことができたと思う。そして今、大学生となった娘はまた将来に向けて、様々な壁にぶち当たりながらも進んでいこうともがいているようだ。
 
人生は選択の連続だ。どっちに進んだら正解かなんて誰にも分からない。振り返ったときに、初めて「あの時がターニングポイントだった」などと思うのだろう。みんな不安で、みんな怖い。これで良かったのかなんて後悔することは、日常茶飯事だ。自信満々の人なんて一握りで、ほとんどの人は自分を奮い立たせながら進んでいる。
 
マフラーに顔をうずめ、首をすくめた姿勢で前を通る高校生を再び目で追いかける。相変わらず、女子学生のスカートが短いことが気になる。受験の日は、緊張でただでさえお腹を壊したりしやすい。体調第一だから、やっぱり冷え対策をして万全の体勢で受験してほしいと思う。
まずは共通テスト、お疲れ様。深呼吸して、肩の力を抜いて。
サクラサク春まで、あとわずか! 自分らしい未来に向かって、頑張れ受験生!
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
今村真緒(READING LIFE編集部公認ライター)

福岡県在住。
自分の想いを表現できるようになりたいと思ったことがきっかけで、2020年5月から天狼院書店のライティング・ゼミ受講。更にライティング力向上を目指すため、2020年9月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部参加。
興味のあることは、人間観察、ドキュメンタリー番組やクイズ番組を観ること。
人の心に寄り添えるような文章を書けるようになることが目標。

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2022-01-26 | Posted in 週刊READING LIFE vol.155

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