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週刊READING LIFE vol.155

結婚するなら性格は悪い方がいい《週刊READING LIFE Vol.155 人生の分岐点》


2022/1/31/公開
記事:秋田梨沙(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
人生の分岐点はいつも死の匂いがする。
 
自分の力ではどうしようもない事態に押し流されて、否応なしに人生が分岐させられる。行先を右と左で迷う余裕もなく、目の前の道がガタンと落ちて下のルートを進まされる。そんな気持ちになったことが、これまでの37年の人生で、2回だけある。
 
1度目は高校3年生の春に母が亡くなった時。
2度目は育休明けの2週間後に父が倒れた時。
 
どちらも突然だった。お昼に一緒にホットケーキを食べた数時間後、母は帰らぬ人になったし、会社の食堂で鳴った携帯電話は、父が脳卒中で運ばれたことを知らせた。幸い父は一命を取り留めたけれど、その半身には麻痺が残り、病は父の体も性格もすっかり変えてしまった。人生が100年あるとすれば、序盤からかなりのハードモードだ。
 
特に母の死の衝撃は大きかった。兄弟は私と8つ下の妹の二人きり。その頃の私は、いつだってグッと肩に力を入れて歩いていた。誰かに可哀想だとは思われたくない。私は悲しみに負けずに強く生きていて、不幸になんかならない。母はいなくたって、私は私の力で幸せになるんだ。それが、母への一番の恩返しだと、ありもしないモチベーションを生み出して、毎日を戦っていた。
 
そうでもしなければ、折れてしまいそうだったのだ。必死に元のルートに戻る術を探していた。いつも通り、今までどおりの自分でいたかった。学校も休みなく通うし、予定どおり部活の大会には出た。大学に行ってからも、友達に気を使わせるほど、普通の学生生活を送ろうとした。もちろん、叶わなかった事もたくさんある。それでも、下のルートに甘んじたくはなかった。今思い返しても、異様なほど「今までどおり」であることに執着していたのだと思う。我ながら、かえって可哀想な有様である。あのまま進んでいたら、いつか焼け焦げ、燃え尽きていたことだろうと思う。
 
だから、そんな無茶な5年は、夫との出会いであっけなく崩壊した。
 
夫とは、新卒で入社した会社の同期として出会った。夫の方がどうだったかは知らないが、私の彼に対する第一印象は「胡散臭い」の一言である。どこか斜に構えていて、ノリのいい他の男性陣とは一線を引いているタイプ。無口ではないけれど、丁寧な言葉遣いでそつがない。帰国子女でもないくせに、レディファーストが板についていていて、ますます怪しい。年上の先輩がこうであれば、大人の魅力だとうっとりもするが、相手はさっき大学を卒業したばかりの同い年。こいつは、危ない。迂闊に心を許さない方が良さそうだと思った。
 
ところがである。そう警戒していたのに、私はあっけなく彼に陥落してしまった。
新入社員研修期間も終えようかという頃、彼が不思議そうに私にこう言ったのだ。
 
「なんか、いつも肩に力が入っているけど、何と戦っているの?」
 
ドキリとした。じわりと嫌な汗が出る。どうしてバレたのだ。彼にはまだ母のことは話したことがないはずだった。目を見開いて固まる私に、彼は続ける。
 
「背中がとても寂しそうだよ」
 
ずっと強がっていた私が、これで落ちないわけがなかった。いつも周りから一歩引いていた彼からは、よく見えていたらしい。取り繕った元気な顔ではなく、色々な悲しみや寂しさを隠した裏側の私が。見破られた驚きと共に、とても安心したのを覚えている。肩の力がスーッと抜けて、泣いているのか、笑いっているのか分からないような顔で彼を見た。自然に「あぁ、この人、好きかも」と感じた。こういう人が隣で歩いてくれるのなら、こっちのルートも悪くないかもしれないな、と初めて思ったのだった。警戒心を解くのには、十分すぎる一言だった。
 
結局、彼の策略にまんまとハマり、私は結婚したのだけれど、彼が更なる真価を発揮したのは、むしろこの後だった。結婚から4年後、私に2度目の分岐点が訪れる。長男の育児休業から復帰した2週間後、父が倒れたのである。職場の昼休み中に脳卒中を起こし、救急車で運ばれたのだと携帯に電話がかかってきた。幸いにも父は一命を取り留めたが、左半身には麻痺が残り、会社も辞めざるを得なくなった。
 
体が不自由になってしまったことも、もちろん大変なことだったが、それ以上に家族が苦しんだのは高次脳機能障害の方だった。脳に損傷を負ったことで現れる症状のことをいい、失語症や注意障害など人によって様々な症状が現れる。父の場合は「こだわりが強くなる」と言うのが1番強く出た症状だった。段取りや時間へのこだわりがとても強くなり、約束の時間があるとその何時間も前から、何度も確認せずにはいられないのだ。
 
当時、私は結婚して家を出ていたけれど、実家に顔を出す約束をすれば、約束が例え15時であろうと、朝の8時から確認の電話が何度もかかってくる始末であった。これはハッキリ言って、とてもイライラする。一緒に住んでいた妹は、出かける時間から、帰宅時間まで監視されているかのようで、家庭内ストーカーがいるかのようだと発狂していた。病気のせいだと分かってはいても、家族だからこそ、元気だった時の姿と比べてしまって辛いものがあった。
 
「病気だから仕方がない」
「お父さんは、娘が心配なんだよ」
「お母さんが亡くなってから、お父さん頑張ったからね」
「今度は恩返ししてあげないとね」
 
何度、言われたか分からない。その度に、ぎゅっと肩に力が入る気がした。仕事復帰したばかりで、私もかなり余裕が無かったのだと思う。幼い息子はすぐに熱を出すし、久しぶりの仕事もままならない。頼れたはずの父もこうなってしまった。私が頑張るしかない。思えば思うほど、体はガチガチに固まっていった。
 
家の電話が鳴る。父からだ。
土曜日の今日は、午後から手伝いにいくと言ってあったのだ。けたたましく鳴り響く呼び出し音に、ざっと全身が殺気立つ。ドンと右足を一歩踏み出そうとした時、横から受話器が持ち上げられた。
 
「もしもし。はい、僕です」
夫が横から受話器を取っていた。
「今日は15時に行きます」
相変わらず、しつこく時間を確認しているようだ。夫もそれに淡々と返す。私だったらもう出るなり喧嘩腰だっただろうなと、ぼんやり感心する。
「はい。そうですね……」
それでも父は、何度も確認しているようだ。優しい返しとは言えないまでも、夫はきちんと対応していた。ゆっくりと受話器を置き、ふーっと一息ついて、夫がこちらを見た。
 
「お義父さん、めっちゃ鬱陶しいね!!」
 
一瞬、ポカンとした。
そこから次第に笑いが込み上げてくる。電話切るまで我慢できたんだから、最後まで黙っていればスマートなのに。堪えきれずに出た言葉と苦々しい顔が可笑しくて、さっきまで縮こまっていた肩の力がスーッと抜けた。そりゃそうだよね、いくら家族でも面倒臭いよね! 一度口から飛び出すと、悪口は止まらないものだ。大いに父の悪口を言い合って、二人ともスッキリして実家へ向かった。
 
はっきりとは言わないけれど、夫はまた、私の肩にぎゅっと力が入っているのを後ろから見ていたのだろうと思う。ものすごく悪口を言っていたくせに、実家に着く前には気軽に外へ出かけられない父に、コーヒーでも買っていってあげようか、と気にかけてくれる。その夫の両面をみて、「あぁ、この人、好きだな」と思った。

 

 

 

この頃、よく思い出す母の言葉がある。
「親はどうしたって子どもより早く死ぬのだから、家族よりも友達を大事にしなさい」
小学校高学年くらいの時に言われた言葉だったと思う。その頃は、私もまだ親には甘えたい年頃だったし、家族のことが大好きだったから、なんて寂しいことをいうのだと思った。
 
それから、十数年。
母の死や父の病以外にも結婚、妊娠・出産、子育て。
私の中で、この37年間は、家族の意味を考える20年だった気がしている。
 
家族といえども、いろんなことが起きる。上向きのいい変化もあれば、下向きの変化もある。新しい出会いや命の誕生は、いい分岐と言えるだろうし、人との別れは悪い分岐と言えるのだろう。だとしたら、母や父の病は自分の人生において、悪い分岐点なのだろうか。そんなに、単純なものだろうか。
 
分岐点が訪れる度に、人生は変化する。けれど、それは単に、ある偶然起こった出来事によって、人生の方向が変化したというだけのことだと、私は思う。その事実に良いも悪いもない。人生は、いつだって突然分岐する。では、分岐してしまった後の道をどう歩くのか。結局、その道が良いか悪いかの意味付けをするのは、自分でしかないのだ。
 
母の死がなければ夫には出会わなかった。夫に出会わなければ、私は父の病に向き合っていけた自信がない。起こった事実は変わらないし、悲しみが全て癒えるわけでもないけれど、一緒に文句を言って、荷物を半分持ってくれる人がいなければ、この道は歩いてこられなかった。後ろで見ていて、トントンと肩の力を抜いてくれる。少しだけ光の当て方を変えて、人生を彩ってくれる。夫はそんな人だ。
 
夫婦は母の言う、友達とは違うのかもしれない。もちろん、血のつながりがあるわけでもない。まさに、戦「友」なのだと思う。

 

 

 

 

母が亡くなった時、10歳だった妹が、昨年結婚した。
ちょっと興味が湧いて、改めて結婚の決め手を聞いてみることにした。彼女はしばらく考えた末、ケロッとこう答えた。
 
「この人は自分をずっと甘やかしてくれそうだと思ったんだよね」
 
加えて、こう続ける。
 
「あとね、彼は性格が悪いんだよ」
 
姉妹で不敵に笑い合って、それはいいね、と言ったのだった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
秋田梨沙(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

愛知県在住。会社勤めの2児の母。

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2022-01-26 | Posted in 週刊READING LIFE vol.155

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