週刊READING LIFE vol.156

1%の可能性に賭けてみるってのも悪くない《週刊READING LIFE Vol.156 「自己肯定感」の扱い方》

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2022/02/08/公開
記事:いむはた(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
 
 
「自己肯定感」なんて素敵な言葉でしょう。ありのままの自分を受け入れられる。他人との比較、成果や評価、自分が何を持っているか、持っていないか、そんなことは関係ない。そのままの自分を価値ある存在として肯定できる。
 
こんな感情、持っていたら最高です。きっと今この瞬間が楽しくて、明日が来るのが楽しみで、この先の人生もずっとバラ色に違いありません。自分もそんな風になってみたい、心からそう思います。ただね、同時にこうも思うんです。正直、無理だろうな、と。
 
きっと、ぼくにとって、それは一種の夢みたいなもの。例えば、たまたま始めたビジネスが大当たりする。例えば、道端で偶然、広瀬すずちゃんに会って、どうしてもお付き合いしてほしいとせがまれる。そんなことと同レベルの望みような気がするんです。あったら最高、でも、わかっています。そんなこと、99%の確率でありえないんです。
 
実際のところ、ぼくは、自己肯定感とは正反対の人間です。先日だってちょっとした仕事の失敗で、すっかり落ち込んでしまったばかり。いやいや、ほんと、しょうもない失敗なんですよ。コミュニケーションが悪くて、お互いの理解がずれていて。仕事ではよくある話。こんなことで、しょげていること自体、馬鹿げていることはわかっているんです。30年も働いているんだから、いちいち落ち込むなって話なんです。
 
でもね、どうしても止められないんです。どうして自分はこんなにダメなんだ、それに比べて、あいつはいつも上手にやっている、なんて思いで頭の中がいっぱいになってしまうんです。そして、そんな思いがぐるぐる回り始めると、自分が無色になっていくというか、存在が希薄になっていくというか。ぼくなんて、いても、いなくても、どっちでもいいんだろうな、そんな風に思ってしまうんです。
 
脳内メーカーって覚えていますか。数年前に話題になった、ウェブ上で名前を入力すると、頭のなかが「H」だけとか、「嘘と秘」でいっぱいとか、脳内の様子を表現してくれる例のあれ。きっとぼくの頭は「自己否定感」でいっぱい。自己肯定感なんて、手の届くことのない夢なんです。
 
と、まあ、そんな感じのぼくなので、夢はかなわないから、夢なんだとか、思い通りにならないのが人生だなんて、折り合いをつけながら生きているわけですが、実は、先日、困ったことが起きたんです。
 
それは、10才になる娘とオセロをしているときのこと。「ねぇ、わたしって、どうしてこんなにダメなの」なかなか勝てない彼女がうつむきました。
 
たかがゲームでしょ、と片づけを始めたぼくを娘が真剣に見つめ返してきます。「だって、オセロは全然勝てない。ピアノだってクラスメートのYちゃんの方が上手、走るのだってAちゃんより遅くて、クラスの委員に立候補しても選ばれるのは…… わたしって、どうしてダメなところばかりなの」
 
いやいや、そうじゃない。気持ちはわかるけど、そうじゃない。一番になれなかったら、やっても仕方ないということじゃない。自分が自分に負けないで、最後までやり抜いたことには価値がある、と言いながら、ふと違和感に捉われました。どうにも自分の言葉に真実味が欠けているような気がするのです。
 
だってそうじゃないですか。人と比べたって仕方ないと言っているぼく自身が、人と比べて落ち込んでいるわけです。自分が自分に負けなければそれでいい、大切なのは過程であって、結果じゃないと説いているのに、うまくいかない結果に落ち込んでいるわけです。一体ぼくは娘に何を伝えられるのでしょうか、わからなくなってしまいました。
 
とはいえ、娘のこれからの長い人生、自己否定感を抱えたまま生きていくなんて、あまりにもかわいそうです。なにか役に立つような考え方、できることなら、成功も失敗も、持っているものも、持っていないものも、まるっと全部を含めた、ありのままの自分を認められる、そんな心の整理がつけられて、前に進んでいけるような言葉はないものでしょうか。
 
そもそも、ぼくは、どうしてこんなに自己肯定感が低いんでしょうか。何かそこにヒントがあるような気がします。ウェブや本、世の中には、自己肯定感を上げるための方法があふれています。それなのに、ぼくは上手く自己肯定感を上げらません。どうして、ぼくはいつも同じところを回っているだけで、変われないんだろうか、と思った時、ふと気が付いたことがありました。
 
それは、自己肯定感って、ありのままの自分を受け入れること、別に変らないといけないとは言っていない、ということでした。それはつまり、自己肯定感が低い自分だけれど、そのこと自体を受け入れたっていいわけです。
 
実際、誰にとっても一番つらいのは、これまでの自分を否定することじゃないでしょうか。どんな人にだって忘れられない過去があるでしょう。ほかの人から見たら、取るに取らないものかもしれません。思い出すだけで、胸が痛くなるかもしれません。ただ、そんなすべてを乗り越えてきたから、今の自分があるわけです。過去に意味が無いなんて言われたら、まるで、全人格を否定されたように感じてしまうのは当然です。
 
もちろん、過去のすべてを清算して、まっさらな気持ちで再スタートを切れたら最高なのかもしれません。それができる人は、そうすればいい。ただ、ぼくの場合は、どうもきれいさっぱりというわけにはいかないようです。
 
例えば、働き始めたばかりのこと。要領の悪いぼくは、いつも怒られてばかりでした。お前、いい加減な仕事しやがって、と激しく説教されたこともあれば、どうせ、仕事、嫌いなんだろ、と冷たい口調で言い放たれたこともあります。あの時ことは、20年以上過ぎた今でも忘れられません。そして、何かうまくいかないことがあるたび、やっぱり自分はなにも変わっていないかも、なんて落ち込んでしまいます。
 
それから、東京の大学に入学したばかりのころ。ぼくは、都会の生活にビビってしまいました。一人暮らし、誰も知らない大学、そんな新しい環境に飛び込むのが怖くて仕方ありませんでした。結果、ぼくは、誰一人として友達を作ることができませんでした。そして、数か月後には、引きこもり生活に入ってしまったんです。
 
今でも、あの時の新しい環境に対する恐怖心は克服できていません。新しい人にあったら拒絶されるんじゃないか、新しいことに挑戦したって失敗するじゃないか、そんな苦い思い出が今のぼくを縛っています。
 
となると、あの経験はすべて意味が無かったのでしょうか。自己肯定感を下げるだけの過去のトラウマなのでしょうか。ぼくにはそうは思えないのです。
 
仕事がうまくいかなかったとき、才能もない、努力も無駄、もうあきらめるしか道はない、そんな風にすごく落ち込んだのは事実です。ただ、それと当時に、いつもどこかで、負けてたまるかという自分がいたんです。
 
仕事の内容は劣るけれど、こんなにひどい言い方をするような人間に、負けたままなんて、自分で自分が許せない、そんな風に思っていました。そして、いつか見返してやると、頑張りました。何度、激しい言葉をぶつけられても、何度、冷たい言葉に跳ね返されても、その中に一つでもいい、ヒントになる言葉がないかと探し続けました。その積み重ねが成長につながったような気がするんです。
 
大学のことだって同じです。新しい環境にしり込みしてしまう自分を鍛えるためにと、ぼくが選んだ荒療治は海外への貧乏旅行でした。一人で旅行すれば、強制的に人と接するしかない、そう考えたからです。実際、その効果はてき面でした。どのバスに乗ればいいのか、列車のチケットはどこで買えるのか、ホテルの料金はいくらなのか、そんな風に自分から人と接することで、ぼくは少しずつだけど、新しい環境にも素早く順応できるようになっていきました。それに加えて、自分から声を上げれば、助けてくれる人は必ずいる、世の中に対する信頼感まで身につけられたのです。
 
そして、そんなすべて経験が今のぼくを作ってくれている。あの時、どん底まで沈んだ自分がいたから、今の自分がある、そんな風に思うんです。もちろん、だからすべて良かったことだなんて言えません。当時は本当に苦しくて、どこへも行ける気がしなくて、いっそのこと、すべてを投げ出して死んでしまいたいと思ったことだってありました。あんな思いは二度と味わいたくありません。
 
ただ、だからと言って、自己肯定感が低かった自分まで否定しなくてもいいじゃないか、そんな風に思うんです。いつも低空飛行のぼくだけど、だからこそ、落ちちゃいけないと思ってやってきた、そんな自分を認めてあげてもいいのかな、そんな風に思えたんです。
 
そう、ぼくは変わらなくたっていいです。変わらなくても、自己否定ばかりの自分だけど、きっとだいじょうぶなんです。これまでだって、なんとかやってきたし、これからも、きっとなんとかやっていけるんです。ふと、娘に伝えたい言葉が少し見えた気がしました。それはきっとこんなこと。
 
「ごめんね、お父さんは、正直にいうとよくわからない。どうしたら、ダメな自分じゃなくなるのか、お父さんも誰かに教えてほしい。でもね、実をいうと、お父さんは、ダメな自分でもいいのかなとも思っている。だって、お父さんは、ずっとダメな自分が嫌いで嫌いで、だからこそ、少しずつでもいいから、変わろうと思って努力してきた。うまくいったこともあるし、うまくいかなかったこともある。だけど、お父さんは、そんな風に変わろうとしている自分が、ちょっとだけ好きなんだ。
もちろん、落ち込んだりすることはあるよ。でも、毎日、なにかの目標に向かって進んでいるっていうのが気持ちいいんだ。だから、ひょっとしたら、お父さんは、これからもずっとダメな自分のままかもしれない。でも、それでもいいと思っている。だって、それなら、お父さんは、これからもずっと、新しい自分になれるってことでしょ」
 
 
なんだか、今なら、胸を張って言えるような気がします。「自己肯定感」なんて素敵な言葉でしょう。だって、自己否定感ばかりの自分でもだいじょうぶなんて、こんな楽な生き方、ほかにありません。自分のすべてを受け入れられる感覚ってこういうことなんですね。
 
ぼくには到底たどり着けないと思ってました。99%無理だと思ってました。でも、人生って1%の確率にかけてみてもいいのかもしれません、なんてやけにポジティブになれたのは、10才の娘のおかげかもしれません。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
いむはた(READING LIFE編集部)

静岡県出身の48才
大手監査法人で、上場企業の監査からベンチャー企業のサポートまで幅広く経験。その後、より国際的な経験をもとめ外資系金融機関に転職。証券、銀行両部門の経理部長を務める。
約20年にわたる経理・会計分野での経験を生かし、現在はフリーランスの会計コンサルタント。目指すテーマは「より自由に働いて より顧客に寄り添って」

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2022-02-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.156

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