週刊READING LIFE vol.157

どうにもこうにも青春時代には戻れない《週刊READING LIFE Vol.157 泣いても笑っても》


2022/02/14/公開
記事:川端彩香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
青春時代って、過ぎてから「あれが青春だったのか」と思うものだ、というのが大人の言い分だ。私も大人たちがそう言ってきた意味を、大人になってひしひしと感じている。確かに、私の青春は、10年以上も前に終わってしまっているなぁ。
 
青春と聞くと、若かりし頃のキラキラした時を思い出す。あの頃は楽しかったなぁ……なんて、思いを馳せたりもする。
「あなたにとっての青春は?」と聞かれると、人それぞれ答えは違うだろう。それぞれに、キラキラした青春があるだろう。
 
私が「青春」と聞いて思い出すことは、高校時代に所属していた、ブラック部活のことだ。
部活というと、甘酸っぱい恋と並ぶくらい、青春の代名詞のようなものだと思うが、私にとってのそれは、キラキラの青春として私の記憶に留まってはくれなかった。
 
進学した高校は、地元の公立高校だった。偏差値も55くらいの、普通の高校だった。入部したのは、バレー部だった。
 
厳しいよ、というのは噂で聞いていた。でも、部活で厳しいのって、私立の強豪校だけでしょ? いっても公立高校だし、みんなが噂するほどでしょ、と思っていた。
 
そもそも高校で部活に入る予定はなかった。運動音痴ではないが、私は運動を始め、動くことが嫌いだ。かと言って、文化部にも興味はなかった。希望していた英語科に入れたので、中学の時以上に、ガリガリ英語を勉強したい! と思っていたのだ。
じゃあなぜバレー部に入部してしまったのか。それは、先輩が「バレー部に入ると、毎年開催されるVリーグのお手伝いができます!」と言っていたからだ。
 
VリーグとはJリーグのバレーボール版のようなもので、そのリーグ戦が地元会場で行われる際に、手伝いができるというのだ。テレビ中継の試合でもあるような、選手がサーブに向かう時にボールを渡したり、選手がコートを滑って汗で濡れたところを布でササっと拭いたり、そういうのができるというのだ。もちろん、プロの試合がタダで見られる。
 
ミーハーな私は、深く考えずに入部してしまった。
 
家から高校までは、電車で約1時間。朝練の開始は7時。低血圧で早起きができない私は、毎朝母親の怒鳴り声と共に目を覚ます。自転車で駅に向かっていると間に合わないので、仕事に向かう父の車に同乗させてもらい、途中で降ろしてもらう。その社内で朝ごはんを食べる。朝練をし、終わると急いで着替えて授業を受ける。でも眠くて眠くて仕方がないから、授業中はもっぱら睡眠時間だ。もちろん授業についていけなくなる。テストの結果は最悪。でも睡魔には勝てない。睡眠時間が終わると、15時から20時まで部活。帰宅すると21時。課題をする体力は、残っていない。
 
そしてまた次の日も繰り返し。
363日、同じ一日の繰り返し。
1年のうち、休みは大晦日と元旦の2日間だけだった。
それを、引退するまでの2年半、繰り返し。
 
噂で聞いていた通り、公立高校ではあったが練習は相当ハードなものだった。大会で上位に行くのは当たり前、その地域で優勝するのは当たり前、できなかったら大会が終わって体育館に直行、そのまま21時くらいまでひたすら練習。
 
今だと絶対問題になるが、練習や試合でミスをすると殴られもした。跳び蹴りされる子もいた。抵抗しようと思えばできたし、逃げ出すこともできたのにそうしなかったのは、一種の洗脳のようなものだったのだろうか、と大人になった今、ふと思うことがある。
 
髪の毛は、猿のように短いショートカットにするのが暗黙の了解だった。もちろん、化粧なんてもってのほか。女子高生って、こんな感じか? いや、違う。絶対違う。華の女子高生とはかけ離れた姿だったし、私が想像していた女子高生でもなかった。
 
2年半、部活に熱中していた私は、引退する頃にはムキムキの筋肉を携えた女子高生になっていた。ベンチプレスを軽々と持ち上げる女子高生になっていた。先生に怒られない程度の薄化粧をして、少しだけスカートも短くして、そこそこの成績で、ちょっといい感じの男子がいる、とかそういう女子高生にはなれなかった。
さて、どこで間違えたのか。入学当初に思い描いていた高校生活とは、えらく違った時間を過ごしてしまった。将来プロの選手になるわけでもないのに、私は一体何をしているんだろうと思うことも少なくなかった。こんなはずじゃ、なかったんだけどなぁ。
 
こんなはずじゃ、と思っていた割には、部活は真剣にやっていた。一週間に一回、辞めたいなと思っていたが、なんだかんだで引退まで続けていた。
 
引退は、7月の近畿大会だった。その年は、滋賀開催だったような気がする。遠方になるので、前日から泊まりだ。
 
私は焦っていた。
入部して数ヵ月の1年生に、ポジションを奪われそうになっていたからだ。
 
ポジションと言っても、私はスターティングメンバーではない。155㎝しかない私に、アタッカーは務まらなかった。リベロのポジションは、すでに2年生の後輩が勝ち取っていた。
 
私はリリーフサーバーだった。以前はピンチサーバーという名称で呼ばれていた。
リリーフサーバーは、試合の後半、流れを変えるために投入される選手だ。サーブ権があるときに投入され、サーブ権が相手チームに移ると、再びコートから出される。
 
バレーボールは、コート上にいる6人でボールを繋いで攻撃するスポーツだ。ご存知の通り、チームスポーツだ。一人でプレーすることは出来ない。
そのチームスポーツであるバレーボールで、唯一の個人プレーと言えるのが、サーブだ。味方とボールを繋ぐことなく、相手チームへ攻撃ができる。
 
スターティングメンバーから外されたとき、それでも少しでも試合に出たいと思った私が考え、見つけたのがリリーフサーバーだ。サーブは、身長も関係ないし、一人のプレーで完結できる。何より、そのサーブで相手がミスをしてくれれば、コート上にいる選手は動くことなく簡単に一点が取れる。これを強化すれば、唯一無二に磨けば、私の武器になるんじゃないだろうか。あと、一人でできるから、気が済むまで練習もできる。
 
正直、当時ここまでしっかり考えていたわけではなかった。でも、せっかく朝から晩まで毎日練習しているんだ。帰りにスタバで友達と寄り道することもなく、可愛くおめかしすることもなく、彼氏を作るわけでもなく(そもそも筋肉ムキムキ猿頭の女子に彼氏ができるとも思えないが)、毎日飽きずに練習しているんだ。やっぱり、少しでも公式試合に出たいじゃないか。スコアブックに「○点目は川端のサービスエースだった」って記録してほしいじゃないか。エースにはなれないけれど、私だって同じ練習メニューをこなしているんだ。日頃の練習の成果を発揮することなく、ひたすらベンチを温め続けるのが決して悪とは言わない。だけど、少しくらい、私だって日の目を浴びたっていいじゃないか。
 
そして先月までは、私がリリーフサーバーとして一番に呼ばれていた。試合が進み、相手と競っているとき、決まって呼ばれるのは私だった。「2、3点取ってきて」と監督に言われ、コートに入る。レシーブが苦手な相手選手は、ベンチから観察済みだ。そこにめがけて、サーブを打つ。何点か取って、相手にサーブ権が移るタイミングでベンチに下げられる。監督は無言で、だけど目では「よくやった」と役割を果たした私を労ってくれている、ような気がした。私のポジションは、そこだったはずなのに。
 
引退の数日前から、どうも風向きが変わったようだ。練習での紅白戦、いつもなら私が呼ばれる場面で、その1年生が呼ばれるのだ。
 
え、私じゃないの? と監督に目を向けるが、監督は私なんて見ていない。あれ、おかしいな。なんで? 私、この数日で何かした? ミスした? いや、してないよな。なのになんで、選ばれないんだ? なんで、あの子が急に選ばれるんだ?
 
やばい、と思った。人数的に、引退試合もベンチ入りはできるだろう。だけど、それだけじゃ意味がない。私は、試合に出たいんだ。少しでもいいから、試合に出たいんだ。
 
近畿大会は全国大会のおまけみたいなもので、勝ち進んだからといって、その先はない。勝っても負けても、引退するのに変わりはなくて、それが一日延びるかどうかという話なのだ。だからその大会を「3年生が引退する大会」というより「新チームのお試しをする大会」と位置付ける学校もある。過去2年の記憶を呼び起こす。うちの学校、どっちだったっけ? うちの学校は……後者だ。
 
え、じゃあ私、もう試合出られへんの? 試合出られへんのやったら、もう練習せんでいいやん、しんどいし、したくないわ。
 
焦りから、練習中なのに頭の中でグルグルとそんなことを考える。そんなことを考えていたからだろうか。プレー中にジャンプをして、着地をミスしてしまった。捻挫してしまった。
 
気が付いたら、右足を氷水に突っ込んで紅白戦を見ていた。
2年半もハードな部活に耐えてきたのに、もしかして、これで終わり?
怪我はしたことがなかった。いたって健康で、テーピングさえあまりすることがなかった。なのに、なんで、今。なんで、このタイミングで。
 
なんで、なんで、なんで!
頭の中の私が叫んでいる。悔しいような、怒ったような、行き場のない感情で叫んでいる。泣き叫んでいる。けれど現実の私は、涙も出ていない。ただ茫然と、紅白戦を眺めていた。
歩けるが、激しい運動はできないだろう。走れない。
引退試合は、数日後。もう、間に合わない。私はもう、コートに立つことはない。
 
大会が行われる滋賀県には、予定通りに行った。監督の情けだろう。ベンチには入れてもらえた。試合前の公式練習にも参加した。監督は少し驚いた顔をしたが、私に向かってボールを投げてくることはなかった。ああ、もうボールに触ってプレーすることもできないのか。
 
結果は1日目で敗戦となり、翌日に家へ帰った。
受験に向けて勉強はしなければならなかったが、ようやく解放された。やっと、普通と思われる女子高生になれる。嬉しいはずなのに、モヤっとした思いを抱えたまま、私は引退した。
 
結局のところ、捻挫をしてもしなくても、変わらなかっただろうなと思う。
今まで私が呼ばれていた場面で、リリーフサーバーとして監督に呼ばれたのは、私が捻挫した日に呼ばれていた1年生だった。あの時、私が捻挫をしていなくても、私の引退試合にリリーフサーバーとして出場していたのは彼女だろう。
捻挫をして変わったことと言えば、私が彼女にポジションを奪われた言い訳が「捻挫しちゃったから」ということだけだろう。捻挫というハプニングがなければ「引退する人間より、新チームにいる人間を使って試しときたいんじゃない?」とか「別に1年生が出ても、実力的に大差ないからやと思う」とか、そういう類のものを私は言わなければいけない。後者の言い訳をしたくないくらいには、17歳の私のプライドは高かった。今思えば、器の小さい奴だなぁと思うが。
 
あれから10年と少し経って、私も大人になった。今でも思うのは、なんで捻挫した時、泣かなかったんだろう、ということだ。頭の中の私は、悔しくて、どこにぶつけたらいいのかわからない怒りで大泣きしていたというのに、現実世界の私は、涙が出なかった。
 
もしかしたら、頭の中にもう一人、私がいたのかもしれない。そいつが怒り狂う私をよそに、現実世界の私に言ったのかもしれない。「どうあがいても、事実は変わらないよ」と。
 
どれだけ私が泣き叫ぼうと、怒り狂って氷水の入ったバケツを蹴り飛ばそうと、捻挫をしたという事実は、もう変えられない。
捻挫したという事実が、ドッキリのように「嘘でしたー!」と言って、なくなるわけでもない。右足首の痛みも消えない。過去に戻ることもできない。捻挫が治るまで、安静にしないといけない。数日後の引退試合にも、当然出られない。
 
私が何をどうしたところで、何も変わらないし、変えられないんだ。
 
氷水に足を突っ込んでいる間、怒り狂った私がいる頭の中で、ひっそりそんなことを冷静に考えている私もいたのだ。
 
ああすればよかった、とか、こうすればよかった、とか、大人になった今でも起こった事実を受け止められずに、タラレバを言ってしまうことがよくある。でも、起こった事実は、もう変わらないのだ。大人になった今、17歳の私より成長したのだから、ちゃんと受け止めなければならない。大事なのは、その事実を踏まえて、これからどうするのか、ということをしっかり考えることなのだ。
 
私の青春はもう戻らない。成績も良くなかったし、可愛くお洒落もできなかったし、甘酸っぱい恋愛もできなかった。憧れて、思い描いていた青春は過ごせなかった。でも、これが私の青春だ。この事実はどうにも変えられないけれど、何にも代え難い、私の大切な青春だ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
川端彩香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

兵庫県生まれ。大阪府在住。
大阪府内のメーカーで営業職として働く。2021年10月、天狼院書店のライティング・ゼミに参加。2022年1月からライターズ倶楽部に参加。文章を書く楽しさを知り、懐事情と相談しながらあらゆる講座に申し込む。発展途上。

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2022-02-09 | Posted in 週刊READING LIFE vol.157

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