週刊READING LIFE vol.160

空からなにか落ちてきた《週刊READING LIFE Vol.160 まさか、こんな目にあうとは》


2022/03/07/公開
記事:izumi(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「あぶない!」
どこからか大きな声が聞こえた。
「あぶないとは? え? 誰に言っているのだろう」
一瞬、疑問が浮かんだ瞬間だった。
左肩に衝撃がはしり、わたしは立っておられず、その場にうずくまった。
わたしの肩に、何かが落ちてきたのは理解できた。
 
「???????」
 
その時、全ての動きがスローモーションになった。
わずか数秒だったが、だれかにいーち、にーい、さーん、よーんとゆっくり数を数えられて、30秒ほどたったような感覚になる。
とんでもないことが、起こっているのではないだろうか?
不慮の事故で、命に関わるような悲劇がおこると、このようなスローモーションの感覚になるのだろうと思った。
状況は、把握できない。
 
「たぶん、わたし、大丈夫ではない」
 
道路に転がっている、大きな木の板のようなものが見えた。
大きさは、縦1m、横1mサイズの板だ。
あぶないと言われたのは、わたしだったのだ。
肩に落ちてきたのは、家の2階にあった雨戸だった。
雨戸は雨や風から、家の窓を守るために、窓の外側に取り付けられているものだ。
いまから1年ほど前、会社から最寄り駅まで、わずか10分の間に起こった。
 
帰り道は、いわゆる繫華街で、道の両端に飲食店やコンビニ、駐車場がある。
そのうちのひとつが、電気工事の会社だ。
2階建ての家を、会社兼、資材置き場にしているようだ。
2階は窓が4つあり、雨戸が取り付けられている。
いまどき、古い雨戸だなあと、前を通る度に感じていた。
まさかその雨戸が、自分に落ちてくるなんて!
 
 
わたしはうずくまっていた。
2階からあぶないと叫んでいたおじさんは、慌てておりてきた。
一瞬なにが起こったか分からず、通行人はじっとこちらを見ている。
大丈夫そうだと判断すると、日常生活に戻り歩きだす。
まるで、DVDのストップボタンから、再生ボタンを押したようだ。
「大丈夫だった?」
目撃していたサラリーマンに、話しかけられた。
 
だが、声が出てこないのだ。
「大丈夫じゃない」
「おっさん、なにしてくれてんねん! めちゃくちゃ危ないやんか」
頭の中では思っていても、ショック状態になると、声がでなくなるようだ。
 
雨戸を落とした、電気工事会社のおじさんは、慌てている。
「大丈夫? 今から時間はある? 近くに病院があるから行こう」
まわりの知らない人たちが「病院にいったほうがいい」と声をかけてくる。
言われるがまま、病院にいった。
わたしも気が動転していたし、雨戸を落としたおじさんは、もっと気が動転していたのだろう。
おじさんは受付で、自分の保険証を出していた。
「雨戸を落としてしまって、この女性の骨がおれてないか、レントゲンを撮ってほしい」
「診察を受けるのは、あなたではなく、女性ですよね?」
受付の女性は、不思議そうな顔でおじさんを見ている。
 
「なんで? わたしが診察を受けるのに、おじさんの保険証使えるはずないやん」
 
受付の女性、おじさん、わたし、全員がおかしな雰囲気になった。
受付の女性は「あなたの保険証は使用できません」と冷静に突っ込んでいた。
 
タイミングが悪く、発熱外来の時間なので、しばらく待ってくださいと言われた。
コロナウィルスの影響で、通常の診察と時間を分けて、発熱している人を、診察する時間だ。
このまま病院で待つのがいやになり、おじさんと連絡先を交換して別れた。
 
電車に乗っている時に、もしかして骨がおれていたらどうしようと、不安になった。
地元の整形外科に行って診察を受け、幸い骨は折れていなかったが、肩には大きな紫色のあざが出来ていた。
 
その日から、肩が痛くなり、半年あまり治療に通うようになった。
肩が痛くなっただけでなく、心にも傷をおっていたのだ。
会社の行き帰り、事故にあった場所に近づくと、心がドキドキするようになった。
前を通るときは、気持ちが不安になり、苦しくなる。
事故の後遺症だなと分かったが、雨戸が落ちてきた場所を通る時は、早歩きして、できるだけ電気会社を見ないように歩いた。
 
通勤ルートを変えようと思ったが、へんなところで負けず嫌いな性格がでてくる。
ルートを変えると、おじさんに負けたような気になったのだ。
事故にあって、お互いの電話番号を交換したにもかかわらず、一度も電話をかけてこなかった。
謝罪の電話もなくて、誠意が全く感じられない。
病院に連れて行く時も「後でなにか言われても、困るから」と口走ったのを見逃さなかった。
 
高額な医療費や慰謝料を、請求されると困る。
今この場所でけりをつけたいという、おじさんの心が透けて見えた。
見せてはいけない、心の本音。
おじさんは気が動転していたため、隠せなかったのだ。
自分の保険証を使用して、わたしに診察を受ける発想をしてしまうほど、慌てていたから。
 
後で知ったのだが、通勤経路での事故であった時は、保険証を使用しない。
次の日にすみやかに会社に報告して、労働者災害保険、いわゆる労災を使用しなければいけないと知った。
 
最近、事故にあった場所の前を歩いていた時に、そういえば、苦しさはなくなったなあと思い出した。
事故後、3カ月ほどしたら、自然に苦しくなくなったのだ。
いまも、新しい雨戸は入れられておらず、ガラス窓が見えている。
古い木の雨戸でなく、アルミのしっかりとしたものに変えればいいのに。
相変わらず、誠意がないなあ……。
 
苦しみや、つらい気持ちは、時間が解決する場合もあるのだ。
肩は痛い、気持ちは苦しいし、どうなるのだろうと不安になった日々。
ただ淡々と、治療に通い続けた。
治療先の先生とは、週に数回通って、顔を合わせるうちに、随分と仲良くなった。
お互いの好きな食べ物や、趣味の話。
いつのまにか先生とお喋りするのが、楽しみになった。
同じ時間に行くために、顔ぶれも同じで、患者さんとも、あいさつをするくらいに、なじんだ。
 
人生は、予想もしないできごとがおこる。
いままでは、平凡な人生で、予想しないできごとなんて、起きるはずはないと思って生きてきた。
たとえば、ゲームのモブサブキャラクターで、毎日同じ生活をするように。
 
だが、今回の事故のように、さっきまで会社で働いていたのに、会社を出てから駅にいくまでの間に、まさかこんな目にあうとは思わなかった。
治療に半年かかり、事故にあった前を通るだけで、心が苦しくなる。
事故にあった時、ショックで友達に会う度に、あったことの話をしていた。
 
「ほんと大変やったねえ。運がいいと思わないと。頭に当たっていたらどうなっていたか」
 
友達に言われたことを思い出した。
言われた時は、はげましてくれている友達の言葉を、素直に受け取れなかった。
こんな目にあっているのに、運がいいわけない。
なんて運が悪いんだ。
おじさんに、何も文句を言えなかった自分にも、腹が立った。
 
あの衝撃が頭に当たっていたら、どうなっていたか分からない。
命はなかったかもしれないという、最悪な想像もできる。
もし、木ではなく、もっと重い材質の板だったら、骨が折れていたかもしれない。
 
 
運が悪いと思い込んでいた。
だが、今ならわかる。
わたしは、運がよかったのだ。
こうやって普通に、生活ができている。
心も元気になった。
治療しながら、先生とお喋りする楽しみもできた。
自分におこったできごとは、取り方によって、プラスにもなるし、マイナスにもなる。
 
いやなできごとが起こると、すぐにはプラスに受け止めることは、できないだろう。
焦らないで、いまできることを淡々とする。
時間がたってから、もう一度考えなおしてみると、案外悪くはない。
 
事故にあったときは、何でこんな目にあうんだろうと苦しんだ気持ちも、ラッキーだったという気持ちに、変化するのである。
ちょっとした角度を変えると、見方が変わるという教訓になった。
事故にあったわたしは、不幸だろうか?
角度を変えてみると、ラッキーなのである。
 
そう考えると、マイナスの中に、プラスを見つけるのは、楽しくなりそうだ。
人生は一度きりだ。
わたしの人生は、ラッキーだったと言えるように生きたい。
マイナスだと思える中にも、プラスはあるはずだ。
痛い教訓だったが、わたしは無事に生きている。
あの時、雨戸が頭にあたらず、ラッキーだったのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
izumi(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

2021年7月よりライティング・ゼミ超通信コースを受講。2022年1月よりライターズ倶楽部に参加。ランニング、トレイルランニング歴10年。最近山登りにハマってテント泊を実現したい。誰かの応援になる文章を、書けるようになりたいと日々特訓中。

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2022-03-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.160

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