週刊READING LIFE vol.160

ポジティブな悔しさに、更なる上昇を感じた《週刊READING LIFE Vol.160 まさか、こんな目にあうとは》


2022/03/09/公開
記事:山田THX将治(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
今月始まり閉幕した冬季オリンピック。
日本に於いて後半戦の話題は、初の銀メダルを獲得した女子カーリング・チーム(ロコ・ソラーレ)に集中した。
 
カーリング・チームは予選で調子が上がらず、5勝4敗で予選最終戦を終えていた。ほぼ予選敗退が決まって、悲しみに暮れるインタビューが行われていた。インタビュアーも、掛ける言葉が無く、インタビューは暗く落ち込んだものだった。
特にスキップ(司令塔)の藤澤五月選手は、全責任が自分に在るかの様に目に一杯の涙を溜めていた。その表示はまるで、“こんなことが有るとは”と言っている様だった。
ところが一転、他の試合結果の兼ね合いで、日本チーム準決勝進出決定の報が流れた。他の三人が、抱き合って喜んでいる最中(さなか)、藤澤五月選手は一人、その場に座り込んでいた。正確には、倒れ込んだと表現した方が良いかも知れない。
選手達は口々に、他力本願でもたらされた準決勝進出という奇跡を喜んでいた。
未だ立ち上がることが出来ない藤澤選手は、仲間達によって抱き起された。一転して嬉し涙と為ったその表情は、“こんなことってあるんだ”と言っている様に感じられた。
日本チームの面々は口々に、こんな結果に為るとは思っていなかったことを話し始めていた。
そんな彼女等の表情には、『まさか、こんな目にあうとは』の最大級にポジティブ側に振れた喜びが表現されていた。スキップの藤澤選手は、降って来た幸運に改めて気を引き締めている様に感じられた。
「もう一戦、この仲間で闘える幸運」
と、言葉を選んでいたがその裏では、前回オリンピックと同じ土俵に迄漕ぎ着けた安堵感も併せ持った心境を表していた。
 
 
元々、日本に於いてメジャーではないカーリングが、ここ迄注目される様に為ったのは、1998年の長野大会で男女共日本チームが出場したからだ。勿論これは、開催国枠での出場だった。何のことは無い、1998年迄、日本の殆どのオーディブルは、カーリングという競技すら知らなかったのだ。たまに目にするカーリングの競技映像も、何だか解からずただ氷を掃いている競技といった印象だった。
ところが、連日のテレビ中継で、丁寧な解説が付くと途端に興味をかき立てられた。
何しろ、日本人には、将棋・囲碁といった手を読み合う伝統が有るからだ。その上、相撲によって息を詰めながら観戦する習慣が、国民全体に広まっていた。カーリングに、人気が出ない方が不思議だった。
 
更に、前回の冬季オリンピックで、今回と同じチームが銅メダルを獲得したことと、チームの5人がテレビ映えする容姿だったので、一気にカーリング人気が高まった。
その例として、彼女達が試合中に発した同意の言葉『そだねー』が2018年の新語・流行語大賞に選ばれた位だ。なんでも『そだねー』は、標準語の『そうだね』の北見地方(北海道)の方言だそうだ。耳触りの良い音もさることながら、まるで微笑ましい女子会の会話が聴こえた様で、どこか楽しそうに聞こえたものだ。
そうでなければ、同年二月に流行った言葉が、年末の選考会迄残るとは思えないからだ。
 
しかし、その時点での状況や過程を冷静に分析せず、結果ばかりに注目する日本の悪い癖で、その後の女子カーリング・チームは、オリンピック出場は勿論、メダルを獲って当然とでも思われている風潮が有った。
何せ、彼女たちのチーム名“ロコ・ソラーレ”の意味すら、知っている日本人は少ないことだろう。
ロコ・ソラーレは、北海道北見市を拠点とするカーリング・チームだ。新聞等では、『LS北見』と表記されることが多い。それは、チーム名はチームの拠点である北海道北見市常呂町で、地元の略語として使われる「常呂っ子」から取った“ロコ”に、イタリア語で太陽を意味する“ソラーレ”を組み合わせて名付けられたものだ。
 
実際ロコ・ソラーレは、前回の冬季オリンピック時点での日本チームは、世界ランキングが8位。出場チームの中では、下から3番目だった。メダルはおろか、決勝トーナメントに進出した時点で、十分過ぎる戦績といってよかった。
そして、その結果が銅メダルだったのだから、もっともっと、称賛されても然る冪だった。
単なる、一時的なトレンドでは無くて。
 
報道されることは少ないが、前回の代表で3位と為ったロコ・ソラーレは、オリンピックが終わると、日本国内の選手権でもなかなか勝ち切るところまで行けなくなった。
現に、今回のオリンピック出場も、最後の最後まで決まることが無かった。決めることが出来なかった。
言い換えると、今回のオリンピック出場(日本代表決定)は、首の皮一枚のところまで追い込まれた後の決定だったのだ。
 
もしロコ・ソラーレが、日本国内の代表選考会で敗れていたら、多分スキップの藤澤五月選手は、
『まさか、こんな目にあうとは』
と、思ったことだろう。何しろロコ・ソラーレは、オリンピックに出場して当然と思われていたし、当人達もそう考えていたことだろう。
何しろ、前回大会の銅メダリストなのだから。
 
 
話を今回のオリンピックに戻そう。
先に述べた顛末で、カーリング日本代表のロコ・ソラーレは、奇跡的に決勝トーナメントに進んだ。しかし、彼女達の勝ち運は尽きてはいなかった。
勝てば決勝進出、即ち、メダル確定と為る準決勝戦。ロコ・ソラーレの相手は、予選最終戦で惜敗し、決勝トーナメントを‘一時的’に断念させられたスイス・チームだった。
スイス・チームは、この大会前の世界ランキングは2位だった(日本は7位)。予選リーグも好調で、全体1位での決勝トーナメント進出だった。
 
スイス・チームの面々は、準決勝の氷の上がってくる段階で、既に自信満々の表情をしていた。それはそうだろう。予選を1位で通過したのだから、勝って当然と思っていたとしても不思議はない。
対するロコ・ソラーレは、いつも通りの仲の良い雰囲気に満ち溢れていた。その背景には、何処の国にも負けないコミュニケーションが有ったからだろう。試合中の彼女達は、明るく活気に満ちた声が出ていた。
準決勝は一進一退の展開と為った。
中盤、ロコ・ソラーレのスキップ藤澤選手が投じた最後の一投が、サークル(的)の中心部に在ったスイスのストーン2個を、見事に弾き飛ばし(ダブル・テイクアウト)、日本の大量得点と為った。
終盤は、その際のリードにより終始ロコ・ソラーレがペースを握る展開と為った。
勝利を信じていたスイス・チームのスキップは、徐々に追い詰められ『まさか、こんな目にあうとは』といった表情に為って来た。
それもそうだろう、僅か2日前に完勝した相手だったのだから。
 
藤澤五月選手の最後の一投が決まり、ロコ・ソラーレは日本カーリング史上初の決勝進出を決めた。
歓喜に沸く試合後の会見で彼女達は、次に迫る決勝へ心を向けていた。
その横を、3位決定戦に回ることに為ったスイス・チームが通って行った。その際、ロコ・ソラーレに対し健闘を称える声を忘れなかった。
彼女達は、既に気分を落ち着かせている様だった。しかし、私の見立ては間違っていた。何故なら、予選を1位で通過したスイス・チームは、3位決定戦に敗れメダルを獲得出来なかった。
多分、準決勝で日本に敗れ感じた『まさか、こんな目にあうとは』感が抜けていなかったのだろう。
 
 
史上初の決勝戦に進んだカーリング日本代表LS北見は、残念ながら金メダルには手が届かなかった。少し厳しい表現をすると、決勝戦で完敗した。
決勝戦での戦い振りは、それ迄の明るく元気な彼女達と違い、どこか硬さが抜けていない感じがした。俗に言う“家賃が高い”闘いだったと思う。
 
表彰式後の会見で藤澤五月選手は、悔し涙を流しながら、
「こんなに悔しい表彰式は初めてだ」
と、心の内を吐露した。
その裏には、初めて‘敗れて’獲得する銀メダルの悔しさが有った筈だ。
そう、金メダルと銅メダルは、‘勝って’獲得するものだ。
もしかしたら藤澤選手は、
「『こんな目に遭う位』なら、いっそ前回と同じ3位の方が良かった」
と、思っていたのかも知れない。
 
しかし私は次の瞬間、彼女の表情が変わる瞬間を発見した。
横の席では、優勝会見をしている英国チームが居た。質問者が英国チームに向けて、
「前回、3位決定戦で敗れた日本に勝ったことは、一層の喜びでしょう」
と、話し掛けた。
そう、前回大会は、ロコ・ソラーレが勝って3位、英国は破れてメダル無しに終わっていたのだ。英国チームはこの4年間、その時の悔しさを忘れず練習に励んでいたのだろう。
藤澤選手の表情は、今度は自分達がその立場なのだと気付いた様だった。
 
藤澤五月選手は記者団に向けて、
「また、“同じ舞台”を目指します」
と、力強く宣言した。
それはまるで、次のミラノ・コルティナダンペッツォ大会では、金メダルを獲得するという宣言に思えた。
 
 
私はテレビを観ながら、藤澤五月選手が率いるロコ・ソラーレは、今回の銀メダルという結果を、ポジティブな悔しさに変えていると思えた。
 
更なる向上が有ると信じさせてくれた。
 
 
きっと次の冬季大会では、もっともっとポジティブな『まさか、こんな目にあうとは』の会見が聴かれるかもしれない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山田THX将治(READING LIFE編集部公認ライター)

1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数15,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を40年にわたり務め続けている 自称、淀川最後の直弟子 『映画感想芸人』を名乗る
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックの想い出を伝えて好評を頂いた『2020に伝えたい1964』を連載
加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する
天狼院メディアグランプリ38th~41st Season 四連覇達成

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2022-03-04 | Posted in 週刊READING LIFE vol.160

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