週刊READING LIFE vol.160

付き合った男がストーカーになりました《週刊READING LIFE Vol.160 まさか、こんな目にあうとは》

thumbnail


2022/03/09/公開
記事:パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「俺たち、付きあおっか!?」
男がベッドの中でニッコリとこちらに微笑みながら話し掛けてくる。
 
まずい、まずい、それはやめとけ……。
自分の中に不穏な空気を感じ取りながらも、私は首を横に振ることができなかった。こうなってしまったのには、自分にも責任がある。男たちの中にはそんな類の人種もいると大体察しはついているが、一夜を共にしておいて「そんな気ない」と豪語できる女はきっと数少ない気がする。
あー、私が自他共に認める「魔性の女」だったら良かったのに!!
そうだとしたら、私はタバコの煙でもくゆらせながら「ふふ……それは、どうかな」なんて言えたのかもしれない。
 
後悔先に立たず。
魔性の女を演じるほど経験値の無かった私は半笑いで「……うん、そうだね」と言うしかなかった。男とはなんとなくの流れで男女の関係になってしまった。しかも、運の悪いことに彼はこの少しあとに私の直属の上司になる。そして、恐ろしいことに……最終的にストーカーになった。
 
 
新卒として働き始めた不動産会社で、その男とは出会った。
今思えば、若気の至りというか何というかその頃私は仕事と人間関係をきっと……舐めていた。
超氷河期と言われる世代で就職活動にはかなりの苦戦を強いられたが、その中でなんとか内定を掴み取った1社だった。超氷河期で多くの会社が若干名という、取るのか取らないのかわからないような人数を募集要項に打ち出していたところ、この不動産会社は「アパート経営がサラリーマンでもできる」を謳い文句に事業拡大の最中であった。そのため同業他社に比べれば多くの新卒をとるなかで、私もうまいことそこに引っ掛かったという訳である。
 
圧迫面接なども経験した身としては、入社後もどんだけしごかれるんだろうかと覚悟していたが、いざ入社してみると思いのほか雰囲気はユルかった。それは私が営業として配属された「賃貸の店舗」特有のものであったようにも思う。メンバーは、私ともう一人の新卒の男子、2つ上の男性の先輩、その更に2つ上に男性マネージャー、マネージャーと同じくらいの女性がパート職として働いていた。
パートの女性はきれいで優しいお姉さんといった感じで、右も左もわからない新卒の私をいつも見守ってくれていた。男性社員も比較的若いとあってそこには大学サークルの先輩後輩のような空気感があった。
自社ビルの上の階の方には社長室をはじめ、総務部門や経理部門など年配のおじさまたちが日頃から若手社員の動向を監視しているということもあり、例え新卒であろうと結構厳しかった。それに比べビルの1階に店舗という形で独立していた賃貸課は、お客様の出入りが多いとあって上層部が顔を出すことも滅多になく、若手だけでワイワイとやっていた。
ロープレやチラシ配りなど営業っぽいこともちろん沢山あったが、それによって叱責されるとか、厳しい助言をもらうということはあまり無かった。月末になって上層部もいる営業会議に出席する場面では「売り上げが減少しているじゃないか」と発破をかけられることもあったが、それは思い悩むほどきついワケではなかった。
 
(なんだ、結構楽勝かも)
大学を出たばかりでまだ何もわかっていなかった私は、徐々に調子に乗り始めていた。
お客様がいない瞬間を見計らって、他部署の社員たちが缶コーヒーを片手に店舗を訪れてはまったりおしゃべりをしてまた自分たちの部署に帰っていく。そんなユルさのなかで私はいつしか「会社」で働く者としての心構えのようなものを学ばなかった。
 
その中に私が覚悟も無く一夜を共にしてしまった年上の男性社員がいた。
業務後の飲み会などでだんだんと距離が近づく。数か月もすると、その人の家に遊びにいくまでになっていた。正直、自分の私生活が乱れだしていた。
学生の頃は、親に逐一小言を言われ、それなりに門限もあったが、社会人になってからというもの同居していた親もうるさく言わなくなっていった。自己責任というやつだ。
それをいいことに、飲み会や遊びで深夜帰りというのも増えていった。
 
「生活の乱れは、心の乱れ!」
厳しい校則があった高校生活や、学生の頃までは親に言われていたことの本当の意味をこのあと私はようやく真から理解させられることになるのである。
 
研修期間が終わるとめでたく正社員として正式に採用された。
この頃から「賃貸」特有の時間の流れにズッポリとはまっていく。
まず店舗自体の休みが無いため、シフト勤務で休日をもらっても店舗からバンバン電話がかかってくる。自分の担当していたお客様の問い合わせなどがあると、確認のため、その営業担当に電話を掛けてくるのだ。いつ電話がかかってくるかわからない状態では心から休みという気はしなかった。また、管理部と違って「飛び込みのお客様が来るかも」という期待から上司は毎晩遅くまで店舗を開ける。いくら和気あいあいとサークルのような雰囲気といっても先輩方を差し置いて帰宅できるわけもなく、結局毎晩遅い帰りとなった。
 
夜も遅く、はっきりとした休日が無いなかで、仕事とプライベートの境界線が無くなりつつあった。飲みや遊びに誘ってくれるその男性となあなあな時間を過ごすことを気分転換と勘違いしていたのかもしれない。おそらく私は会社と家の単純な往復に嫌気が差していたのだ。
 
いや……、そんなの言い訳だ。手っ取り早く、何かに癒されようとした自分がバカだったのだ。誰が悪いわけでもない。全ての責任は自分にある。
 
男の家に行ってはダラダラとおしゃべりしたり、レンタルしてきたDVDを観たり、コンビニで買っていった夜ご飯を食べたりした。そして結局、きちんとした告白もお互い無いままに関係を持ったのだ。
男女間のお付き合いにおいて、告白はいわゆる相手への宣誓であり、それが無いままに関係を持つのは覚悟を決めていないのと一緒なのだろう。
それはただの現実逃避で、自分のことも相手のことも大切にしていなかったのは明白だった。
 
自分の予想を裏切ったのは、ただの一夜の関係で終わらず、相手が恋人としての関係を確認してきたことだった。
(まさか、付き合うほどの好意が無いのに流れでなんて……言えるわけない)
 
ここから全てが狂いだした。
結局自分の内面をよく観察することも怠り、心から「好き」とも思っていない男性とのお付き合いが始まった。しかも、同じ会社の人間だ。
 
あれやこれやと世話を焼いてくれるタイプだったその男が、段々と豹変していくのにそう長い時間は掛からなかった。会っていない時間に私が何をしていたのかについて、ものすごく執着するのだ。女友達でさえ連絡をまめに取るタイプではなく「たまにはそっちから連絡してよ」などと言わせてしまうタイプの私は、例え恋人であっても決まった時間に連絡を取り合うなどのルールがそもそも苦手なのだ。そんなところも彼は不満に思っているらしかった。
 
彼に「妹に紹介する」と言われた時はやばいと思った。まだ二人だけの話だったら、なんとかなりそうなものを家族に紹介なんてされたらもう逃げ場がなくなる。関係が公になっていくのに反比例して、自分の気持ちがついてきていないことに気づいていった。
 
相変わらず彼の束縛する感じは強まってきており、他の誰かとした会話でさえ詳細を聞きたがったときには真綿で首を絞められる気がして、息苦しくてしょうがなかった。
(ダメだ、自分に嘘をついてまで続けられない)
 
付き合いだして数か月が経った頃、意を決して別れを切り出した。
私の態度を冷たく感じていたようだった彼は、「やっぱりか」とは呟いたが、ごねたり頑なに別れを拒んだりすることはなかった。順序は逆だったかもしれないが、もし彼の方では真剣に想ってくれていたとしたら、それは本当に申し訳なく、想いに応えられなかった自分を責めた。
 
しかし、それくらいで終わる程甘くはなく、事態は悪化していった。
 
どうしても納得がいかなかった彼は、その後何度も電話を掛けてきて「お前、本当は新しく彼氏が出来たんやろう」と疑った。新しい出会いがあるほど時間があるわけじゃないのは、彼も分かっているはずなのだが、否定しても否定しても信じてはもらえなかった。
このころから彼に潜んでいた狂気が見え隠れし始め、私は電話が鳴るたび怯えた。
 
ある夜、彼が電話を掛けてきて言う。
「お前、今、どこにおる?」
「家だけど……」
「じゃあ、本当に車があるか確かめに行くわ」
そう言うと電話は切れた。恐さと不気味さを感じながら、私はハッとする。今ちょうど姉が私の車を使って出かけてる!!
震えながら携帯を握りしめていると、数十分後にまた携帯が鳴る。
「お前、嘘つくなよ! 駐車場に車無えやねえか!」
あぁ、もうダメだ。この人に話しても無駄だ。一応、姉が使っているという事実を伝えるも、もちろん聞く耳を持たない。彼はどんどんヒートアップしていった。
 
「お前さ、俺のことバカにすんなよ。お前一人くらいどうこうしようと思ったらどうにでもなるんよ」
 
今考えれば、きっとただの脅しで言ったのだろうと推測するが、当時まだ社会に出たばかりで20代という若さだった私には、それを受け流したりできるほどの冷静さも持ち合わせていなかった。ただただ、ヤバい男に捕まってしまったという思いだけで恐怖で泣いた。
 
更に不幸なことに、こんな修羅場の中、彼は異動で賃貸課にきて私の上司になった。
地獄の始まりだった。
もちろん彼と付き合っていたこと、揉めていることは誰にも言わず一人で格闘していた。イライラからか日中は彼は時に感情をむき出しにして営業としての叱責のようなものをする。私からすれば変な流れで怒られたり公私混同としか言いようが無かった。夜になるとストーカーまがいの電話を掛けてきて脅迫をする。
気持ちの休む暇が無く、私は徐々に体調が不安定になっていった。
 
平日の休みの日、近所の内科を受診する。
白髪でふくよかな老人の医師が優しく私に語り掛ける。
「あなたの体、助けてって言ってる。仕事休めない?」
そんな言葉をかけてもらってじんわり涙が出てくる。でも、今仕事を辞めるといったら相手はどんな手を使って反撃してくるんだろう。恐ろしくて思考が停止する。もうじっくり物を考えられなくなっていた。
 
自責の念から親にも打ち明けられないままに日は過ぎていたが、ある日、もうどうしようもなく仕事に向かうのが辛くて朝から泣いたことがあった。すると、母は言った。
 
「あんたねぇ! 泣いてまで仕事になんて行くもんじゃないよ! 今日辞めて来なさい!!」
「……うん。わかった」
 
母はいつどう声を掛けようかと見守っていたのかもしれない。母親の勘というのはするどいものだ。その言葉でようやく目が覚めた私は、例えどんな結果が待ち受けていようとも、とにかく辞職の意思を伝える事だけを胸に決めて家を出た。
 
本来なら部門長にまずその旨伝えるのが筋なのだろう。私にとってはマネージャーであるその男が部門長だ。しかし、話し合いにならない彼に言ったところでもみ消されのがオチだ。私は強行突破でいきなり総務部の門を叩き、新卒の頃からお世話になっていた総務課長に話をしにいった。
 
「体がついていきません。申し訳ありませんが、退職させてください」
理由なんてどうでもよかった。とにかく私を苦しませるあの男と離れられればそれでいい。あとの事なんてもう知ったこっちゃない。母に強めに背中を押してもらったことで私はいつになく体に力が漲り、戦う覚悟は出来ていた。
 
部門長への報告をすっ飛ばしての辞意が簡単に認められるわけもなく案の定、
「まあ気持ちはわかったけど、とりあえず、部門長に話を通して」と言われるに留まった。
 
でも私の気持ちはそんな事では揺らがない。誰かに辞意があることを伝えただけでも、ひとつの実績になる。私は総務課長に話をしにいったという行動を武器に、賃貸課にいる男のところへ行った。ツカツカツカ……。
「すいません。ちょっとお話したい事があるんですけど、お時間頂けますか」
あえて他のメンバーがいるところでハッキリとした口調でしゃべる。もう負けてなるものか。
今までの怯えていた羊のような娘が急に堂々たる態度になったのに驚いたのか、男が一瞬ひるんだのを私は見逃さなかった。別室で二人きりになる。
 
「たった今、総務課長に退職の意向を伝えてきました。辞めさせてください」
いきなりの宣言に急に焦りを見せた彼は私に頭を下げて謝罪してきた。
「そこまで追い詰めてしまって悪かった。俺が責任を取って退職するから、お前は残ってくれ」
そんな謝罪されたところでもう気持ちは変わらない。
「いや、もういいんです。私にも責任の所在はあるんで。もう辞めます」
彼が抵抗してくるのを振り切り、私はその1か月後に退職した。
最後の最後に、彼のやってきた行いに対し、仕返しできた気がしてせいせいした。彼は自分のせいで退職に追い込んだと後悔があったようだが、私からしたら「何をいまさら」という感じだった。
 
しかし、それと同じくらい反省の気持ちもあった。
やっと掴み取った就職を自分の浅はかな行動でダメにしてしまったのだ。
社会人になっても住まわせてくれている親にも申し訳なかった。退職の理由が男女のもつれなんて人に言えない。
お父さん、お母さん、真面目に一生懸命育ててくれたのにこんな娘になってしまってごめんなさい! これからはきちんとします!
 
それからというもの、誰かとお付き合いするときは、自分にも相手にも正直に、誠実な気持ちで対応することを心掛けるようになった。きっとあの事件は私の人生において一番の失敗と言えるだろう。けれど、あれがあったからこそ、人ときちんと向き合っていくことを真から学べたのだとも思う。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

2021年10月よりライターズ倶楽部へ参加。男児二人を育てる主婦。「書く」ことを形にできたら、の思いで目下走りながら勉強中のゼミ生です。日頃身の回りで起きた出来事や気づきを面白く文章に昇華できたらと思っています。

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2022-03-04 | Posted in 週刊READING LIFE vol.160

関連記事