週刊READING LIFE vol.161

ピアノ調律師の父親と100歳のピアノ《週刊READING LIFE Vol.161 人生100年時代の働き方》


2022/03/14/公開
記事:早藤武(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「あんなにボロボロにさせるくらいなら、もっと日頃からちゃんと面倒見ないとダメじゃないか!」
 
父さんは自宅に帰ってくるなり、たくさんの引き出しがついた大きな道具箱の引き出しから目的の部品を探しながら大声で文句を言っていた。
 
最初は自分が家の外で遊んだ時に、何か壊してしまったのだろうかとドキドキしてしまった。夕飯の準備をしていた母さんが僕のところに寄ってきて、お仕事で修理するピアノの話だと教えてくれました。
 
僕の父はピアノのお医者さん、つまりピアノの調律師をしていました。
小学校にあるピアノくらいしか普段は目にすることはないので、ピアノがそんなに簡単にボロボロになるなんて想像がつきませんでした。
 
「お父さん、ピアノってどのくらいでボロボロになっちゃうの?」
 
目当ての部品が見つかって気持ちが落ち着いたのか声をかけた僕の方を見て、自分が盛大に言葉を漏らしていたことに気がついたようでした。
 
「ああ、ごめんごめん! お父さんのお仕事で直さなきゃいけないピアノが長い時間お手入れされてなくてビックリしちゃってね。帰り道に今日のピアノの事を思い出したら怒ったまま帰ってきちゃったよ。きちんと面倒を見ないといけないけれども、ピアノは大切に使えばボロボロにならないで、ずっと使えるんだよ!」
 
今回のお仕事で直すピアノは100歳に近いグランドピアノだったそうで、長年の繋がりのある人から頼まれてどうしても演奏に使いたいとお願いされてきたそうだ。
 
ピアノは湿度や部屋の温度が変わると音色が変わってしまうので、普段からのお手入れや保管する環境が大切でデリケートなものなのだそうです。
 
確かに、父さんがお仕事の電話をしている時には、お客さんに必ず湿気や温度に気をつけるように言っていました。
 
「ピアノは人間と同じように、長年働き続けるならきちんと面倒を見てあげないといけないんだよ。ほら、お仕事をずっと頑張りたくても歳を重ねて病気になったり、運動不足で体力が落ちたりするとお仕事ができなくなるだろう? だから若いうちからきちんとしてあげないと良い音が出なくなっちゃうんだよ」
 
父の話からも、ピアノのことが大好きだという気持ちがとても伝わってきました。
しかし、今のお仕事ができるようになるまでとても大変な思いをしてきたそうです。
以前母さんから聞いた話ですが、父は東北の田舎で生まれ育って東京に出てきました。
それは憧れたピアノの調律師に弟子入りして、自分が大好きなピアノを直せるようになりたいと思ったからなのだそうです。
子どもの頃に友人と聞いていた3枚のレコードが同じ楽曲なのに、全く違うピアノの音色だったことに気がついたそうです。
調べてみると調律をした人だけが違うことを知って、自分が好きだと感動した音色を多くの人に届けられるピアノを直せる仕事をしたいと思い立ってからは両親の反対を押し切って行動したそうです。
 
弟子入りしてからも、憧れの仕事がすぐにできるわけではありませんでした。
自分の勉強不足でデリケートなピアノを壊してしまったり、お客さんとなる人たちに良い音色を届けることができなくなってしまうので頑張って勉強を続けたそうです。
それでもプロから見たらまだまだ未熟だったので師匠からは毎日たくさん叱られながら必死に技術を習ったり、見て盗んだところもあるそうです。
 
父は気がついたら師匠から叱られることは少なくって、代わりに少しずつ任される仕事が増えていったそうです。
直ったピアノの弾いたお客さんたちから喜んでもらえることが増えてきたら、「ついに自分がやりたかった仕事が少しだけれど、やっとできた!」と言葉少なくではありましたが、僕が生まれる前に父さんは母さんと2人で喜んだそうです。
 
一人前のピアノ調律師として師匠や周りの人たちから認められるようになって、少しずつ自信がついて日本各地のコンサート会場をまわったり、時には海外のコンサート会場のピアノを勉強しつつ直しに行く機会にも恵まれたそうです。
最初の苦しいと思っていた時期を乗り越えたら、毎日の仕事が楽しくて夢中になって、あっという間に年月は経ち子どもである僕がいつの間にか大きくなって驚いた時には母さんからはもっと子どものことを見てあげてと怒られたそうです。
それはさておき、僕が物心ついた時には父は立派なピアノの調律師だったので、両親から昔話を聞くまではそんなに大変な経験をしているとは思いませんでした。
 
そして、たくさんのピアノを直してきた父さんは、100歳のピアノをどうしてあげるのが良いのかを現在とても悩んでいました。
「直して音を出せるようにしようにも、歳をとって音を出す弦やハンマー部分を取り替えてあげたり、音を響かせるピアノの中も木で作られているから湿気や温度で膨張して昔と変わってしまっているのが大変なんだ」
 
僕は父が言っていることが半分もわからないので首を傾げてしまいました。
 
「周りのお友達とお父さんたちのような大人だと声が全然違うだろう? あとは田舎のおじいちゃんやおばあちゃんの声はもっと違うのはわかるだろう?」
 
確かに僕たち子どもの声と比べると大人の人たちの声はずっと高い音や低い音が出せて歌もすごい上手です。
しかし、おじいちゃんやおばあちゃんになると声にザラザラしたような音になりますが僕たちはなぜか安心してしまう音の声があってすごいと思います。
 
「子どもから大人になると体の大きさも変わったり、今まで大きな声を出して喉を痛めた人もいたり、逆に練習を積み重ねて綺麗で透き通るような声を出せる人もいるんだよ。ピアノも同じように歳を重ねる間にどんな経験をしているかで音が違ってきたりもするんだ」
 
父さんの話が本当であれば、今までひどい目にあってきたピアノは直しても聞いた人が喜んでくれる音が出せなくなってしまうのでしょうか?
そんな疑問が生まれて、父さんに100歳のピアノはきちんと音が出るようになるのか聞いてみました。
 
「きちんと整った音が出るようになるまでは、すごい頑張らないといけないけれどもちゃんと直るから大丈夫。でもその後もきちんと面倒を見てあげないとすぐに音が変な風になって曲が弾けないくらいになっちゃうのもお客さんにお話してあげないといけないかな」
 
同じピアノを100年使い続けているところは滅多にないので、これからも面倒を見ることがどれだけ大変なのでしょうか?
 
親子代々に渡って受け継がれて大切にされるピアノもあれば、場合によっては学校や博物館などにて寄贈されて残っていくピアノもあるそうです。
 
父の話だと昔に比べて新しいピアノが作られていき、コンサートで使うような立派なピアノがあったり、個人の家でも弾けるような小さなピアノがあったり、さらには調律がなくても大丈夫なデジタル化した電子オルガンのような楽器も出てきたので、音楽を楽しむ形も幅広くなっているのだそうです。
 
色々な形になっても、音楽を楽しみたい気持ちが心の奥底にあれば愛情を持って楽器をお手入れできるようになっていくと長年の経験から父は教わってきたのだと話してくれました。
そしてピアノの立場になって考えてみると、音を出せる舞台は変わるけれども、聞いて喜んでくれる人がいてくれるのは幸せなことなのだそうです。
 
「父さんの師匠のお客さんで、海外にいる音楽家のおじいちゃんなのだけれど、何十台もピアノとかバイオリンを大切にしていて、楽器の面倒を見たり、直すためのお金を稼ぐために頑張ってコンサートを毎年開いて楽器を直しているっていうのも聞いたことがあるよ。だから大切に思っているなら、少し大変でもきちんと楽器の面倒は見れると思うよ」
 
お話をしてくれた後に家族でご飯を食べて、僕と母さんが眠る頃に、父さんは自分の部屋の作業台で部品を削ったり、磨いたりしていました。
家族が眠るのでなるべく音が出ない作業をして明日また直しに行くピアノのことを一生懸命に手を動かしていました。
 
翌朝に目が覚めると父さんは朝の支度をしていて、昨日削ったり、磨いたりしていた大小の部品や調律に使っている道具をカバンに詰め込んでいました。
 
「おはよう! 今日は時間がかかるだろうから早くお仕事に行って、遅くになると思うけれど、昨日の話のピアノを元気にできるようにお父さん頑張ってくるよ!」
 
僕と母さんに朝の挨拶をささっと済ませてワイシャツに上着を羽織って足早に家を出発していきました。
 
100歳のピアノはきちんと直るのかなと思いながら、学校が終わって夜ご飯が終わっても父さんは家には帰っては来ませんでした。
母さんには連絡が入っていたようで、ピアノを直すのに思ったよりも時間がかかりそうだから仕事先の近くでホテルを取って、明日も早く作業をするそうだ。
 
さらに次の日の夜に父さんは、ただいまと僕に軽く挨拶してすぐにお風呂に浸かって、母さんと最近どうだったかのお話をしてすぐに眠ってしまいました。
朝になって目覚めてきた父さんと話をすることができました。
 
「昨日はあんまりお話できなくて悪かったね。ボロボロだったピアノがやっと良い感じに音が出るようになってきたよ。あとは音が綺麗に出るように整えてあげれば、お客さんが演奏したい日にちには間に合いそうだ」
 
音が出るようになって元気を取り戻していくピアノの話をする父さんは嬉しそうで、楽しそうで聞いている僕も完成するのが楽しみになってきました。
 
そしてついにピアノの修理と調律が完成したのです。
父さんがあとから教えてくれたことですが、調律師の仕事をしていて一番の楽しみが、調律が終わったピアノをお客さんが楽しそうにリハーサルで演奏するのを特等席で見れることだと教えてくれました。
 
100歳のピアノがボロボロになって長い時間音がきちんと出なくなったとしても、代わりの部品に交換したり、磨き直してあげることで、再び多くの人に喜んでもらえる音楽を奏でることができるのは、長年多くのピアノを直してきた調律師の父さんも新しい感動を味わえたのだそうです。
 
長年同じ仕事をしていると慣れてきて味気ないと思ってしまう時期もあるけれども、新しい出会いや今までやったことがない難しい課題がやってきて、今までの仕事が再び魅力的に思えてるのが、たまらなく楽しいのだそうです。
 
父さんは僕に仕事で大切なことはたくさんあるけれども、外せないことがあると教えてくれました。
 
「仕事は夢中になれることをやってみると良いよ。夢中になれるとずっと続けられるのと少し大変なことがあっても頑張れるからね」
 
父さんほど好きなものを探すのは大変そうだけれど、僕も夢中になれるものを見つけたいなと思えた100歳のピアノのお話でした。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
早藤武(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1984年生まれ東京都出身、城西大学薬学部卒業。
北海道函館市在住の薬局薬剤師。
SDGsアウトサイドイン公認ファシリテーター。
カッコ可愛いを追究するインプットの怪物紳士くじらを名乗り「紳士くじらのブログ」を運営。

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2022-03-09 | Posted in 週刊READING LIFE vol.161

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