週刊READING LIFE vol.161

どんな経験もバウムクーヘンのように美味しく重なっていくものだ 《週刊READING LIFE Vol.161 人生100年時代の働き方》


2022/03/14/公開
記事:田盛稚佳子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
大学を卒業して、最初の会社に就職する時に親に言われたことがある。
「石の上にも三年っていうでしょう。どんなことがあっても、我慢して頑張りなさい」
 
その言葉を聞きながら、
「そうだね。我慢できるところはするけど、人間限界ってものがあるからさ。やってみないとわからないよ」
そう思いながら、実家を出て社会人生活を始めた。
 
お恥ずかしい話であるが、私は会社が合わないとなると、即座に身体に反応が現れてしまう。その入社式初日も朝から、激しい腹痛に襲われて、10分おきにはトイレに駆け込まないといけない状況になってしまった。
真新しいスーツが、冷や汗というか変な汗というか、気持ち悪い感覚で湿り出すのがわかる。
同期入社は7名いたが、心配してくれる同期には先に入社式の会場に入ってもらい、私は頻繁にトイレを行き来する、とんでもなく落ち着きのない新入社員だった。
入社式には社長、役員一同がその場にずらりと揃っていたはずだが、あまりの腹痛(というか激痛)に、誰が居たのか、社長が訓示で何を話されたのか、新入社員代表が抱負として何を述べたのか、一言も覚えていない。
ただただ、入社式が終わることと腹痛が収まることしか考えていなかった。
社会人のスタートとしては、最悪である。
 
その会社で日々を過ごしていると、1年も経たないうちに私の中でふと疑問が湧いてきた。
一番働き盛りの世代の、中途希望退職者の募集を始めだしたのである。
その中には社内では一番と言ってもいいほどパソコンにも詳しい、営業先からも信頼が厚い人物もいた。彼は驕り高ぶることなく新入社員の私にも、丁寧に接して下さる先輩だったので、○月で希望退職するらしいと聞いた時は大きなショックだった。
「こんな有能な社員を切るなんて、なんて愚かな会社なんだろう。そう長くないうちに、この会社は傾いてくる気がする」
そんな直感を抱きながら、仕事をなんとか続けた。
 
自分なりに我慢はしたものの、サービス残業の多さ、当たり前のように発生する休日出勤、代休が取れないことが重なり、心も体も疲弊していくのがわかった。
そうしているうちに、肺炎のような症状が続き、咳が一日中止まらない体になってしまった。
一週間、二週間、朝昼晩に薬を飲んでもまったく効かず症状は悪くなるばかり。
発熱も続き、ついには夜中に眠れないほどの咳に悩まされた。
咳のしすぎで腹筋が痛い。痙攣するような痛さである。
身体が「働くな」と言っている。
あまりに治らないため、近くの病院ではなく大きな病院に行って診てもらったところ、医師は言った。
「肺に影が写ってますね。マイコプラズマ肺炎でしょう。安静にしておいてください」
 
マイコプラズマ? 何なのそれ?
調べてみると、小児や若い世代にわりと見られる肺炎であり、大人の場合でも比較的、若年者に多いとのことだった。当時の私はまだ25歳。
高熱以外の重篤な症状は現れにくいが、中には呼吸不全を引き起こして入院治療が必要になったり、髄膜炎などの合併症を引き起こすケースもある、と書いてあるではないか。
会社には病名と状況を話して、上司の理解を得た。
 
少し状態が落ち着けば出社するが、体調が悪いと一日寝ていないとどうしようもないという日々が続いた。
全国のアウトレットモールなどへの出店がピークを迎えていた時期は、本当に辛かった。
まずはフルタイムで営業事務の仕事で商品の出荷指示業務を行う。それが終わると、直営店との価格交渉をして、実際にレジに表示される金額のデータを本社にいる私が作成して、現場のレジで読み込ませなければならない。
やれやれひと段落したかと思えば、今度は自ら出荷指示をかけたその商品を棚からピッキングする。セール品であれば、定価の値札のうえにセール価格の値付け作業をして、箱詰めして出荷するという一連の作業を深夜までこなしていた。
なぜ、そこまでしなければならなかったのか。
それは、商品の出荷に携わるパートさんは17時を過ぎると、全員帰ってしまい、残っている社員がその日のうちにすべての発送作業までを終わらせる必要があったからである。
 
今考えれば、夕方から近くの学生たちをアルバイトとして雇い、社員は交代で残業するような勤務形態にしておけば、よかったのかもしれない。
しかし、その会社が初めての私にとっては、そうやって我慢して働くのが当たり前で、それを三年は続けなければならないのだと思い込んでいた。
単純に世の中を知らなさ過ぎたのだ。
 
思えば、就職活動から多少安易なところはあった。
私が大学4年の頃は「就職超氷河期時代」で、同じ学部のゼミの中でも、普通に就職した同期は半分もいなかった。
ほとんどが大学院進学か、ゼミの教授の紹介で中国留学に行ってしまい、就活仲間が少なかったのである。
学生時代を謳歌した私は、とにかく社会に早く出たかった。
とりあえず、自分が苦手は業界だけを外して片っ端から受けてみよう、と。
 
銀行等の金融関係、生命保険会社、テレアポ専門会社を除外した時に、たまたま目にした会社がそのアパレルの会社だった。
洋服は好きだったし、モノができる現場を見たり、好きなものなら売れるような気がして受けたら、意外にもあっさり受かってしまった。
というわけで、4年生の6月には就職活動があっという間に終わってしまい、卒業までは卒業論文とサークル活動に勤しめばいい、のほほん大学生活を送っていたのである。
「就職超氷河期時代でも、就職できるやん」と世の中をナメ切っていた。
「会社四季報」すら読まずに就職活動をした結果がこれである。
しかし、一度私の体の中に入り込んできたマイコプラズマ肺炎は、思った以上にしぶとかった。普段の生活でも咳が止まらなくなり、電話対応もままならない。
咳がひどくて寝不足続きのため、当然のごとく仕事のパフォーマンスはこれ以上落ちないというほど落ちた。
上司も、きっと呆れていたことだろう。
さらに悪いことに、体の半分にだけ蕁麻疹がぶわっと出てきた。
首からした足先にかけて、蕁麻疹に染まった自分の体を見て悟った。
とうとう、目に見える形で体がレッドカードを出してきたのだ。
「これ以上がんばって、どうするつもり? あなたの体でしょ?」
そう言われたような気がした。
結果的には2年8カ月で断念してしまった。
私はすごすごと負け犬のように、退職届を出して、実家へ戻ってきた。
 
「ごめん、三年すら無理やったわ」
父は無言だった。
私の父親は、同じ会社で定年まできっちりと40年勤め上げたサラリーマンだった。
私が就職活動の中で除外していた業界で勤めていた父を誇りに思っていたし、その一方では、私は絶対、こういう働き方はできないと完全に白旗をあげてしまう相手でもあった。
死んでも、この人みたいなサラリーマンにはなれない。
それが、私の昔からのコンプレックスであり、今もそうである。
 
 
福岡に戻って、人材サービス業に就いたのは、就職活動で企業を知らな過ぎた自分への後悔と今後の自分への船出となる企業を見つけたいという思いもあった。
実際に働いてみて、こんな会社があったのか! とか、あの会社で作られていた商品はこれだったのか! など「四季報」だけではわからない、生の情報が目の前にごろごろと転がっていた。
私はあるスタッフさんの専任担当していたことがある。
実は当時から一つの仕事に絞らずに働いている女性スタッフがいた。
週5日、派遣社員として働く時もあれば、ちょっと休んで今度は別の自営業(ご主人の会社)を手伝うという、メリハリのある仕事をしていた。
正直、うらやましいな、と思った。
 
先々、こういう時代がやってきたら理想だわ。
そんなことを考えていたら、副業解禁時代がついにやって来た!
 
現在の私は、副業という収入を得るまでには至っていないが、平日は派遣社員としてフルタイム勤務する傍ら、土日はこうしてライティングの原稿を書いている。今年の2月からは連載も持たせて頂いている。
また、それ以外の時間では、カラーセラピストとして、自分も癒しながら、少し将来に迷っている人や夢を持っている人を応援するカラーをクライアントさんと一緒に見つけることが楽しみの一つである。
 
人生100年時代と言われる今、働き方もさまざま変わってきている。
別に終身雇用なんてなくていいと私は思っているし、それぞれの個性や強みを活かした趣味や特技がどこで仕事につながるかわからないのである。
大事なことは、目の前に広がる選択肢を、自ら狭めていくような働き方や生き方は、特に若い世代にはしてほしくないと思っている。
その時は、「なんで、こんな仕事……」とボヤきたくなるが、後から振り返ると、
「あれ? これってつながっているじゃん!」ということが実は多いのである。
 
だからこそ、今、目の前の仕事を大事にしてほしい。
今後訪れる新しい働き方のロールモデルの一翼を自分は担っているのだという自負を込めて。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
田盛稚佳子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

長崎県生まれ。福岡県在住。
西南学院大学文学部卒。
ライティング・ゼミを受講後、READING LIFE編集部ライターズ俱楽部に参加。
主に人材サービス業に携わる中で自身の経験を通して、読んだ方が一人でも共感できる文章を発信したいと思っている。現在、WEB READING LIFEにて「百年床・宇佐美商店」を連載中。

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2022-03-09 | Posted in 週刊READING LIFE vol.161

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