フルタイム志望だったんですけど、やっぱりしんどいんで、パートタイムでお願いします。《週刊READING LIFE Vol.161 人生100年時代の働き方》
2022/03/14/公開
記事:いむはた(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
売れている、いや、確かに売れている。でも、正直、厳しい。「Life Shift 人生百年時代の戦略」この本を読んで、そう思ってしまったの、ぼくだけでしょうか。
販売されたのは今からもう5年以上も前です。厚くて、内容も決して簡単ものではありません。それでも、ぼくの近所の書店では、いまだに平積みされているんです。それだけじゃありません。解説本が何冊もあって、ネットで調べると、Life Shiftを目指しましょう、なんてビジネスがたくさんあって。その上、今度は「Life Shift2」だなんて、もうLife Shift自体が一大産業、鬼滅の刃や呪術廻戦のように、そのうち映画化されるんじゃないかと思ってしまうほどの人気ぶり。
確かに内容には納得させられますし、単純に読み物としても面白い。人類のこれまでの歴史と未来を壮大なスケールで描いたのが「サピエンス全史」や「ホモデウス」なら、この「Life Shift」は、個人向けの「歴史の大きな流れ対策マニュアル」。今を生きるぼくたちにどんな影響があるのか、いったい対策をとればいいのか、わかりやすく解説してくれている。単なる知識としてではなく、より身近に、より自分の問題として感じられるよう、リアルなデータで説明してくれている。
だから、困るのです。だって、テクノロジーの発展と、長寿化、この二つは人類がずっと求めてきたもの。それなのに、それが、今や、行くところまで行きすぎて、ぼくたち自身を苦しめているなんていうわけです。近い将来、AIやロボットに仕事は奪われ、それでも健康になった人間は百歳まで生きることができてしまう。だから、これまでとは違う生き方をしなさいよ、というわけです。老後資金二千万円問題なんて話がありましたが、きっとLife Shiftも本質は同じ。お金と仕事と健康の話は、だれにとっても切っても切れない、まさに切実な話なのです。人気が出るのも納得、その内容は、ざっくりいうとこんな感じ。
これまでの世の中は、若いころにはフルタイムで勉強してスキルを身につけて、その後はフルタイムで働いて、最後に待っているのはフルタイムの引退生活、そんな教育→仕事→老後という「人生の三段階説」で十分だった。一つのスキルで、一つの役割をこなしていれば、幸せになれた。でも、残念ながらそんな時代は終わった。
人間の仕事は機械に取って代わられ、それでも、人間は百年も生きられてしまう。そんな時代には、継続的に学習してスキルを身につけて、同時に継続して働く必要がある。主夫であり、会社員であり、同時に学生であるといった、多様な生き方・役割が、個人の中で同時並行で進んでいく、いわゆるマルティステージ的な生き方が求められる。
それを、実現するのも、しないのも、あなた次第。でも、あなたなら、きっとできる。待っているのは、今までの人類が経験したことのないような明るい未来、といったところ。
いや、確かにその通りだと思うのです。機械に置き換えられない、人間にしかできない価値を提供できるよう、継続して学習してスキルを身につけられたなら、百歳まで続く人生を経済的に支えることができるのかもしれません。でもそれだけじゃ足りなくて、健康に気をつけて、新しい人間関係を作り続けて、自分の人生には自分の色を付けてって、正直、かなり大変そうじゃありませんか。百歳までとなると、ぼくの残り人生はあと約50年、まだまだ変わり続ける必要がある、がんばり続ける必要があるなんて、正直、結構、しんどいな、なんて思ってしまったわけなのです。
でも、実際のところ、この本は売れている。世の中の多くの人に受け入れられている。なぜなんでしょう。単にぼくが怠け者だという話なのでしょうか。確かに、その面はあるかもしれません。ただ、ぼくレベルの怠け者など、世の中にあふれかえるほどいるはずです。どうも、ぼくにはまだ見えていない魅力がこの本にはあるんじゃないか、人生百年時代の戦略、なんて、たいそうな言葉を信じてしまうような秘密が隠されているんじゃない、そう思えて仕方がありません。そもそも、ぼくはなぜ、この本に抵抗を感じるんでしょうか。ぼくが注目したのは、この本のメインテーマの一つ、「フルタイム」という考え方でした。
フルタイム、この言葉から、何を想像しますか。例えば、フルタイムの社員、フルタイムの専業主婦、フルタイムの学生、何かを専任でやっている、掛け持ちではなくて、専念していて、その人を表すのに一番適した言葉、そんな感じでしょうか。
実際、このフルタイムって言葉、ぼくはとても便利な言葉だと思うんです。だって、細かいことは置いておいて、フルタイムとさえ言えば、相手は理解してくれる。会社員だって、現実には、いろいろといるのに、フルタイムの社員ですって言えば、朝は七時くらいには家を出て、八時半くらいから働いて、上司と部下がいて、結構残業があって、住宅ローンがあって、なんて、なんとなく勝手に想像してくれる。それは、フルタイムの専業主婦だって、フルタイムの金持ち(そんな言葉はないのかもしれませんが、なんて素敵な響き)だって、同じです。みんな勝手にイメージをしてくれるから、細かい説明を省けてしまいます。
でも、便利なのはそれだけじゃありません。さらに素敵なのは、自分のことを、自分で定義する必要さえないのです。フルタイム会社員とは、みんながイメージするフルタイムの会社員であり、自分が決めるものではありません。するべきことも、考えるべきことも、目指すべき道も全部決まっているのです。人間にとって、自分ほどわからないものはない、と言われるくらい、自分を理解するというのは、大変なことです。それを、フルタイムの……ということで、すべて片づけてくれるのですからから、いわゆる自分探しの旅なんて無縁の世界、これほど楽なことなどないんじゃないでしょうか。
それなのに、この「Life Shift」は、こんな便利なフルタイムをやめて、その場、その場で役割が変わるような、そう言ってみれば、パートタイムのような生き方をしなさいというわけです。そんなことをしたら、自分で自分を定義しないといけないわけです。自分で自分の立場を明確にしないといけないわけです。これって結構しんどくないですか。
以前、母親が、パートタイムで働いていたの頃を思い出して、家事も育児も中途半端、仕事も中途半端、私はいったい何者なのか、わからなくなったことがある、なんて話をしていたけれど、まさに悩みは同じ、フルタイムとは安定の象徴、パートタイムは根無し草、といったところです。そして、そんな昔話をするとき、母親は決まってこう言っていました。
「でもね、昔はね、生きていくのに必死でね、自分が何者かなんて、考えている時間はなかったのよ。でも、今はいい時代になったわね。ゆっくり、じっくり自分と向き合って、自分を探す時間がとれるんだから」
ハタとさせられました。確かにその通りなのです。ぼくの両親の年齢は八十才目前、日本高度成長期のど真ん中世代です。貧しかった日本、食べるものもままならなかった時代から、だれもが豊かになろうと、必死に生きてきたはずです。自分が何者かなんて考える暇などなかったでしょう。まさに、フルタイムで生きることに向き合ってきたはずです。
そんな両親から見たら、確かにぼくたちなんて恵まれているわけです。高校や大学を選ぶにしても、まず考えるのは、「自分がなにをしたいか、なにになりたいか」、「何をしたら食っていけるか」ではありません。職業を選ぶ時だってそれは同じ。大切なのは、「仕事を通じて、どんな自分になりたいか」、「人生において何を成し遂げないのか」 もちろん、お金を稼ぐのは大切だけど、それはあくまで目標の一つ、食うために、生きるために働くんだと、どれだけの人が思っているんでしょうか。それに、フルタイムの仕事といったって、転職が一般してきた今、両親のころの滅私奉公的な会社員とのイメージとはずいぶん違うわけです。実際のところ、ぼくたち世代の多くは、生きることにフルタイムで向き合ってなんていないのです。
うーん、これって、もしかしたら、ぼくたちは、すでにパートタイムの生き方を実践しているってことなんでしょうか。
確かに、親の世代と比べたら、間違いなくそう言えそうです。それに、世代間という話になれば、ぼくの親の世代だって、まさに戦争を経験した祖父、祖母と比べたら、生きるという重みから、ずいぶん解放されていて、その祖父、祖母だって、その前の社会は、もっと身分も固定されていたり、疫病や飢饉があったり、なんて考えみると、この「フルタイムで生きること」からの解放、「残った時間は自分を活かす」というのは、どうやら歴史の自然の流れのような、決して「Life Shift」が、とんでもなく斬新な提案をしているわけじゃないような、そんな気がしてきました。
そう思うとパートタイムという生き方もそんなに悪くありません。というのも、正直言って、生きるというのはしんどいです。少しでも解放されたいというのが本音です。だから、そんな時代の流れに逆らわないで、テクノロジーと長寿の力を借りて、ぼくたちは、生きることにパートタイムで関わればいいわけです。残りの時間は、機械に仕事を代わってやってもらい、たっぷりと余った時間には、まるで趣味で絵を描くかのように、自分で自分の人生に色を付けていけばいいわけです。パートタイムは、根無し草どころか、むしろ自由の象徴、この時代の流れ、しっかり乗らせてもらえばいいような気がします。
なるほど、パートタイムとは自由の象徴、Life Shiftとは自由への道かと思った時、思い出したのは、大学時代、政治史の授業での講師の言葉。たしか彼は、こんな風に言っていました。
「現代を生きる私たちですが、いまだに、その考え方、生き方の基礎になっているのはギリシャ時代の哲学です。私たちは、二千年以上前のギリシャ人の英知を超えられていないのです。なぜ彼らは、こんなにも素晴らしい哲学を生み出すことができたのでしょうか。要因は様々あるかと思いますが、その一つは、奴隷制度だと考えられています。つまり、人間が自由に思索し、斬新なアイデアを生み出すには、労働から解放される必要があるのです。生きるという雑事から自由になる必要があるのです」
そう、ぼくたちは、これから自由になるんです。テクノロジーの発展と長寿化のおかげで、時間をたっぷりと与えられ、生きるという雑事から解放され、自由に思索し、斬新なアイデアを生み出すのです。それも、人間という「同士」を奴隷にすることなく、誰かを犠牲することなく、です。
こんなこと、人類史上初めてのことなのかもしれません、なんて思ったら、確かに、Life Shiftというこの本、売れるのは当然なのかもしれません、人生百年時代の戦略なんて、決して大げさな言葉じゃない、と納得してしまいました。さあ、ぼくも、さっそく、自由に自分を活かす道を探し始めようかな、なんて思いましたが、焦る必要はありませんね。だって、人生はまだまだ続いていくのですから。肩ひじ張らず、リラックスしていきますか。
□ライターズプロフィール
いむはた(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
静岡県出身の48才
大手監査法人で、上場企業の監査からベンチャー企業のサポートまで幅広く経験。その後、より国際的な経験をもとめ外資系金融機関に転職。証券、銀行両部門の経理部長を務める。
約20年にわたる経理・会計分野での経験を生かし、現在はフリーランスの会計コンサルタント。目指すテーマは「より自由に働いて より顧客に寄り添って」
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