週刊READING LIFE vol.161

電気店と珈琲店のおいしい関係。しなやかに、軽やかに時代を生きるためのヒント《週刊LEADING LIFE「人生100年時代の働き方」》


2022/03/14/公開
記事:三武亮子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「人生100年時代」「副業解禁」「新たな時代の働き方」。
こういった言葉を日々耳にするようになりました。世の中の価値が変わろうとしている過渡期に立ち会っています。
 
これまで企業が創り出していた価値の提供と社会の循環を、個人でも創っていくことが大切な時代にシフトしています。ここ数年で、驚くほどに個人が自分を表現する時代になりました。
 
YouTubeを開けば、どんな情報でも知りたい情報はすぐに見つけることができます。わざわざ高いお金を払って通学しなくても、専門的な知識を身につけられるほどに便利になっています。何よりも、ちっぽけな自分でも、何か出来るのではないか? と思わせてくれるところが、今の時代の良いところだと思うのです。
 
個人が世の中に自分を発信し、共感するもの同士が集い情報を交換し合う。そこに新しい価値が生まれ、それがノーマルになる。そこに小さなコミュニティが生まれ、そのコミュニティが他のコミュニティとコラボして、そこにまた新しい価値が生まれる。
 
とても、自由でしなやかで軽やか。
理想の世界です。
 
この理想の世界が、理想ではなく実在すると知ったのは、つい最近のこと。イベントの出店依頼に行った隣町の珈琲店が、点と点から「循環」を生み、さらに「発展」を遂げようとしている最中の店だったのです!
 
1時間ほど、珈琲店の成り立ちや自分たちの想いを聞かせてもらっているうちに、聞いている私の気持ちが、ほぐされ軽やかになり、希望に満ちてくるのです。
 
一見、接点のないような所に、つながりが生まれ循環が始まっている。その流れは、私が理想とする「しなやかに、軽やかに」流れているのが見て取れます。
 
この珈琲店の本業は、家電製品を販売する電気店です。畑の真ん中にある国道から急な坂を数秒のぼった辺鄙な立地にあります。本業の電気店の隣に建つ、自家焙煎珈琲店。
 
こちらの電気店が珈琲店を始めたと聞いたのは、昨年の夏のこと。電気店の隣に珈琲店を併設し、奥さんが珈琲を入れているらしいと地元に住む同僚が教えてくれました。
 
電気屋さんが二毛作を始める時代になったのか。電化製品は売れない? それとも、ご年配の方が、暇にまかせて始めたの? と、私は電気屋と珈琲店の両立に興味津々でした。
 
道中、看板がないので観光客や通りすがりの人が、この珈琲店を目指してくることはありません。地元の人向けに始めたのだろうか? 木を基調としたシンプルでシックな外観の扉を開けると、子供たちのお迎えを待つママ友のグループが団欒しています。焙煎珈琲が一杯200円という破格の値段設定に驚かされます。いくら地元の方を相手にしているとは言え、こんなに安い値段で続けられるのだろうか? 大きなお世話なのは承知ですが、心配になってきました。
 
こちらの珈琲店は、最近できたわけではなく、珈琲店を始めてから7年になるのだと教えてくれました。地元で知られていない理由は、これまで、積極的にメディアに宣伝もしてこなかったし、周りに言って歩くようなこともしてこなかったからだそうです。なぜかというと、珈琲店を流行らせることよりも、珈琲店を通して、本業の家電販売のお客様を増やすことが目的だったからです。
 
そのコンセプトの通り、珈琲店で使う電化製品は業務用ではなく、すべて家庭で使う家電製品が置かれています。珈琲や焼き菓子、パンなどもその製品で作って、お客様に提供しています。
 
店主曰く、電気業界というのは閉じられた世界で広がりが生まれない。それに、製品の単価が高いから、お客様の悩みに応えようと「ちょっと見てみましょうか」と切り出すと、お客様が商品を買わされるんじゃないかと、警戒してしまうというのが常なのだとか。
 
この悪循環を断ち切るため、珈琲を通して、自分の店を信頼してもらえるようにならないかと考えました。
 
珈琲を扱うようになり、飲食業界で仕事をする人たちとの接点が増えました。飲食業界は電気業界と違って、オープンな世界で、人とのつながりが作りやすく、新たなつながりが生まれやすい傾向にあることがわかりました。
 
良いものを携えてイベントに出店すれば、「うちで扱わせて欲しい」と、その場で取引の話につながることもあれば、イベントで知り合った人が店に足を運んで商談の話が成立することもあります。
 
それから、珈琲の美味しさが口コミで広がり、イベント出店の話を持ちかけられることが増え、自分のやっていることを知ってもらう機会が増えました。
 
もともと、こだわって美味しい料理を作るのが好きなこともあり、市が企画する「オリジナルバーガー作り」にも積極的に参加するようになると、大きなイベント出店に声がかかり、SNSなどでの露出が増えていきました。
 
ガツガツと輪の中に入り込むというよりは、しなやかに流れに乗って広がっているという印象です。その姿勢は、商品の価格設定の仕方にも現れています。
 
さすがに焙煎珈琲1杯200円は、破格すぎるので見直しが必要となりましたが、珈琲店が販売する商品は、地元とそれ以外では価格を変えて提供します。「地域への貢献」「恩返し」という気持ちと、地域の人に自分の店を知ってもらいたい気持ちから、そう考えました。
 
外貨を稼いで地域に還元する。地域で商売をする人が陥るジレンマを、するりと切り抜けた賢明な判断だと思いました。
 
これまで、この循環を地元の方に提案したことはありましたが、地元の人は「うーん……」と首をかしげて終わってしまうのが常です。何がしっくりこないのか良くわからず、結局、私も「うーん……」と首をかしげて終わってしまうのです。
 
都市部と地方のそのまた田舎では、収入に大きな差が生じます。観光客相手の値段を設定したら、当然、地元の人は買えません。地元にある良い商品を、地元の人が口にできない、手に取れないというのは、よく聞く話ではありますが、いつ聞いても残念でなりません。
 
地元の店が地元の人たちに可愛がってもらいながら成長し、成長して外で得た資金を活用して地元を盛り立てていく。そういう循環が生まれたら、田舎でも自走した活動ができるようになるのではないか? と素人ながら思うのです。
 
それに、地元の人が地域のよいものを知り、地域外の人たちにSNSや口コミで伝えることができたなら、大きな宣伝効果につなげることができるのではないかと思います。
 
だから、「地域によって価格を変える」という地元に優しくて未来につながる案を、すんなり実現させている地元の人に会えて、同志を得た気分になりました。
 
珈琲店を始めたことで、これまで経験したことのないつながりが生まれ始めています。さらに、一時離れていたお客様が戻り始めるという現象まで起こっているといいます。
 
7年前に珈琲店を始めた頃は、「電気店を止めて珈琲店を開いた」という事実無根の噂が広まり、お客様が離れていきました。一度噂が広まると、止められないのが世の常です。よい循環を生むために始めた店が、まさかの足かせになってしまいました。
 
こういった過去があるので、最近の変化に手応えを感じ、さらに意欲的に活動する原動力にもなっています。また、電化製品を一度買ってくれたお客様は、たいてい次も同じ店で商品を購入してくれるので、長いつき合いができると嬉しそうに話してくれました。
 
新規のお客様を増やすことも大切ですが、既存のお客様が店を気に入って長く利用してくれるのは、店を続ける上で大きな励みになります。
 
一見、畑違いのように思える電気店と珈琲店が、発想によって、こんなにも上手に循環するとは驚きました。どうしても人は既存の考え方に引っ張られたり、過去の失敗を引きずって新たに挑戦することを放棄してしまいがちです。
 
しかし、これからの時代は、既存の考え方にとらわれることなく、ひらめいたものを形にしていく自分を信じる強さと、形になるまで忍耐強く続けていく継続する力が重要になるのではないでしょうか。特に、自分の贅肉とも言える固定概念を手放しきれずにいると、新しい時代の波に乗り遅れてしまう恐れがあります。
 
それに、自分のやっている仕事が好きか嫌いか、楽しいか楽しくないかということよりも、お給料がよいかどうかを基準に仕事を選んでいたら、自分を見失うことになり兼ねません。
 
情熱を注げるものや楽しいと思える事でないと、自分の気持ちに限界がきて続けられなくなるだろうし、人に信頼してもらうことも難しいのではないでしょうか。
 
今回の珈琲店の話と自分が活動してきたことを重ねて、店主の話を聞いていました。
 
私は、自分が住む町に賑わいを作りたいという思いと自分の可能性を試してみたいという思いから、1年半前にイベントを始めました。賑わいを作ると言っても、大きなイベントを開催して、一過性の賑わいを作るということではありません。
 
情緒ある町やそこに住む人を外部の人に知ってもらう展示会になるようなイベントです。小さくてよいので定期的に開催して、地域で事業を始めたいとか、空き家があれば住みたいと思う人を見つけることを最終目標に掲げていました。
 
最初は、ありきたりのマルシェで、ここの情緒を存分に楽しんでもらうには程遠い内容でした。それでも、2回、3回と回を重ねていくうちに、マルシェを通してこの町に興味をもつ人が出てきたり、空き家だった場所を改修して見栄えのよいものにしようと整える人がでてくるようになりました。
 
続けて行く中で、明確なテーマがあったほうが、他の地域で開催されるマルシェと差別化できると考え、情緒のある町には「和の文化」が似合う、という分かりやすいイメージを打ち出すことにしました。
 
すると、日本の古き佳き文化を残す手伝いをしたいと着付けを生業としている人が、出張着付け絵体験を企画してくれたり、筝曲家がお琴の演奏体験を開いてイベントに協力してくれるようになりました。
 
企業の看板なしで一個人が何かをしようとする場合、たいていは互いの信頼関係を構築する人脈作りから始まります。そこを経て、知識や経験を共有しあう時間が生まれ、協働でイベントなり事業を立ち上げるという流れになります。
 
イベントの企画をしながら、イベントそのものが魅力あるものでなければいけませんが、それ以上に「自分」が商品として、どれだけ魅力あるものなのか、また価値あるものなのか考えない日はありませんでした。
 
人としての魅力とは、どういうものなのだろう? どうしたら、この人と仕事がしたい!と思ってもらえるのだろう? 人との関わりは最小限にとどめてきた私の新たな課題への挑戦が、始まりました。
 
「人生100年時代」の生き残り方を攻略する日まで、鍛錬は続きます……。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
三武亮子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

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2022-03-09 | Posted in 週刊READING LIFE vol.161

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